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第百四話 普通の解呪をしたかった

 パキ、ン。


 乾いた音を立てて緑の点が砕け、間を置かずに首輪がボロボロと崩れ落ちた。


 首輪が外れた子供は、自分の首になにもないことを確認すると、感謝と笑顔を向けてくれる。それこそ、弾けたような笑顔、というやつだ。


 他の子供たちも警戒の入り混じっていた先程とは打って変わり、期待の目を向けてくれる。アリアは「さすがです」と勘違い過多に頷き、エルフ女は目を丸くしていた。


「ぷっはぁ~~!」


 大きく息を吐き出す。回復魔法を使えないシルフィードは、治療とか言いながらいつもこんな感じのことをやってやがったのか。しかも特に気負った風もなく。


 俺にはアディーン様の助力があった。魔力メスの作成も操作も手伝ってくれたし、首輪の術式の色分けだってしてくれた。ミスのフォローもだ。それでもこれだけの消耗があった。気力も体力もゴッソリと削られた。


 シルフィードには術式を色分けすることなんてできないし、誰かのフォローがあるわけでもないというのに。ニコルや主人公アクロスたちの治療をあれだけの速度と精度、しかもちゃんと救うってんだから、本当、天才ってのはいるもんだ。


 エルフ女は地面に落ちた首輪を拾い、しげしげと眺める。


「……驚いた。そんな解呪方法があるのか。いや、それよりも解呪の手順だ。何だ、あれは? あんな解呪、見たことも聞いたこともない」


 そりゃそうだろう。魔法による解呪なんてものがどういうものなのかは詳しくは知らない。ただ、原作からのイメージだと、解呪魔法を呪具やらに掛けることで速やかに解くことができている。


 解呪とはそういうものなのだろう。俺もできたら、あんな風に簡単に解呪したかった。手をかざして「ディスペル」とかなんとか唱えるだけで済むのだったら、どれだけよかったことか。


 あんな、手技による手術とか爆破物解除みたいなことを普通にできるのは、それこそシルフィードだけだ。シルフィード以外でこんなことをしているシーン、描写された例がない。


 首輪を見てブツブツと考え事をしているエルフ女に、次の解除について確認する。もちろんしてくれ、とのことで、次の子供の首輪の解除に動く。


 最初の一人をこなしたばかりで、新鮮な経験値が蓄積された影響か、二人目は二十秒ほど時間を短縮して外すことができた。


『お、ええペースやないか。せやけど焦りすぎんなや? タイムアタックとちゃうんやからな。大事なんは首輪の確実な解除やぞ』


 その通りだ。テレビに特集されるようなゴッドハンドを目指しているわけではない。そもそもこんな手技で命を背負うなんて、俺にはあまりにも重すぎる。顔に傷のある無免許の凄腕外科医に憧れた身としては、ちょっと情けないが。


 速やかに、慎重に、丁寧に、確実に、手順を進めていくだけだ。一つの首輪を外すのに約十分。次の首輪に向かうまでの休憩として五分を確保。


 最後の一人の首を解除する頃には、二時間ほどが経過していた。


 その間のエルフ女はというと、俺の邪魔をしないようにしてくれたのか、鋭い視線を何本となく突き刺してくるだけで口を出してくることはなかった。


 代わりと言っていいのかどうか、斬り殺した連中を魔法で掘った穴に放り込んでいっている。丁寧に扱うはずもなく、乱暴に蹴り落としている。


 蹴った拍子に骨が折れてるような音もしているし、穴の底に落ちた際にも同じような音がしていた。


 全員の解呪を終えた俺は、地面に落ちた首輪の欠片を拾い集め、死体と一緒に穴に捨てる。あんなものでも、商人共と一緒に大地の肥やしくらいにはなるかもしれない。


「森の養分ぐらいにはなるでしょう。死んで初めて役に立つ、という奴よ」

「そ、そうだな」


 音もなくエルフ女が後ろに立っていた。まさかこのまま突き落とされたりはしないよな?


 俺の懸念はサクッと無視され、エルフ女が穴に向けて手をかざすと、瞬く間に穴が塞がる。穴を作った痕跡など残るはずもなく、完全に元通りになっていた。


 それこそここで凄惨な殺戮が繰り広げられたことなど、誰にもわからないほどに。科学捜査とやらを駆使したところで、痕跡を見つけ出すのは不可能だろうな。


「まさかあんな形で解呪する方法があるとは思わなかった。礼を言わせてくれ。ありがとう。私はエトルタという」

「いや、できることをやっただけだ。改めて、マルセル・サンバルカンだ。こちらは」

「獅子人のアリアだ、です。今はサンバルカン家でメイドとして雇われています」

「ふむ、悪名高いサンバルカンにも変わり者がいるのね」

「変わり者ではなく、単なる例外だと思うけどね」

「そう」


 ヒュゥ、と風が吹く。風を利用した伝言か、通信の魔法だ。自然の風と魔法の風は区別がつきにくく、今回のように森の中、しかも気配を溶け込ませる技術も併用されていると尚更。


 今回、それとわかったのは、エルフ女が右手を耳に付け、話をする仕草を見せたからだ。


 隠蔽の風魔法には、声も外に聞こえないようにすることもできるが、エルフ女はこちらをチラリと見て、声を消すことなく話し始めた。


 ――――こちらはシールワン。

「シールセブンです。囚われていた子供たち七人の救出に、無事成功」

 ――――そうか、ご苦労だったな。

「これから子供たちを第四集合地点にまで送ります」

 ――――いや、待て。それは別のものに任せる。お前にはこっちの件を手伝ってもらいたい。

「どういうことですか?」

 ――――囚われている同胞たちの場所がわかった。複数だ。こちらだけでは手が足りない。一つをお前に任せたい。

「わかりました」

 ――――詳しい情報はシールナインに持たせる。


 エルフ女は耳から手を離し、風が散る。


 それにしても見事な魔法だ。声質はクリアで、通信時間も長い。どれだけの距離が離れているかhわからないが、遮蔽物の多い森の中にまで簡単に届く。


 魔法の気配もないに等しく、感知を得意とする魔法騎士が、最初から警戒を向けておかない限り、露見することもなさそうだ。


 原作中盤だと、街中で堂々と通信魔法で連絡を取り合っている描写があったな。


 終盤になると対策が取られて、通信魔法を傍受する専用魔法が開発されていた。更には傍受魔法を掻い潜る技術が開発されて、いたちごっこの様相を呈していたが。


「ところでマルセル殿、この時期にここにいるということは従騎士試験に参加するためかな?」

「あ、ああ。けどまだ試験が始まってないから、冒険者ギルドで魔物討伐の依頼を引き受けてここに来たところ、先の一件にかち合ったのだ」

「依頼、ね。では私に雇われるつもりはないかしら? ギルドを通した依頼というわけではないけど、ちゃんと報酬は出す」


 エルフ女は親指で金貨を弾く。


 世に名高いエルフ金貨は、金含有量が元人の作る金貨よりも遥かに高い。


 ミルスリット金貨の金含有量が九十パーセント程であるほどであるのに対し、エルフ金貨はいわゆるフォーナインの純度を誇る。しかも魔法でコーティングされているため、金の弱点である「柔らかさ」も克服している。


 かつてのミルスリット金貨は九十パーセントの金と十パーセントの銀の合金であった。だが近年では帝国などとの衝突や、軍拡競争による景気後退が長引いた影響で、徐々に金含有量が低下していた。


 もっとも低いときでは八十パーセント近くにまでなる。金の強度を上げるための割金も銀だけでなく錫や銅まで使われるに至った。


 当時の王国内は錬金術だなんだともてはやしていた事実があったが、国際的な信用は当然のように著しく低下した。


 ミルスリット語が大陸公用語であると同時に、ミルスリット金貨が基軸通貨とされていたのに、だ。帝国金貨の流通量と信用度が急上昇して初めて危機感を抱き、無理をして金含有量を元に戻した経緯がある。


 尚、エルフ金貨といいつつ、製造しているのはドワーフである事実はあまり知られていない。

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