第九十三話 試験に向けて
難易度で考えると、実はこれらのほうが易しい。日頃の訓練をそのまま使うことができるケースが多いからだ。
逆に難易度の高いもの――珍しい例として騎士団の中で日常的な業務を手伝う、といったものがある。訓練参加程度ならまだしも気楽と評せようが、実際にはもちろんそんなことはない。
書類のやり取り、情報の伝達、簡単な書類作成などが主な課題内容だ。
書類を扱う上での秘密を守ることができるのか、書式や提出先を速やかに覚えることができるのか、華々しくもない仕事に誠実に取り組めるのか、などを見られるのだ。
十代の少年少女には、むしろ酷な課題かもしれない。
少年マンガには相応しくないからか、焦点が当たることはなかったが、魔法騎士が作らなければならない書類の量と種類は膨大だ。なにか事件が起こる度に、すべて書類に起こさなければならない。事件の最中には片付ける時間などないので、事件がない日はほとんど詰所に缶詰め状態になるという。
従騎士試験は、多くの場合は一つの班が一つの課題をクリアする形だが、そうでない場合もある。
一つの課題に協力して取り組むものはマシなほうで、課題が衝突する形になっているケースも少なくない。
一方が書類奪取を、他方が書類護衛の課題を受けることなどがそれだ。
血の気の多い年代だ。衝突課題となった場合は魔法を用いての衝突にも発展する。つまり、学生どうしがぶつかり合っても不審がられることはないわけだ。
「ぶふぅ、今回の試験課題……衝突型のものだと、かなり荒事になりそうだね」
「ほっほっほ、麿の筋肉の望むところ。そうでおじゃろ、マルセル氏?」
「どんな課題になるかはわからないが、その際にはよろしく頼むよ」
壮行会時点では、課題配布されていない。だから今はまだ何とも言えないのは正しいことだ。が、エリーゼとの間で話をついている。
マルセル班のこなす課題は、ルーニー伯爵邸への書類運搬。
通常なら衝突が起こるかどうかわからないが、エドワードが絡んでくる以上、確実に衝突が起きることも意味していた。運搬中か、運搬前後か、それともまったく関係ないタイミングでか。
難易度自体は非常に楽なものだ。他の生徒たちから「公爵家の権力を使って簡単に従騎士になるつもりだ」と陰口を叩かれるだろうが、そんな雑音は気にしなかった。
評判は大事だが、それ以上に亜人たちの命と自由と尊厳のほうが俺の未来にはより重要だった。
公爵領を含む王国民からの評判は既にして最悪。改善のための数々の努力は大した実りをもたらさない。過去の所業が足を引っ張り続けるせいで、善行をしても行動の裏を勘繰られて悪行に結び付けられる始末。
アリアたちとの関係だけが確かな実績と言える状況、破滅回避のためにも亜人たちを助けない選択はあり得ない。
『それって人道的見地なん? それとも自己保身?』
「りりりりり両方でっ」
虐げられている人たちを救うためなら自分の命も惜しくない、と言い切れる人は凄いと思う。さすがにそこまでのことを口にできる勇気は持ち合わせていない。
俺にあるのは、精々、多少の勇気、止まりだ。
この世界の獣人たちへの扱いを知っている身としては、亜人たちは絶対に助けたい。日本に生まれ育った身としては、奴隷のような劣悪な扱いは許せない。そして破滅フラグ持ちとしてはなんとしてでも生き延びたい。
両立が目的だ。危険は承知の上。亜人を救うためなら命も惜しくないとは言えなくとも、危険を厭わない覚悟はある。
頭痛と胃痛が激しくなるばかりへの覚悟も完了済だ。
嫌われ貴族の俺に近付いてくる相手は、まずいない。食事とデザートに舌鼓を打ちつつ、一人、バルコニーに移動した。風が気持ちよくて、パーティの熱気を程よく冷ましてくれる。
正統派主人公なら、バルコニーで美女と出会うなんて王道展開があるんだろうけど、悪役にはそんなものなどあるはずがない。
いいさ、考え事や気分転換が捗るというものだ。負け惜しみじゃないんだからね。
「まずは原作の流れをおさらいしようと思う」
『自分が主人公やゆークソジャリ共の行動かいな』
「クソジャリて」
俺が採る行動は、本来なら主人公たちが乗る流れである。
原作時間軸的には今から数日後。主人公たちが従騎士試験の課題中に、ルーニー伯爵たちが扱う奴隷売買所のことを偶然知ることになり、この売買所を巡って戦闘が行われるのだ。
時を同じくして、従騎士試験の合間を縫ってルーニー伯爵と接触していたエドワード・ブルスナーを発見。もちろんのこと、主人公たちとエドワードは対立し、激しい戦闘になる。
戦闘中、エドワードが自身に宿す第二使徒エルフリックの力を暴走、大暴れを見せたことで試験どころではなくなり、この年の従騎士試験は急遽、中止される。
主人公たちは奴隷売買を一つ潰したことを称賛され、試験中止の状況下にありながらも特例で従騎士の資格を得るのだ。
帰路の途中、取引を邪魔されたことに怒ったエドワードに襲撃され、主人公は大きなケガを負うが、追い詰められる中で光魔法を発現させ、エドワードにダメージを与えることに成功する。
同じく戦ったライバルは碌に対抗できずに重傷を負ったことで、主人公とエドワードに対し強い劣等感と激しい反発を覚え、心の内側に闇の炎が灯るのだ。
更に主人公は担ぎ込まれた先の病院で、同じく光属性の聖女エリーゼと出会い、光属性の魔法の手ほどきを受ける。
少しずつ光の魔力の使い方を習得している最中、自分の商売を邪魔されたことに怒り狂ったルーニー伯爵が手駒を送り込んできて、このときに主人公は初めて偶然ではなく、自分の意志ではっきりと発現させた光の魔法で襲撃者たちを撃退することに成功するのだ。
もう一つ、物語上の重要な点として、アディーンの移動がある。
このときに病院にいた悪役を通じて主人公を見たアディーンは、次の宿主を主人公に決め、襲撃者撃退に戦っている主人公に手を貸すと同時に宿主を移動するのだ。
マルセルがどうして病院にいるのかって? 自分が従騎士になれなかったのは主人公のせいだと考えたからだ。
責め立てるために来たのではなく、殺すためである。正確には主人公が死ぬ場面を、間近で見たいがためにこの場にいたのだ。
さすがに自分で殺すのはマズいと判断したマルセルがやらかしたこと、それが主人公の入院先をルーニー伯爵に教えることだった。
原作マルセルは犯罪行為に手を染め、黄昏の獣たちとも接点がある。この繋がりを利用して、ルーニー伯爵との渡りをつけたのだ。尚、襲撃の余波で気絶するというオチまでついている。
『悪役要素よりも、かませ犬要素のほうが多いやんけ』
「主人公を引き立てるのがマルセルの役割ですからね」
原作のマルセルは、それはもうどこに出しても恥ずかしいレベルのかませ犬である。ただし今世に限ってはかませ犬からは脱却させてもらおうじゃないか。
原作の流れをなるべくは損なわないように、それでいてアディーン様からは見捨てられないように。
黄昏の獣たちとはこれ以上のかかわりを持ちたくはない 連中の視線はできるだけ主人公に向いてほしいし、向けたいとも思う。
平凡より下の大学生だった身には、世界を滅ぼすような悪役と向き合うのはきついのだ。
主人公たちが黄昏の獣たちからの攻撃を凌げるだけの実力を身に着けさせるためなら、かませ犬になることも吝かではない。
けどそれ以上はご免被りたい。世界を救うだの英雄になるだのは、正直、荷が勝ちすぎる。マルセルの中の人も、マルセルも、とてもそんな器ではないのだから。
「まあ、黄昏の獣たち対応は主人公たちにぶん投げるとして、俺は俺としてやらなければならないことがあるしな。そっちに集中しよう」
聖女エリーゼにも言ったように、獣人たち亜人の救出と解放だ。マルセルが奴隷解放など、原作にない動きである。




