第十五話 三人一組で変わろう
奴隷もそうだが、薬物も受け入れられない。日本にいた頃、友人ではないが知り合いだった奴が、大学受験で集中力が高まるからといって薬に手を出して、警察沙汰になったのを知っている。
あと、ファンタジーもの世界での薬物は大概、日本にあった薬よりもえげつないものが多い。
どうでもいいけど、かたや奴隷を勧め、かたや麻薬を勧めるって、我が事ながらどんな交友関係をしてるんだか。
このままではいけない。どれだけマルセル自身が真っ当な人生を歩もうとしても、周囲が悪党だと引っ張り込まれかねない。
待ち受けるのは①滅多打ちエンド、②ゾンビ粉砕エンド、③ミンチエンドである。
数字は選択肢ではなく、順番である点が心底、恐ろしい。
俺は大きく呼吸をし、見舞ってくれた友人たちを見た。
「シルフィード君、クライブ君、聞いてくれ。俺は奴隷や薬物とは足を洗おうと思うんだ」
十二歳の少年が足を洗おうとする事柄として、明らかにおかしいものと思う。
「ぶひ!? な、なに言いだすんだ、マルセル殿」
「シルフィード氏の言う通りでおじゃる! 一体どうしたと……」
盛大に狼狽える二人。俺も俺だけど、奴隷や麻薬から手を引くと言われて狼狽える十二歳児もどうなのよ。だがここで退くわけにはいかない。友人二人の運命と未来は、俺の運命と未来にも大きくかかわってくるだろうから。
「本当にどうしたでおじゃるか? あのマルセル氏が斯様な戯言を口にするなんて」
人の一大決心を戯言呼ばわりしやがりましたよ、この盟友。
「ぶふぅむ、どうやらまだ本調子ではないようだね。血を吐いたそうだから、一時的に脳の血流が減っているのだろうか」
人の調子を測るバロメータをなんだと思ってるんだ、この盟友は。二人揃って失礼にも程がある。
「二人とも落ち着いて考えてくれ。これはよりリスクを小さくし、より大きな利益を得るためなんだ」
「どういうことだい、マルセル殿? 利益とは一体……」
「詳しく聞かせてほしいものだね、マルセル氏」
ずずい、と個性の塊の顔を近付けてくる。シルフィードは鼻息荒く、クライブは細い目を目一杯広げていた。
デブと筋肉だから鬱陶しさと暑苦しさも半端ではない、がここはグッと我慢だ。三人皆で悪役を卒業できたなら、マルセルの生存確率も跳ね上がることだろう。
正念場という奴だ。正念場の乗り切り方が人道や倫理よりも、利益を前面に押し出さなければならないのは、悪役故か。
ふ、転生から間もないうちに正念場とか……神様、あんた、俺のこと嫌いだろ。
「まず薬の販売についてだが」
おもむろに俺は話し始めた。
クライブは机の上に身を乗り出すようにしている。クライブは筋トレはしても、剣や魔法の修業には熱心でなく、魔法薬を売ることには熱心でも開発への興味は薄いとあって侯爵家では疎んじられていた。
ここで改善に動くのではなく、不満を募らせて逆恨みに向かうのが悪役三人組たる所以だろう。
「販売先を市民に切り替えるんだ」
「は?」
クライブの目が点になった。どうも理解できないらしい。
「なにを言ってるでおじゃるかな、マルセル氏。愚民共に麿の薬のありがたさがわかるわけないでおじゃる。そもそも麿の家で扱うのは安物ではない。材料を厳選し、通常の製品よりも工程を増やした最高級品で」
さすがというかなんというか、なんてところに手間暇かけてるんだよ。後、愚民言うな。努力と情熱の注ぎ方が絶対に間違っている。
そういや、こいつの一人称「麿」だったけっか。死の間際、髪を振り乱し、みっともなく砕けていく様は、ざまぁ感がハンパなかったことを覚えている。
「ぶふぅむ、薄利多売、というやつかね」
呆れるマルセルだが、デブのシルフィードはさすがに商人適性が高いだけあって、俺の言いたいことがわかったようだ。これだけで内容を理解するのだから、かなり頭がいいことがうかがえる。真っ当な人生でも成功したろうに。
「よく考えるんだ、クライブ君。君の薬の品質が高いことはわかっている。けどその分値段も高いから、貴族、それも一部の裕福な貴族しか買えない。これだと利益が限られてしまうし、今後の成長も見込めない。だろう?」
「そ、それは確かに」
貴族の間に影響力を確保することはできるが、それだって悪名によるものだから、破滅とは隣り合わせのものだ。
「な、なるほど。つまり粗悪な品を流通させて愚民共から搾り取るということでおじゃるな」
ちげぇよ! どうして搾り取るって発想になるのか。ああ、悪役だからか。
悪役の文字があるだけで、物事がストンと納得してしまうのだから、文字の持つ力というものは恐ろしい限りである。
「そうじゃない。ちゃんとした薬を売るんだ。いいか? 市民は病気になってもほとんど薬が買えない。薬が高価すぎるからだ。治癒魔法も王侯貴族や富裕層にしか届かない。心ある魔法騎士がいても、無償や低料金で治療をしようものなら法に引っかかる」
この辺は原作からの知識である。ついでに治療代程度も払えない平民を、露骨に蔑む描写までついてくる。もちろん、蔑むのはマルセルで、今の俺はそんなことはしない。
「この中で対処しやすいのは薬なんだ」
作中世界――この世界、と表現すべきだろうか――での薬は高級品である。錬金術師が調剤を行うが、絶対的に人手が足りない。材料や工程も特殊なものが多いらしく、どうしても値段が下がらない。
病気をした庶民は、怪しげなまじないに頼るか、民間療法を試すか、自分で材料を採って素人知識で使用するか、借金をしてでも薬を買い求めるか、効果の疑わしい劣悪な薬に縋るか、あるいは諦めるか。
「幸い、サンバルカン公爵領は広いから、薬の原料も手に入れやすい。シルフィード君のマーチ家が持つ流通網も頼れば、様々な伝手から入手することができるだろう。原材料費はかなり落とせるんじゃないか」
俺の勢いにクライブは目をぱちくりさせるだけだ。
「さらに工程の簡略化、簡素化を図る。貴族が扱う品という安心感と低価格戦略。広く浅く、安定的に利益を上げ続けるんだ」
目標はラッパのマークが頼もしいあんちくしょうや、銀色の輝きが眩しいとある丸薬である。家庭に常備される、安心安価な薬。民衆からの信頼を固め、他の追随を許さないブランドイメージを確立することだ。
「そ、そんな手段が……か、考えもしなかったでおじゃる」
(俺のオリジナルってわけじゃないけどな)
もちろんリスクはある。どんなものにだって既得権益が存在するものだ。原作知識の中には含まれていないが、市販薬の流通を牛耳る組合みたいなものがあるかもしれないし、粗悪な薬で利益を得ている先発業者がいるかもしれない。
クライブはよほど衝撃を受けたのか、年齢に似つかわしくない太い指で顎を触り触り考えている。頼むから、そのまま真っ当な道に進んでくれよ。
「ほうほうほう! 随分と斬新な発想だね、マルセル殿。一件一件の利益は薄くなるが、トータルでは莫大な富を生み出すわけか。それで? 僕にもなにか画期的なアイデアを与えてくれるのかな?」
あからさまに喜んでいるシルフィード。顔が紅潮していて、豚が目の前に餌を吊られて興奮しているように見える。まんますぎて比喩になってないな。お世辞にも魅力的とは言えない顔付きだ。
いや、ちょっと待て。時間軸的にシルフィードはまだ商売を始めていないはずだ。どうしてアイデアなんかを欲しがるのか。
「ぶひひ、ちょっと色々あってね。自分で商いを始めようかと準備を始めたところなんだ。なにをしようか決めかねていたのだけど、最近は奴隷の扱いをしようかと考えていてね」
「……」
もしかすると、マーチ侯爵家は手遅れになるレベルで闇市場にどっぷり浸かっているのだろうか。両肩に乗っかってくるかのような諦念を、頭を振って追い払った。