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第百話 エルフとの遭遇

 生じた爆風が俺たちを押し上げる。落下と上昇が一時的に拮抗し、十分に減速した上で俺たちは着地した。アリアは音も立てずに、俺はカッコ悪くバランスを崩してだ。


「大丈夫ですか、若様?」

「ああ、とりあえずケガはないよ」


 空を見る。キングホークは手傷を負った影響からか、空域から姿を消している。だからといってもう一度、空に移動するつもりにはなれない。


「空は危ないから、歩いて行こう」

「それがいいと思います」


 熟達した飛行能力があれば問題なくとも、俺にはとても無理な話だ。


 受けた、というか受けさせてもらった依頼書の内容を思い出す。魔物の群れを討伐してほしい、という冒険者としてはありきたりなものだ。


 魔物の種類はゴブリンで、ゴブリンの総数も十匹以下と、脅威度も低い。依頼書自体もよく調べられていて、群れがよく見かける場所などの詳細が記されていた。これなら手早く終わらせることも可能だろう。


 ギルドへの依頼というものは、早く片付けてくれ、と駆け込んでくるケースもあって、特に直接的な被害をもたらす魔物関係では多い。


 依頼を出すことに慣れている人たちばかりがいるはずもなく、中には文字を書くこともできない依頼人だっている。


 依頼人のパニックであったり誇張であったり偏っていたりといった情報を精査し、噛み砕き、具体的でわかりやすいな依頼書を書き出していくことは、ギルド側の重要な仕事だ。


 今回の依頼書は実に精確に記されている。依頼人がしっかりしていたのか、書き出したギルド職員の仕事が丁寧だったのか、その両方か。


 空は危険との認識で一致したので、歩きで森の中に入る。


 魔物が出るとはいっても、狩猟や薬草狩りや薪拾いなどを通じて、冒険者だけでなく一般の人たちもよく入っている森だ。風といい、木漏れ日といい、それこそマイナスイオンの豊富な、散歩に適した空気が漂っている。


 人が利用していると思われる道、獣が主に利用しているだろう道がすぐに見つかった。ただし魔物の群れが動いているような、踏み荒らされた様子はまだ見つからない。


「揺らめく 探せ 《探火》」


 六つの火球が出現し、宙で揺らめく。感知範囲は半径百メートルほどの、主に対象の熱の動きを探る魔法だ。感知魔法としての精度はさして高いものではないが、魔物の群れを見つけるくらいはできる。


 隣ではアリアが鼻や耳を小刻みに動かしている。実はというか、当然というか、アリアのほうが索敵や感知能力は高いのだ。これ、俺が感知魔法を使わなくてもいいんじゃないか?


 捜査の基本は足、とはよく言ったもので、感知魔法や能力にかかわらず、地道に歩いて探すしかない。あくまでも本題は従騎士試験なので、時間的な縛りはある。


 のんびりできるわけではないが、正確な依頼書と感知の二つがあれば、さしたる苦労もなく探し出せるはずだ。


 小一時間も歩いていると、どんどんと太陽の位置が高くなってくる。街中ならそれなりに暑さを感じるところ、木の影が多いおかげでほとんど熱さを感じない。


 少し開けた場所に出たら休憩でもしようか、と考えながら歩き続けていくと、森の奥から喧騒と剣戟の音が響いてきた。


「若様」

「ああ、穏やかじゃないな」

「魔物でしょうか」

「わからん。慎重に近付くぞ」


 討伐依頼が出るような魔物の群れが確認される森だ。もしかしたら、魔物に襲われているような事態なのかもしれない。


 少し身を低くして、木や岩の影、やぶの中に身を隠しながら、できるだけ音をたてないようにして進んでいく。


 ややあって見えてきたものは、二台の荷馬車と、武器を持って大声を張り上げて殺気立っている粗野な男たち、そして、男たちに取り囲まれているフードを被った一人の女性だ。


 位置関係から考えると、男たちが女性を襲おうとしている。フードを被った女性は馬車を守ろうとしていている。双方共に強く殺気立っていることから、荷馬車の中にあるのは相当な値打ちものということか。


 俺の予想が間違っていることを、アリアが鋭くも怒気の混じった声で示した。


「若様、あの荷馬車の中、人が、子供が入っています。いえ、押し込められている」

「! 人身売買業者か!」


 くそ、従騎士試験の中でルーニー伯爵ら、奴隷商と繋がっている連中を叩くはずだったのに、こんな形で前倒しになるとは。ほんと、ゴキブリ並みにどこにでもいるんじゃないか、こいつら。


 荷馬車、いや檻馬車を守ろうとするように立つフードの女性は何者だ? 男たちを襲撃したような気配だが。


「ええい、なにをしている! その女もひっ捕らえろ! 売り飛ばしてやる!」


 予想通りというか何というか。フードの女性を取り囲む男たちの最外縁部に立つ、瘦せ型で中年の男が喚く。取り囲んでいる男どもが人身売買業者で、彼女は解放しようと動いている側だろう。


 喚く中年男は恐らく、荷馬車の持ち主と思われる。この中で唯一、武器を持たず、高価そうな杖を振り回しているだけだ。


「大人しくしやがれ、女ぁっぇぺ!?」


 男が一人、好戦的な唸り声を上げて剣を振りかぶる、が振り下ろすよりも遥かに速く、フード女の細剣に心臓を貫かれていた。細剣を引き抜かれた男は声も上げずに地面に倒れる。


 倒れた際、既に命を失った男の腕が女からフードを取り去った。フードの中から現れたのは、細剣を隙なく構える美しい女性だ。


 長時間の移動にも耐えられる地味な衣装でありながら、圧倒的な胸のボリュームを隠し通すことはできていない。括れた腰、引き締まった臀部、スラリと伸びるしなやかな脚。なによりも特徴は、鋭く尖った耳。あれは、


「おいおいおい! エルフだと!」

「マジかよ、檻の外にいるエルフなんざ、初めて見たぜ」

「け、森の奥で引きこもってりゃよかったのによ」


 男たちが騒ぎ出す。こんな状況でなければ、俺も小躍りしていたかもしれない。エルフに会うのはファンタジーの夢と言っても過言ではない。


 以前、クライブがエルフにあったと聞いたときには、嫉妬すら覚えたものだ。ただ、少しでも詳しく聞こうとすると、クライブは顔を真っ青にして拒否するのが気にかかったが。


 クライブの反応はさて置いて、彼女は、原作でも見たことのない顔だ。


 エルフはファンタジーの代表的な種族で、『アクロス』の世界にも存在する。かなり数の少ない種族で、滅多に人前に出てくることはない。


 見目麗しいことから奴隷としての需要が極めて高く、そのせいで元人との関係性は非常に悪いものだ。


 原作に出てくるエルフは、森の奥に引っ込んで外界との関係を拒絶しているという、一般的なイメージとは違う。軒並み、亜人解放闘争に身を投じている、ゴリゴリの武闘派揃いだ。


 体制側からは秩序を乱すテロリスト種族として、相当に危険視されている。テロを引き起こすような原因を作ったのは元人の側なのだから、どの口で非難してんだよって話だが。


 エルフの戦い方そのものが、テロに近いことは確かだ。


 そもそも、個体数が元人よりも少ないので、戦争のように正面からぶつかり合うことはない。個々人の戦闘力なら、エルフは元人よりも強力な魔法の使い手が多く存在する。


 エルフの戦士単独でも、上級魔法騎士四人を凌ぐ。名乗りを上げて一対一の戦いしか存在しないような時代なら、エルフの勝利は揺るがない。『アクロス』の世界では二百年ほど前に過ぎ去った習慣だ。


 過去のものとなった理由こそ、「単独ではエルフに敵わない」という現実だった。


 現在の戦争は、より強大な戦力を有し、相手より多数の兵力を運用し、運用に耐えうるだけの兵站の確保が重要視される。元より個体数が多く、広大な土地に広く分布する元人のほうが圧倒的に有利なルールと言える。

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