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第十四話 変わったことをアピールする

 もう一人、どことなく典雅な笑い方をしているのがクライブ・オルデガン。針のように細い目と逆三角形の鍛えられた肉体が特徴の、風と水属性魔法を得意とするオルデガン侯爵家の三男にして、史上に残るドラッグディーラーとして大成する男である。


 大成という表現はどうなのよ。


 シルフィードの髪形に触れたのでクライブの髪形にも触れておく。どこのモーツァルトだよって感じの金髪ロール三段重ねである。「ははーん」とか笑いながら紅茶をすすっていそうだ。


 オルデガン家は王家の侍医的な立場にある家だが、回復魔法よりも薬剤開発を得意としている。


 クライブも風と水を使いこなせるのだが、物理攻撃手段は別にあり、両魔法は霧を作って幻を見せ、相手を精神的に追い込んでいくという使い方が多かった。


 幻術師としての力量は高く、主人公アクロスも精神崩壊一歩手前、まで追い込まれていたほどの幻術の使い手だ。


 幼い頃から薬物に触れる機会の多かったクライブは、小遣い目当てに家の薬を勝手に売り飛ばすようになる。


 それがばれて薬の管理を厳重にされると、今度はどうにかして自分で作れないかと考え、結果、多幸感をもたらして依存性の強い薬物の原料となる植物を発見、貴族たちの間に蔓延させた。


 独力でここまでやれるのだから、才能も根性もあったのだろうが、犯罪者は犯罪者。危険な薬物を流通させた罪で世界規模での指名手配を受けるに至るのである。


 苦労して作った麻薬畑も主人公たちに焼き払われ、手下たちも次々に逮捕投獄、もしくは殺害され、遂に逃げ場を失ったクライブは、破れかぶれで戦いに挑むも破れ、死の間際に秘薬を飲むことで最終的にアンデッドとなって主人公たちと戦う。


 悪役三人組の中では二番目に脱落する男で、原作三十五巻で最期を迎える。趣味は筋トレ。


 攻撃手段は別にある、と書いたが、これは趣味を見れば実にわかりやすい。三人組の中ではもっとも単純な攻撃手段と言える。今の俺が見ても、服越しでもぱっと見でわかるほどに発達した筋肉が雄弁に物語っていることだ。


 鍛えた肉体でひたすらに殴る。これだ。


 主人公アクロスを追い詰めるだけの幻術の腕を持つクライブは、風と水を使った他の攻撃魔法も十分以上に使いこなすことができる。


 属性的には中距離戦を得意とするはずの家系なのに、一族の得意分野を捨て去ってまで、鍛え上げた肉体を武器にすることにこだわったのだ。この面に限っては頭が悪いと言えよう。


 金にあかせて用意した筋トレ器具、伯爵家の家業を通じて大量に手に入れた筋肉増強薬物、極めたと表現しても過言ではない身体強化魔法。


 これらを合わせたクライブの打撃はもはや、人の身の規格と常識をはみ出している。


 拳の一撃は鉄の扉を易々とぶち抜き、飛び蹴りは砦の外壁を突き破る。指を弾けば空気を弾丸として飛ばし、筋肉の鎧は生半可な刃物や魔法を難なく弾く。


 極めた突きは空気との摩擦で炎を生み出し、ウィンクをすれば気色悪さに周囲の人間は気絶する。


 眠るときですら空気椅子状態という筋肉変態にして筋トレ変態。歯茎を剥き出しにして見せる満面の笑顔がセンターカラーを飾ったときには、どうして止めなかったのか、と担当が編集長からお叱りまで受けたという噂まであるほど。


 三悪人の中ではギャグキャラとしての要素がもっとも強い男で、登場の度に筋肉が服を破る描写がある。


 他にもチーターより早く走るとか、鼓膜を鍛えたので二万ヘルツ以上の音を聞き分けることができるとか、泳げばマグロと競争できるとか、アホな設定が語られたりもする。


 筋トレに目覚めた経緯について描写されることはなかったが、マルセルの知識として、クライブは現時点で既に専属トレーナーを着けて、ハードなトレーニングに励んでいることを知っている。


 足元に視線を向けると、造りのいい靴にも重りが仕込まれているらしいことが推測できた。学院に通っているときも手首足首に重りを着けていたような奴だ。見舞いの際にもなにかしらを仕込んでいるだろうことは直ぐに想像がつく。


「ほ? そういえばマルセル氏は剣の修業もされているとか。筋トレに興味がおありかな? 素晴らしい器具と薬がありますぞ」

「ありがとう、そのときは是非頼むよ」

「ほっほっほ、任せるでおじゃる。マルセル氏個人に合った最高のものを用意するでおじゃるよ」

 

 これだけ筋肉好きのクライブだが、アンデッドになる前の主人公アクロスたちとの戦いでは、強化しすぎた筋肉が千切れてしまい「筋肉おまえたちまでが麿を裏切るのか!」と絶望の叫びを上げていた。


 ちなみにマルセルの趣味は美容。初登場時にはなかった髭が、五巻を過ぎたあたりで急に生えていた。十二歳で髭かよ、とのツッコミが編集部に殺到――数件ばかりあったらしい。以後のマルセルはピンと立つ立派な髭と、丁寧に撫でつけられた髪がトレードマークになっていた。


 デブのシルフィード、マッチョのクライブ、髭のマルセル。これが「アクロス」における悪役三人組だ。美形要素がないため、主人公に味方するという王道展開が最初から抹消されている存在である。


 マルセルの部屋はかなり広いというのに、三人が揃うと鬱陶しさのあまり手狭に感じて仕方がない。ある種の悪役マジックかもしれない。


「シルフィード君にクライブ君。わざわざ見舞いに来てくれるとは、ありがとう」

「「……」」


 俺としては礼を口にしたつもりなのに、デブとマッチョはポカンとしていた。転生後の初対面でいきなりなにかしくじったのだろうかと、不安になる。


「ど、どうした?」

「ぶひ、いやなに、しこたま殴られて少し性格が変わったという話を耳にしていたのでね」

「然り然り。ああも素直に礼をするとは、想像できなかったでおじゃる」


 だから、どんだけなんだよマルセルこいつは! 原作での盟友たちに対してもそんな態度だったとか。確かに仲良く友情を育んでいた描写はなかったけどさ!


「あ、ああ。生死の境をさまよったみたいだからな。生まれ変わろうと思ったんだよ」


 嘘です。生死の境はさまよったのではなく、きっちり死んでます。そしてきっちりかっきり生まれ変わってます。


「ぶひひ。でも元気そうで安心したよ、マルセル殿。そういえば知り合いの奴隷商が上玉を手に入れたと売り込みに来ていたが、見舞い品にプレゼントしようか?」


 おいこら、待てデブ。そうも簡単に奴隷を勧めるなよ。


 奴隷との接触はファンタジー転生ものの定番といえるイベントだ。奴隷を助けるか、奴隷を買うかのパターンは王道と言えよう。だが今のマルセルは中の人的に、また倫理的に受け入れられない。


 更に「アクロス」世界における奴隷の扱いは酷いものだ。異世界ものの中には、奴隷にも人権が保障されていたり、奴隷に辛く当たると所有者が罰せられたりといった描写のある作品も少なくない。けど「アクロス」の奴隷は単なる消耗品だ。劣悪な環境下で酷使され続け、使えなくなれば処分される。


 わかりやすい構図だと思う。マルセルを含む悪役三人組は好んで奴隷を使い、潰し、捨てる。主人公たちは、悪役三人組から奴隷を解放して自由を取り戻す役割を担う。


 搾取する悪役と、自由を取り戻すために戦う正義の味方。うん、実に、とても、大変に、わかりやすい。


 冗談じゃねえよ。俺は悪役を卒業して真っ当な人生を歩むと心に誓っているんだ。奴隷を買うという選択肢はない。


「ほっほっほ、では気持ちがとぉってもハイになれる薬はいかがかな? 最高品質のものを用意するでおじゃるよ」


 はいアウト! アウトだから! ダメ、絶対。


 お前、麻薬販売に手を染めるのはもっと後になってからじゃないのかよ。こんな若い時からドラッグディーラーやってんのかよ。てか、こいつらが面会に来てから心の中で叫ぶことがめっちゃ増えたんだが!?

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