第九十二話 スチル回収とはこのことか
荘厳で絢爛豪華な建物にも、料理人の情熱と技術の粋を尽くした料理にも、まるで意識が向かない。
「ぶひ、マルセル殿の興味は他の参加者のようだね」
「ほっほ、マルセル氏を警戒させるほどの使い手がいるとも思えんでおじゃるが」
ふ、警戒、か。クライブ君や、世の中には警戒しても意味のない相手がいるんだよ。エリーゼとか、聖女とか、鮫とか。
チームとして試験に参加する悪役三人組は上機嫌である。
シルフィードは出される料理の数々に舌鼓を打ち、持っている大皿には料理が山と盛られている。妹の目が届かないのをいいことに、完全に爆食いモードだ。
クライブは美食よりも筋肉に良い食事を中心に摂りつつ、視線を鋭く周囲に向けては筋肉仲間を探している様子、に見せかけて、チラチラとニコルを見ている。
俺はというと、二人の指摘通り、気になるのは参加者たちのほうだ。各国から試験に参加する前途洋々たる若者たち。原作にも登場する天才たちのような、綺羅星の如き若き才能たちが集まっている。
ローマン王国からは原作でも活躍する天才従魔士アズベインが、従魔のウサギに餌を与えている。あのウサギはかなり凶暴なんだよな。
参加者中の最年少、都市国家群の石使いルードはおどおどし、チームメイトの年上のお姉さんたちに可愛がられている。くそ、爆発してしまえ。
魔眼使いもいる。石化の魔眼を使うクリフト、空に魔眼を描くラインズ、見るものを呪う邪眼と呼ばれる魔眼使いのシリアは、原作にも出てきたから覚えている。
並みはずれた体格を持つオウシは、魔法の才能には乏しいながらも槍術に優れた才を見せる。四肢に重石を付けているのベインズマンは、クライブと気が合いそうだ。
植物系の亜人もいて、キノコの亜人であるマタンゴも参加している。特徴的なのは鋭い目付きと、ガチムチの肉体だ。名前は忘れたけど、マッスルームとか呼ばれてたな。
他にも高い魔力を持ちながらまだ使いこなせていないイレーネ。遠距離攻撃を得意とするグラハム。天空の雲をすら焼き散らすほどの強力な火魔法を使うコニー。
面白いところでは料理人もいる。一子相伝の暗殺料理術を使いこなす正当継承者、ストライフは調理器具を背負っている。
何だろう。このスチルを生で見ている感覚は。ちょっと感動してくるんですけど。
おっと、そんな場合じゃなかった。
誰よりも注目しなければならないのは、シャグライク王国のエドワードだ。貴族に相応しい気品と笑みでもって、人を傷つけることに喜びを覚え、殺すことで充実を感じる変態性を見事に覆い隠している。
スカーフで隠している額には、今は閉じているであろう魔眼があり、この魔眼は魅了の力で特に異性を思い通りに操るのだ。
美形で王族で金も権力も強さも持っていて女を選び放題なのに、更に魅了の力まで持っているのだから反則にも程がある。
魔法の腕も確かで、宿している第二使徒エルフリックの力を使いこなせていないことを差し引いても、かなりの実力者だ。十二使徒との意思疎通ができていないことなど、従騎士試験の中では大したハンデにもならない。
付き添っている二人も問題だ。大男の名はフィエロ。筋肉の多い体とは裏腹に、毒水を生み出す魔法を使って広範囲に被害をもたらすといった戦い方を得意とする。
毒を受けて悶え苦しむ被害者の顔を見るのが好きな、エドワードに相応しい変態だ。従騎士試験では水源に毒をぶち込むという、ある種、テンプレのような戦術を採っていた。
もう一人が土属性の魔法を使った――――
「んなっ!?」
期せずして大声を抱いてしまう。周囲からの怪訝の目が集中する前に、他の試験参加者たちの影に隠れた。あいつの目に留まっていなければいいのだが。
『どないしたん?』
「いや、ちょっと待って。おかしいおかしい、あれは絶対におかしいだろ。何であいつがここにいんの!?」
『けったいな焦り具合から察するに、また自分の天敵でも湧いて出てきたんか』
「何でも天敵に結び付けないで下さい。天敵じゃなくて単なる敵です。つか強敵です! こんなところにいるのがおかしい奴なんですよ!」
本来ならエドワードについてきていたのはフィエロと、コーハンという爆弾魔だった。戦闘力では劣り、しかし主人公たちとの戦いでは市街地に逃げ込んで、無差別爆破で多くの被害を撒き散らした男だ。
まさにエドワードの従者に相応しいクズ野郎だったが、どうしたわけか、この場にいたのは爆弾魔ではなかった。
爆弾魔コーハンなどよりも遥かに恐ろしい、エドワードに従うはずもない存在が試験参加者に混じって堂々と王城を歩いている。
『もしかしてあの女、黄昏の獣たちなんか?』
「ええ」
サラザール、通称サラと呼ばれる黄昏の獣たちの一員だ。《アーバレスト》の名を持ち、高い戦闘力と冷静冷徹な思考力と破綻した人格を持つ、魔眼収集を趣味とする狂人だ。
黄昏の獣たちの幹部である十三魔将の一人で、単独で城や砦を落とす化物である。本来の登場は第二部になってから。
主人公たちとの衝突は、黄昏の獣たちが十二使徒回収を本格化させてからのことだ。
第二使徒エルフリックをエドワードから抜き取るために動いたサラは、監視を任されていたエイナールを出し抜き、急激に成長していた主人公たちをも一蹴。抵抗するエドワードを引き千切り、第二使徒エルフリック回収を成功させるのだ。
『つまりこれは自分の言う原作にない展開なんやな?』
「はい」
十二使徒を狙う黄昏の獣たちがエドワードの傍にいる理由。単純に考えれば第二使徒エルフリック回収が狙いだろう。
エドワードはせっかくの十二使徒の力をまったく使いこなせていないから、さっさと回収して次の実験体に植え直そう、と。
碌でもない主張を平然と行う連中が黄昏の獣たちの内部には確かに存在し、躊躇いなく実行に移す実力者もいるのだ。
しかし従騎士試験中に果たしてそんなことをするだろうか?
各国に影響力の大きいレイランド王国の面子を潰すような事態を引き起こせば、黄昏の獣たちの活動にも影響があるはずだ。少なくとも第二部の途中までは、連中は陰に隠れて行動しているのだから。
表に出てきた瞬間、世界はとんでもない混乱に巻き込まれるのだ。
『自分が知っとる話よりも展開が早よなっとるんか』
「かもしれません……ぅう、胃が痛い」
シクシクと痛んだ胃を労わるべく腹に手を当てる。ただでさえ、今回の試験に関係して、俺がやりたいことをするためにはエドワードとの激突は避けにくいというのに。
『避けにくいてなんやねん。避けられへんの間違いやろ』
「戦闘を避けたいという平和主義的な発想でしてですね?」
『ヘタレなだけやろ』
ぐうの音も出ない。エドワードがかなり強いとはいえ、衝突は覚悟していた。
けれどサラは完全に想定外。彼女の役目が十二使徒回収なら、アディーン様を宿す俺を狙ってくる可能性は否定できない。
エドワードならまだしも、サラザール相手となると、今の俺では勝ちの目はないというのに。エリーゼとのやり取りをまるッとなかったことにして、家に逃げ帰りたくなる。
『あの姉ちゃんから逃げ切れる思うんやったら、逃げてもええんちゃうか。無理なほうにアンパン百個ベットや』
「ぅう、もうほんと胃が痛い……」
最近、胃薬をラムネのように放り込んでる気がする。
従騎士試験は元の世界の運動会のような、複数の参加者が同一の競技で争うような一種の祭りめいたものではない。もちろん、団結して出し物に精を出す文化祭でもない。
個別に用意された課題をクリアしていくものだ。中心となるのは護衛であったり、魔物や盗賊狩りだ。
今回、エリーゼが俺に用意してくれた課題のように、運搬もある。
 




