第百十一話 次は試験中に
「引っ繰り返すのは構わないが、伯爵の屋敷にもエルフ族や獣人が捕えられている可能性だってあるだろ。気持ちはわかるけど、伯爵殺害よりも救出を優先するべきだろ思うが」
「それはそうだけど、こいつを生かしておくわけにもいかないじゃない」
「まったくもって同意するけどな……こいつに関しては従騎士試験中に動くほうがいいと思ったけだ」
「どういうこと?」
俺としてもルーニー伯爵を叩くことに異論はない。そのためにわざわざプレッシャーに耐えながら、エリーゼに頼み込んだのだ。今回の従騎士試験にかこつけて片付けたい問題に当たるためにも、ルーニー伯爵打倒は必要なプロセスだ。
いかん、本丸に辿り着くために倒されるだけの存在だと思うと、唐突にルーニー伯爵に同情心が湧いてきた。
「何で急に目頭を押さえてるのよ?」
「気にしないでくれ」
いやいや、同情している場合じゃない。原作だと従騎士試験の最中に、あのエドワードとルーニー伯爵は接触する。理由は単純で、黄昏の獣たちが実験材料として亜人たちを必要としていたからだ。
レイランド王国の官憲の目がほとんどが、従騎士試験の安全確保のために動いている。官憲の目と意識が別の方向に向いている最中に、「商品」の受け渡しを実行するのだ。
このことを知った主人公たちが――ルーニー伯爵の元を逃げ出した奴隷をと出会ってこのことを知り――義憤に駆られて動くのである。
その結果、主人公とライバルに深刻な亀裂が生まれることになり、亀裂が対立に発展し、対立が衝突に至るまでに大した時間はかからなかった。
「エドワード・ブルスナー……どこぞの伯爵家の人間だったか。黒い噂、というよりも血生臭い噂の絶えないあのエドワードが、ルーニー伯爵と繋がりがあると?」
「ある」
「ふむ、初めて聞かされても、少しの違和感のない繋がりね。ましてやサンバルカン家の人間の言葉とあれば、信用度は高くなるけど、どうしてそんなことを知っているの?」
当然の疑問だ。誤魔化しても意味がないし、不正直に向き合うことで、せっかく得たエトルタからの信頼を失うことのほうが痛い。
経緯について、原作知識は伏せながら、できるだけ丁寧に説明する。
元々は公爵領内での人身売買を追っていたこと、最中にルーニー伯爵に辿り着いたこと、さらに調査を進めている中でエドワードとの接点も見えてきたこと、エドワードとルーニー伯爵がレイランド王国で接触を試みていること、などをだ。
実際に潰した奴隷商からルーニー伯爵の名前は出てきたので、決してすべてが嘘なのではない。原作知識については、公爵領内の拠点を潰した際に、そこの幹部が情報を漏らしたということで、うまく伏せることができたはずだ。
エドワードもルーニー伯爵も他国の貴族。俺が公爵家の人間だろうと、容易に接触できるような相手ではない。よしんば接触はできても、追及などとてもできない。
例外がこの従騎士試験だ。試験の最中に他国の人間と交流を深めるというのは、原作でも描写されていた。主人公がこのときに作った人脈は、物語後半になっても重要な力となっている。
「なるほどね。つまり、この従騎士試験が千載一遇の好機というわけね。エドワードとルーニーの二人を同時に叩くための」
エトルタの指摘に俺としては頷く他ないわけだが、好戦的を通りこして獰猛な笑みを浮かべるのはやめてほしい。
ちなみに、この話をしている最中、エトルタからの俺への好感度が上がっている様子がうかがえる。公爵領内で俺がしてきたことが好印象であるらしかった。
それに俺が今日、ここにいるのも、ギルドから依頼を引っ張って来たからであって、試験参加が本来の目的であることも丁寧に付け加えておく。
「そういうことだ。従騎士試験中に合流するってことでいいか?」
「いいけど、それだと貴方が試験に落第することになるんじゃないの? 名門貴族的にマズいんじゃない?」
「ふっふっふ」
エトルタの当然の疑問に、俺は不敵な笑みで返す。エトルタとの出会い自体は想定外ではあるが、従騎士士試験の内容そのものについては話はついている。あの聖女エリーゼとの胃痛のする会談で、だ。
「大丈夫、手は打ってある。俺たちの班の任務、じゃなくて試験内容は、ルーニー伯爵への書類運搬だ」
「随分と都合のいい話ね。なにかしたの?」
「聖女エリーゼに頼み込んだ」
「ああ、彼女」
エリーゼの名前を出すと同時に納得が得られた。エリーゼが人身売買業者根絶に動いてることは周知の事実だし、エルフの間でも名前が通っているのだろう。
直接の面識があるとは思えないが、だとしたら面識がなくとも信頼を得られるのは、凄いというか羨ましいというか、決して俺では持ちえぬ人望というか。
「他の班員はどうするの? わたしはあなた以外の元人を信用はしていないわよ? 試験は確か、班単位で参加してるんでしょう」
「お」
シルフィードとクライブをどうしようかとの問題が浮上してきた。二人が邪魔してきたり敵対してきたりといったことはないだろうが。
「大丈夫。あの二人は邪魔したり、背中から斬ってきたりはないよ」
「信用できるとでも?」
「俺は信用しているよ。俺の活動にも協力してもらっているし」
「ふーん」
それきり、エトルタは言葉を発しなくなった。
俺の言葉だけでエトルタが二人を信じる気になった、とはとても思えない。まさか、今夜のうちにルーニー伯爵を襲撃するなんてことはないと思うが。
そんなことをすれば、エドワードとルーニーの接触現場を押さえることができなくなる。
まあ、ルーニーが持っていると思われる証拠から、エドワードとの繋がりを示すことは十分に可能だろうし、そもそもをいえば、エトルタたちは法による正当な裁きを下すことを目的としているわけではない。
救出と報復を実行しているだけだ。天誅ではなく、人誅。
「……」
「? なによ、その目は? 心配しなくても勝手にルーニーを首を引き抜きに行ったりはしないわよ。従騎士試験はレイランド王国にとっても大きなイベントだもの。エルフ族が暴力的に介入したら、ミルスリット王国もレイランド王国も敵に回すことになる」
「望むところ、と言いそうだが?」
あとね? 首を引き抜くって表現はどうかと思うよ? せめてそこは斬るとかさあ。
「そりゃあね。向こうから仕掛けてきたんなら、こっちはいくらでも受けて立つわよ。でも、わざわざこっちから積極的に敵対を煽るつもりはないわ。ただでさえ、聖女エリーゼの登場で、風向きが変わってきているのに」
それはその通りだ。法的に奴隷取引が禁止され、聖女エリーゼのようなカリスマの存在もあるタイミング。怒りや憎しみを増すような振る舞いをするのは、決定的な対立を作りたがっている連中ぐらいだろう。
「上の許可があればいくらでもやるけどね」
……独断専行しないだけでも良しとしよう。
「じゃあ、シルフィードとクライブについてだけど」
「ああ、別にいいわよ」
「え゛?」
思わず力いっぱい振り向いて、聞き返してしまう。首の筋を痛めたじゃないか。
エトルタのにっこりした笑顔を、微塵も信用できないのは俺だけではない筈だ。さっきまで、信用できないと口にしていたのに。なにか企んでいるのか、何らかの思惑があるのか。どっちも同じ意味だ。
「なによ」
「別に」
ここで追及しても返事が来るとも思えない。いい、と言ってくれたことを彼女なりの信頼の証と捉えるべきか。となると、こちらも折り合うべき……いや、折り合うしかない。
「わかった。明日はよろしく頼む」
「ええ、こちらこそ」
俺とエトルタは試験中に試験中に合流することで同意した。
同意に至ったところで、俺とエトルタは別れることとなった。