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第九十九話 依頼を受けたよ

 実際に依頼が張り出されている掲示板を見ると、確かに「急募! 肉料理店経験者!」「即日からは入れる人、優遇します!」など、バイト募集の案内かと思うようなものばかりが目立つ。


「若様、未経験者熱烈大歓迎とか書いてるものもありますよ」


 アリアは言葉遣いを改めていた。


「何か間違ってないか、それ?」

「依頼出しにはルールがあるのですが、この時期は商人の皆さんにも余裕がないようで」


 リューの言葉通り、張り出されている依頼書には、手書きの大きな文字で「優遇」「高給」「歓迎」などが踊り狂っている。


 本来の依頼書はギルド職員が清書して張り出す。当然、依頼書は整然とした、読みやすいものになっているのに、商人たちの熱意なのか必死さの表れなのか、かなり読みにくい。報酬欄も競合相手を意識してか、当初の金額の上から更に汚い字で増額しているものも見受けられる。


 依頼書掲示板を埋め尽くす、どころか、明らかに余所の依頼の上に別の依頼書(汚い手書き)が貼られている様は、圧倒される他ない。


 リューたち職員も、規約違反をしているものには対処しているのだが、この時期ばかりは中々追いつかないという。


 なにしろ、ギルド職員自身も試験という祭りに備えて休むのだから、人手がぐっと少なくなっている。試験中は特別手当が支給される事実があっても、勤務を希望する職員は少なかった。


「うーむ、単発でも試験前にバイトをしたいとも思わないし、魔物退治といった王道依頼はどこにあるのかな」

「あれではありませんか、マルセル様」

「お」


 悲しむべきことに、魔物退治の依頼はギルドの端っこに追いやられていた。内容を確認すると、如何にも冒険者といった感じだ。薬草採取にゴブリン退治、盗賊討伐もあれば、素材採取もある。


 ふと目についたのは、王都ランパスティル近郊の森に、魔物の群れが出現したのでこれを討伐してほしい、というものだった。依頼用紙を掲示板から剥ぎ取る。


「それに興味があるのか?」

「少しな」


 冒険者に興味がある。冒険者ギルドに興味がある。依頼を受けてなにかをする行動に興味が出ても、不思議はあるまい。


「申し訳ありませんが、各依頼は冒険者でなければ受けることはできませんよ」

「知ってます。でも、魔物を討伐することはできますよね?」


 俺の指摘に、リューは一瞬の半分だけ目を丸くし、すぐに細めた。俺の隣ではアリアのケモ耳が嬉しそうにピコピコ動いていて、触りたい欲望を押さえるのに多大な努力を要する。


「討伐をされましても、報酬を出ませんが」

「構わない!」


 答えたのはアリアだ。


「アリアさん?」

「どうせ金には困ってない、ですよね、若様」

「それはまあ、確かに」

「でも、依頼を出した人たちは困っている」

「それもまあ、確かに」

「依頼を受ける人たちもいない。若様は採算を考えずに受けることができる立場だ、です。困っている人がいたなら、若様が倒してしまってもいいのではないですか」


 アリアのキラキラした目を裏切ることなど、俺にできるわけもない。試験前の準備運動にもなるし、冒険者稼業にも興味があるし、人助けは脱破滅のためにも役立つだろうと信じて、俺は依頼札を掲示板から剥がし取った。


 受け取ったリューが溜息をつく。受付に戻り受領の印鑑、を押すわけにもいかないので、そのまま引き出しに突っ込んだ。最後にもう一度、報酬が発生しないことを念押しし、俺たちはギルドを出て行った。


 試験前の準備運動、と言いつつ、俺自身の練習もしておこう。飛行魔法だ。俺の従魔はエッグマンで、飛行能力も機動力も期待できない。いざというときの逃走手段として、飛行魔法の習得と習熟は必要だと思われた。


 あと、シュペクラティウスはホテルの部屋の日当たりのいい窓際で微睡んでいる。従魔のくせに主人に付いてこないって、新機軸じゃないか?


 飛行魔法自体は風属性の魔法であるが、他属性の人間でも使用は可能だ。火属性のマルセルの場合、風で浮き上がり、火魔法の火力で移動するのである。魔力効率が悪く、最高速度や航続距離にも差が出るが、習得しておいて損は絶対にない。


「マルセル、もっとマシな飛び方はできないのか!」

「練習を兼ねているんだ。我慢してくれ!」

「これじゃ、赤ちゃんのヨチヨチ歩きより酷い!」


 アリアからの厳しい評価の通りである。


 宙に浮いてはいては、速度もコントロールも論外。あっちにフラフラ、こっちにヨタヨタ、前に進む速度は亀かカタツムリか杖をつく老人か。すぐ横をスズメが可愛く鳴きながら追い越していった。


 飛行魔法は習得して損はないが、とてもとても実戦投入できるような水準ではない。それでも全く使えないよりは、マシなはずだ。


 大学入学直後、「十八歳は大人だ」と唆されて飲酒に手を出してしまい、自分の限界などわかるはずもなく飲み続けた挙句の千鳥足よりもフラフラしていたとしても。


 いかに鈍くとも、障害物もぶつかりそうな他人もいない空の道だ。普通に地面を歩くよりも多少は速い時間で、ようやく魔物が出るという森の上空に到着した。


「ふぅ、ふぅ、ふ~~ぅ、やっと到着、か」

「やっと、はあたしのセリフだ。かなり冷えたから早く下ろしてくれ、マルセ若様」

「いや、もうマルセルでいいよ。屋敷の中じゃないから大丈夫、だ……ろ?」


 安心はイコール油断だ。俺とアリアに大きな影が落ちる。空にいる俺たちの更に上から。


「!」

「マルセル!?」


 つまり、上空に脅威があるということだ。俺とは違う、本当の空の住人。空気を大きく振るわせる鳴き声を上げる鳥型の魔物は、キングホーク。


 翼を広げると十二~十五メートルにもなる巨大な、獰猛で好戦的な、レイランド王国の空域ではかなり上位の捕食者だ。


 冒険者への討伐依頼になることはあまりなく、どちらかといえばレイランドの竜騎士たちが退治している。竜騎士はキングホークとの戦いで、空中戦の技倆を上げていくのだという。


 こんな、ヨタヨタ飛んでいるのか浮いているのかわからないような俺みたいな奴、まさしく赤子の手を捻るよりも簡単に始末できる。急降下してくるキングホーク。浮くのに精一杯の俺は思わず迎撃の魔法を使おうとして


『ドアホ』

「あ」


 アディーン様の鋭い評価と時を同じく、飛行魔法が解除されてしまった。迎え撃つか飛行魔法を再発動させるか。意識の空白にはまり込んだ俺に対し、アリアの判断は早かった。


 右の爪が風の魔力を帯びて閃く。五本の爪それぞれが風の刃を生み、キングホークに向かう。


 キングホークの巨大な羽ばたきと風の爪が衝突する。アリアの風の爪の三本が掻き消され、一本が別の方向にずれ、残る一本がキングホークの右翼を直撃した。


 堅牢なキングホークの翼を斬り落とすことはできなかったが、一部の羽を斬り飛ばすことはできた。飛行能力の一部を失ったキングホークが叫び声をあげて、悪あがきめいた大暴れを見せる。


「うぉわぁっぁあああ!?」


 うねる風圧に巻き込まれ、俺は空中で完全にバランスを失った。


 一秒毎に地面が近付いてくる。飛行魔法も浮遊魔法も構成している時間もなければ精神的余裕もない。驚くべきは隣で同じく落下しているアリアだ。猫が空中でバランスを取るように、アリアも姿勢を整え直し、着地の準備に入っている。


 しかし猫が高所からの着地では骨折することがあるように、この高度と速度を考えると、アリアでも負傷は免れないだろう。俺など赤いシミになる未来が透けて見える。


「何でそんな未来が迫ってきてんだよ!? 風は無理でも爆風で!」


 魔法の知識は原作から得られても、度胸や経験は無理だ。主要キャラエイナールなら咄嗟に対応できることでも、俺はとにかく使える魔法を使うことしか思い浮かばない。


 思わず放った《火球》が地面に着弾する前に爆発する。

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