第百一話 助太刀いたす
戦争がこの形態になって以降、エルフはその戦法を、ゲリラやテロといったものへと変えていった。元人を上回る力を有する個人が、隠密裏に破壊活動や暗殺を決行する。
効果的な方法ではあることは確かとして、だけど、この戦法のせいで、元人のエルフに対する敵対心が消えないという側面も持っていた。
魔法的素養の高いエルフが十分に成長すれば、粗野なだけの元人など、何人いようと物の数ではない。
元人であればすべて敵、なんて強硬な主張を展開する一派でないなら、無用な殺生は行わないだろうが、人身売買業者や奴隷の買い手などは皆殺しの対象だ。
見ると、荷馬車の周りには既にいくつもの死体が転がっていた。
周囲を囲む男たちからは、怒りや怯えなどが漂っている。翻ってエルフ女からは静かで、純度の高い怒りと殺意が噴き上がっている。
細剣を構える立ち姿も、鋭い双眸も、纏う空気も、いずれもエルフ女が歴戦の戦士であることを雄弁に物語る。
技倆も凄まじい。細剣の銀色の刀身は、水の魔力を帯びて青く輝いてる。青い閃光が流れる度、エルフ女よりもよっぽど頑強な男たちが複数個に斬り分けられて倒れていく。
エルフは元人や他の亜人が使う魔法とは系統を異にする魔法を使う。精霊魔法と呼ばれる独自の魔法で、エルフ一人の魔法の実力は魔法騎士五人分以上とされている。反面、身体的な耐久力は元人や亜人より低く、このエルフ女のように剣を使って戦うスタイルは珍しい。
「助けは、いらなさそうですね、若様」
「うん、相当強い」
ふ、やれやれ。エリーゼといいサラザールといい、原作チートでかなり強化されている俺よりも強いのがまた一人出てきたよ。全員が女なのは女難かなにかの暗示なのか?
人身売買業者が雇っている連中など、一呼吸で三人は斬り殺されている。
これはもうすぐ決着だな、と考えていると、エルフ女の後方で人影が動いた。エルフ女は荷馬車を背に戦っていて、人影は荷馬車を挟んでエルフ女の向こう側から近付いてきたのだ。
戦闘に意識を向けざるを得ないエルフ女が、気付くのに遅れても仕方がない。
ふむ、あの人影がなにを考えているかはなんとなくわかる。動くために、こっちも移動しておこう。
アリアに目配せで動くことを伝えると、アリアも小さく頷く。できるだけ物音を出さずに、しかし迅速に。
人影は男だった。男は荷馬車、というよりも檻に走り寄り、格子の隙間に手を突っ込んだ。檻に囚われている少年の首を掴み、叫ぶ。いや、少年の首に付けられている首輪を思い切り引っ張ったのだ。
「そこまでだ! 大人しくしろ、女! このガキの命がどうなってもいいのか!」
喚きたてる男の顔は醜い。額には青筋が浮かび上がり、唾を撒き散らし、それでいて自分が優位に立ったことを疑っていない顔だ。
檻の中を見て驚いた。七人の子供が入れられていて、獣人だけかと思いきや、エルフも二人いた。ただでさえエルフ族は亜人解放に積極的なのに、同胞が捕えられていたと知ったのなら、目の色を変えて動くことは当然だ。
いずれも子供だ。七人全員が目隠しをされ、猿轡を噛まされ、真っ黒な首輪を着けられている。原作、というよりもアニメで見た呪具だ。
男の、子供の首輪を掴み抑える強く、子供の細い首には首輪が深く食い込み、血が滲む。猿轡を噛まされた口の端から、目隠しの端から流れる液体にも、男は何らの関心もないことは明らかだ。
「くっ!」
エルフ女の動きが止まった。
機を見るに敏、という表現が相応しいかどうかはともかく、どうやら自分たちの手に優位が戻ってきたと悟った男たちが、冷静さを取り戻す。
男たちの顔には仲間をやられた怒りや憎悪が強い他に、類稀な美女を捉える機会が巡ってきたと考えているのだろう、下卑た笑みも混じっていた。
俺たちがたどり着いたのは、人質を取る男の更に後ろだ。エルフ女相手に勝ち誇っている男には、気付いている様子はまったくない。
出るタイミングを伺おうとより身を低くすると、俺の耳にも届くくらいの歯軋りと共に、止まっていたエルフ女の動きが蘇る。切っ先が僅かに揺れた。
「……すまない。だがこの下衆共には、必ず死の報いを与えるっ」
エルフ女の目に一際強い輝きが生まれる。覚悟を決めたとわかる目だ。憎悪と怒りの混じった魔力が、刀剣めいた鋭さをもって周囲に放たれた。
その圧力に、用心棒らは二歩三歩と後退り、奴隷商は腰を抜かして失禁した。エルフ女にとって、ここで剣を捨てるなどあり得ない。降伏などしてはならないことだ。
捕えられている奴隷を解放することもできないし、今度は自分が捕らわれの身となる。
助けが来るのを待つのは悪手。いつ来るかわからず、本当に来るかもわからず、来たところで無事でいられる保証もなく、更に人質を取られて犠牲が増す恐れすらある。
ならば、と覚悟を決めたのだろう。驚くべきは、覚悟を決めたのはエルフ女だけではなかったことだ。檻の中、捕らえられているエルフの子供二人も、震えながら頷き返した。一人は首輪を掴まれる苦痛に耐えながら、だ。
戦士候補としての教育を受けているのか、もしくは種族単位でそうと教えているのか。何にしろ、エルフの子供たちは、映画などでよく見るような、泣き叫んで助けを乞う子供のような真似はきっぱりと捨てていた。
天晴れとも見事とも言い難い。エルフたちの決意と覚悟は、悲劇的な結果を引き起こすことを意味している。
エルフ女の技倆が優れているのは事実。
精霊魔法の一撃で奴隷を掴み上げている男を討つ。高い確率で人質にされているエルフは死ぬだろうが、枷がなくなってしまえば、エルフ女は自由に動くことが可能となる。
死の報いを与える、とは必ず仇は打つから許してくれ、との意味と覚悟が込められているのだ。見逃していい状況ではない。
「俺が男をやる。アリアは檻の鍵を頼む」
「わかりました」
茂みの中で短いやり取りを行う。子供が死ぬのは嫌だし、奴隷商人や人身売買業者を野放しにしておくのは論外だし、あのエルフ美女とお近付きになりたいじゃないか。
ついでに原作だと、元人とエルフの関係は敵対的ないしは非友好的、あるいは冷めきったものであった。原作終盤になっても大した進展は見られず、主人公に好意的な一部の部族がいるくらいだ。
これを少しでも、友好的なものに変えるきっかけになるかもしれないじゃないか。
……かなり希望的観測に塗れているけどね。
右人差し指の先にビー玉程度の火球を生み出す。右手を銃のように構え、右手首に左手を添える。左目を閉じ、右目だけで照準を合わせる。下手を打てば、予想外の被害が出てしまう恐れがあるのだから、くれぐれも慎重に。
「おらぁっ! 剣を捨てろっつてんだろうが!」
優位性を信じる男が大声でがなり立てる男を、睨み付けるエルフ女。実力ではエルフ女が圧倒的に勝る。状況は奴隷商側は有利に見えて、かなり破滅的な方向に向かっている。
コソコソと移動した俺は、檻の近くに、更に足を潜めて人質を取る男のすぐ背後に回った。
「話は聞かせてもらった!」
「「!?」」
どこかの山さんよろしく、決め台詞と共に男の背後に勢いよく立ち上がる。驚いたのは人質を取っていた男も、エルフ女も、檻の中に囚われている子供たちもだ。
「義により助太刀いたす!」
口にするや否や、俺は高く右腕を突き上げた。
「ふえ?」
優位にあると信じて疑っていなかった男の間抜けた声と表情が印象的だ。
ギラリ、と俺の目が輝いたはずだ。渦巻く炎を右腕に巻き付け、思い切り殴りつける。男は悲鳴、ではなく砕けた歯を撒き散らしながら吹き飛んだ。




