第十三話 集結してしまった三人
サンバルカン公爵家は評判はともかくとして、王国屈指の名家だ。マルセルが色々とやらかしているとはいえ、公爵家の権威そのものはまだまだ保たれていて、その権勢と資金力を目当てに、屋敷を訪れる人間は後を絶たない。
つまるところ、訪問者の目的は父であるサンバルカン公爵であって、ダメ息子としてその名も高いマルセルに会いに来るような物好きは、まずいないというわけだ。
極めて数少ない例外というのが、俺としてはできれば接点を持ちたくなかった相手たちだった。
「ぶひひひ、血を吐いたと聞き及びましたが、存外に元気そうではありませんか、我が友よ。それにしても」
「ほっほっほ、なんでも凄まじい量の血だったとか。マルセル氏、くれぐれもご自愛するでおじゃるよ。それにしても」
二人の視線が俺の頭部に集中した。ゴッソリと髪を失った頭部に。笑い出さないのは気遣ってのことなのか、家格を気にしてのことなのか。できれば友情に基づいた優しさであってほしいところだ。
メイドに案内されて入室してきた二人を知っている。
なんというか、こう、実に特徴的な笑い声を上げる二人の少年に、俺は見覚えがあった。それはもう物凄く覚えている。
着ている服は仕立ての良い品だと一目でわかる。身に着けている装飾品も年不相応な大きさと輝きを放ち、見た目とは裏腹に洗練された所作からも貴族の子弟であることは一目瞭然。
なにより、漫画でもアニメでもゲームでもよく見てきた顔なので、間違えようがない。
俺と並び称される悪役三人組、残り二人が見舞いに来たのだった。
ありがたいのかそうでないのか、正直、反応に困る。
マルセルへの見舞いはかなりの人数が来ていた。ただし、その大半はマルセルとの面識がない奴らだったりする。当然、狙いもはっきりしていた。見舞いにかこつけて父であるサンバルカン公爵と誼を結ぼう、機嫌を損ねないようにしよう、といったところだろう。
だからサンバルカン公爵にではなく、俺個人をちゃんと見舞ってくれるのは、かなり嬉しい。しかし将来的に全員が悲惨な最期を遂げる悪役が勢ぞろいする状況は、泣けてくる。
やだな。目の前が見えないのは友人が来てくれたことへの嬉し涙のせいですよ。未来を慮って悲痛に暮れているわけではないですからね。
さて、ここで状況を少し整理してみよう。悪役三人組が一堂に会してしまった。作中において、ここまでするかと言いたくなるほどコテンパンにやられて死ぬ三人が、だ。
一読者のときはあれだけスッキリしたのに、三悪人の最後の瞬間を繋げた動画を見て爆笑していたのに、今となっては絶望感がハンパない。頭痛はしてくるし目の前が真っ暗になるし、反射的に逃げ出したくなる。
でっぷりと太って「ぶひひ」と笑っているのが、シルフィード・マーチ。建国の功臣にして、今も王国の要職に就きつつも各方面から嫌われているマーチ侯爵家の長男。ただし家族からは疎まれている。
自称イケ☆メンで、読者からは豚だのブサメンだのキモブタだのと散々に罵られていた男だ。
好意的な曲解を二度三度と繰り返して尚、オークと人間のダブル(オーク寄り)。常識的に見ればオークが五割でブタが三割、ヒキガエルが二割にデブが二割といった外見だ。十割超えについてはお気になさらず。加えて髪はサラサラロングだったりする。
サラサラロングの吟遊詩人が人気だとかで、真似してしまったのだ。微塵も似合っていないのに。こいつみたいなデブは嘲笑されるだけなのに。しかも名前がシルフィード。まさしく嘲笑と嘲弄を一身に受けるためのような存在と言えよう。
ファサ、とシルフィードがロングヘアをかき流す。人気の吟遊詩人がよくする仕草で、吟遊詩人がすると女性ファンが黄色い悲鳴を上げるといい、シルフィードがすると女性たちは嘔気をもよおすという。ちなみに俺は鳥肌が立った。
「ぶふぅむ、まだ体調が万全ではないようだね」
「はは、そんなことはないさ」
この寒気はお前の仕草のせいだ。体調そのものは何の問題もない。剣の練習をして筋肉痛やら手のマメが潰れることを危惧するくらいさ。だから手入れの行き届いた髪の毛を何度も触らなくていい。
シルフィードの特徴は莫大な魔力と最高クラスの魔力操作技術、且つ魔法スキルがないため、魔法を使用することができないこと。
戦闘スタイルは有り余る魔力を操作して物理攻撃を行使することと思いきや、操糸人形術という古い戦い方を主とする。
操糸人形術とは字の通り、魔力で編んだ糸で人形を操って戦う魔法のことで、今では魔法に分類されていない技術だ。要は魔力を糸にするだけのことに過ぎず、人形のギミックによって戦うスタイルなので魔法とは呼べないというのである。
戦いも糸の操作を見抜かれたり、そもそも操作自体の習得難易度が高かったり、また人形のギミックが尽きると戦えなくなったりといった点が敬遠されて、今では古典の授業でも省かれることのある分野の技術だ。
決して策謀を巡らせて他人を操るといった、黒幕気取りの格好いい意味合いではない。少なくともシルフィードにはそんな描写は一度もない。
シルフィードが操糸人形術を選んだ理由、それは魔力を糸にするだけの器用さがあればいいからである。
魔力操作技術は作中最高水準にあるシルフィードは、最大で数百体にも及ぶ人形を自在に操ることができ、そのため、人形のギミックに依存する形ではあってもシルフィードの戦闘力はかなり高い。シルフィード一人で魔法騎士団を足止めした実績まである。
ただしこの人形がシルフィードがキモがられる理由の一つでもあった。オーク+ブタ+ヒキガエルな外見の他に、操糸人形術に使用する人形がいわゆる美少女フィギュアというやつで、しかも等身大ときていることだ。
特に愛用するのが二体の人形で『黄金の』ベアトリクスと『銀の』セルベリアだ。いずれも情熱と技術のすべてを注ぎ込んで作った、と作中で主人公たち相手に叫んでいた。感情たっぷりの熱弁に主人公たちはしっかりとドン引きしていたが。
二体の一方、『黄金の』ベアトリクスはウェーブのかかった金髪に金色の瞳、褐色の肌、身長一七八センチ、スリーサイズは上から八九・五九・八八。もう一方、『銀の』セルベリアは、ストレートの銀髪に銀の瞳、肌は白い。身長一七〇センチ、スリーサイズは九三・六〇・八九。
もちろんのこと素材にもこだわり抜き、触ると柔らかい上に人間を模して体温を感じられるようにもしているという。カラーページではヒロインたちを差し置いて水着姿、それもブラジリアンビキニ姿を披露している。
シルフィードはこの卓越した造形技術でもって、美少女フィギュア造形コンテストを三連覇していると、ページ裏情報に書かれている。
魔法を使えない上に、オタク感満載の趣味のおかげで貴族はおろか学院の平民たちからもバカにされていたが、ベアトリクスとセルベリアに詰め込んだギミックの数々は散々に主人公たちを苦しめ、更には物語後半で理法と呼ばれる技術まで習得する。
理法とはバトル物によくある「自然との融合」というやつで、圧倒的な力を発揮する。作中で理法を習得できるのは、主人公とシルフィードだけで、しかもシルフィードは主人公よりも強力な理法を扱う。
担当枠は「生命を弄ぶ悪役」である。高い魔力を持つこいつは、同時に抜きんでた商才も持っている。真っ当からは程遠い、高利貸しに始まり、武器売買に人身売買まで行う、悪徳商人だ。
正義と人道を重んじる主人公とは決定的に相性が悪いが、ずる賢さから正面からの衝突はほとんどない。悪役三人組の中で最後まで生き残っていたのは、このあたりが理由の一つである。
人倫に悖る商売を重ねて巨万の富を築いたシルフィードは、ホムンクルスや生命創造といった分野にも進出、奴隷たちを実験材料に使っていた。これが主人公たちの怒りを買い、原作六十二巻において敗死している。
趣味は体型通りの美食を貪ること。一日の摂取カロリーは十万になるとかならないとか囁かれる反面、造形のためなら食費すら削ることがあるという。