第九十八話 いざ、冒険者ギルドへ
わかるか、諸君? ケモ耳ケモ尻尾だぞ? これまでもどうにかして触らせてもらおうと努力を重ねてきたが、努力はすべて裏切られてきた。
魅力的な女子と一緒に街を歩くイベントにプラスして、モフリチャンスまで降って湧いて来るだなんて奇跡が、よもやこの身に訪れようとは。
チラリ。隣を歩くアリアを見る。
「ふわー、すっごい人だかり」
「……」
アリアは完全に観光客になっていた。初めて来る国、場所、店に感動しっ放しだ。
ミルスリット王都も人口は多いとはいえ、今日のランパスティルには遠く及ばない。飛び交う言語も、やり取りさせる金銭や品々も、完全に初めてのものだ。俺も含めて。
ミルスリット王国で用いられているミルス語は、経済軍事の両面で大陸屈指の大国であるミルスリット王国の影響力もあって、大陸公用語と位置付けられている。
レイランド王国も公用語にミルス語を採用しているが、この時期に行きかう人々は必ずしもそうではない。しかし威勢のいい声と身振りで、言葉の壁を超えて取引を成立させている様は、高い熱とバイタリティを感じさせるのには十分だ。
「マルセル、あれは何だ?」
「タコぉっ!? 食べられるのか、あのニュルニュルした悪魔が? 待て、心の準備がっ」
「ほう、これはクリスが喜びそうな」
大量に押し寄せてくる情報の津波を受けて、アリアの表情がコロコロと変わる。財布も随分と軽くなっていることだろう。
今日のアリアは、俺のことを若様とは呼ばない。呼び捨てだ。なにかの拍子に素の口調が出てくることの多いアリアは、完全にプライベートと割り切っている様子である。
祭り気分に浮かれている街を歩くこと小一時間、俺たちは喧騒から取り残された感じのある建物に辿り着く。
「マルセル、ここは?」
「冒険者ギルドだな」
「へえ、ここが……」
豪華ではないが歴史を感じる三階建ての建物だ。『アクロス』は魔法騎士を中心とした物語なので、冒険者はあまり目立たない。特に第一部では少なく、この従騎士試験を舞台とするレイランド王国が初出だ。
主要キャラと縁のある冒険者として、上級魔法騎士に匹敵する実力者が何人かが出てきたくらいだ。その弟子にあたる若い冒険者と主人公が衝突する場面が描写されている。
……よくよく考えてみたら、主人公、基本的に誰かと衝突しているな。拳から始まるコミュニケーションしか知らないんじゃないか。
マルセル、に限らず、魔法騎士には冒険者を自分たちの下請けと考えているものが多い。特に貴族に多く、
「魔法騎士の仕事として相応しくないものを回してやっている」
「冒険者は魔法騎士の手伝いだけしていればいいんだ」
などと放言している。特にマルセルたち三悪人はこの傾向が強く、冒険者を徹底的に見下していて、ギルドに足を運ぶことすらなかった。当然、冒険者との接点はゼロだ。
決して観光スポットではないこの場所に来たのは、俺の希望による。だって冒険者ギルドだよ? ファンタジー転生したら一度は行ってみたい場所だろ? 誰だってそうじゃないの?
少なくとも俺はそうだ。ラノベや漫画を読んで、冒険者に憧れたことも一度や二度ではない。普段は軽んじられているけど本当は隠れた実力者、みたいな動きをしてみたかった。
静かな建物に入ると、受付で書類仕事をしていたギルド職員から目を向けられた。
「おい、リューじゃねえか」
失敗を悟った瞬間でしたとさ。
俺の小さなツッコミは、どうやら距離の壁がかき消してくれたようだった。彼女はギルドの顔としてテンプレの、笑顔の可愛いナイスバディのお姉さんではない。明らかに仕事のできるといった感じの、怜悧な印象を与える美女だ。
上級魔法騎士に匹敵すると評される実力者の一人で、細身でありながら火魔法を用いた近接戦闘を得意としている。名前はリュー・バクスター。主要キャラとはどこかそこはかとなく、ちょっぴりいい関係で、読者人気も高い。
ただし俺からすると、拳どうしの衝突で、クライブ渾身の一撃を粉砕してのけるだけの攻撃力を持つ化物だ。そしてマルセルとの接点はなかった相手でもある。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。依頼ですか?」
「いや、俺は」
マルセルとは接点がなくとも、盟友を打ち砕く相手だ。リューを前にしたときから、回れ右して全速ダッシュしたい気持ちが急成長している。
が、このタイミングで回れ右をすれば、リューからもアリアからも不審者扱いされるのは間違いない。いや、この時点ではリューからは悪感情を抱かれていないのだから、逃げる必要は、そこまではないはずだ。
少なくともマルセルがリューに害を与えたことは一度もなく、懸念されるのは主要キャラから色々聞いている可能性だが、そんなことを考え出したらきりがない。
さすがに冒険者に憧れているので見物に来ました、と口にしていいものかどうか。迷った上で、少しオブラートに包むことにした。
「少し、冒険者という仕事に興味がありまして。迷惑にならないようにしますから、見せてもらっても構いませんか?」
「貴族、ですよね」
俺の質問に、リューは怪訝そのものの顔を向けてきた。この時期、俺の年代の貴族がレイランド王国を訪れる理由の大半は、従騎士試験参加だ。そうでなければ試験関係者が多い。
先述の通り、魔法騎士関係の貴族は冒険者を低く見ている。わざわざ冒険者ギルドに来るはずがない相手が来たとなれば、怪訝を向けてくるのも当然だ。
当然だからと、俺が従わなければならないわけではない。
「確かに貴族なんですが、将来的な選択肢の一つとして、冒険者も考えているのです」
冒険者家業に憧れた事実はあるのだから、一応、嘘ではない。
「明日から従騎士試験の筈ではありませんでしたか?」
「だから、休みの今日の内に訪れてみたかったのです」
「……変な貴族もいるものですね」
リューは手元の書類を机に置き、立ち上がった。どうやら案内をしてくれるらしい。
普段の冒険者ギルドは多くの作品で見られるように、賑わっているいる場所だ。冒険者と客たちでごった返すこの場所も、従騎士試験開催中は閑古鳥が鳴いている。
別に依頼量が減っているわけではない。魔物の討伐や失せもの探しの依頼は、試験開催などという人間の都合など無視して起きるものなので、特殊な要因が絡まない限り、大きく増減することはない。
ベテランや高ランク冒険者は、従騎士試験を祭りであり休暇と捉えている。自分たちも酒や食事を存分に楽しむため、この時期は依頼を受けることを敬遠するのだ。
冒険者とて人間。休暇を望むことは別におかしいものではないが、ベテランたちが一斉に休暇に入るため、その分だけ、ギルドを訪れるものも減るというわけだ。
でも新人たちがいるのではないか、と問われると、実はこれも少し違う。従騎士試験という、各国各地域から多くの人が流入する、まさに書き入れ時を逃したくないと考えるのは商人の常だ。各商店・店舗は、この時期だけの人手を確保するために八方手を尽くす。
冒険者ギルドへの依頼もその一つだ。新人冒険者の主な仕事の一つに薬草採取や掃除があるが、いずれも単価としては安い。日銭以上の仕事になることはないレベルの仕事であるのに対し、店舗応援依頼は非常に実入りが良い。掛け持ちすれば尚更だ。
仕事期間は従騎士試験開催中だけとあって拘束期間も短い。対人トラブルのリスクはあっても、魔物に襲われるリスクはない。
中堅以上は休暇に、新人冒険者らも、かなり早い段階で仕事を受けているため、明日に試験を控えているような状況では、ほとんどの冒険者がギルドを利用していないのである。