第八十七話 面会への道
試験の結果に難癖をつけられることも想定され、それは試験開催国の顔に泥を塗ることと同義。
「だが彼女たちはとても大事なんだ。くれぐれも、くっれぐれも! 丁重に扱ってくれたまえよ!」
「承知しました。もちろんでございます。丁寧且つ厳重に保管させていただきます」
ガラガラガラ、と台車に乗せられて遠ざかっていく二体の人形を見送るシルフィードの顔は、どことなく悲しげであった。まるで嫁と引き離されたかのようだ。
「ほ、シルフィード氏の人形は無理でおじゃったか。残念でおじゃるな」
近くの馬車から降りてきたのはクライブだ。
「人形を作るのが楽しくて、他のことを忘れていた僕のミスだ」
「麿のような筋肉なら差し押さえられ心配もあるまいよ? お望みなら、シルフィード氏に合った効果的な筋トレメニューを作るでおじゃるよ」
「筋肉か……確かに贅肉が多いと妹にも怒られたし、少しばかし鍛えたほうがいいのかな?」
「お、シルフィード氏も筋肉の良さがわかったでおじゃるか? そうそう、筋肉は裏切らないでおじゃるからな」
「オルデガン伯爵公子閣下」
「何でおじゃるかな、門番殿? 腹筋に効く筋トレについての質問かな? 麿の腹斜筋群が喜んで答えるでおじゃるよ」
「閣下がお持ちのサプリや薬剤の類もすべてこちら預からせていただきます」
「おじゃ!?」
クライブの筋肉が大きくビクつく。
「閣下がご利用している業者が違法薬物生成に関与していることがわかりまして、更には流通にもかかわっている疑いが濃く……」
「ままま麿はかかわっていないでおじゃるよ!?」
「そうだとは思いますが、現状ではオルデガン伯爵家が関係する薬物や栄養食品につきましては、持ち込みが制限されております。馬車の中を確認させていただいても?」
門番の圧はかなり強かった。こんな門番キャラは原作に登場していないのに、やたらと押しが強くて、なによりも濃い。
他に一人を応援に呼んで、クライブの馬車内に立ち入る門番たち。立ち入り検査というか、強制捜査というか。
クライブの馬車内から出てきたのは、普通の旅には絶対に必要のないものばかりだった。しかして本人が、絶対必要であると声高に主張するものばかりである。
筋肉に良いサプリ、疲労回復効果のあるサプリ、高タンパクの粉末飲料、なにかわからない薬液が入った大量のアンプルが数十種類に、サプリとは別の錠剤がこれまた数十シート、使用意図をあまり考えたくない注射器と注射針も数十ケース。
他にも次から次へと、筋肉の側を向いただけの薬などが大量に出てくる。
「……公子閣下……」
門番の声は低く、眉は平坦で、醸し出される圧はより強くなっていた。侯爵公子が気圧されるくらいには強い。
「違うでおじゃる! 待ってくれ、これらはすべて麿の筋肉のために必要なのであって、決して貴国に害なすためのものではなく!?」
「押収します」
「ま、麿の筋肉……っ」
「押収、します」
「……はぃ」
クライブも頷くしかなかった。
うむ、まさか権力に物を言わせて横暴を貫く悪役三人組がそろって門番に止められるとは。少しでも原作と違う点が確認できるのは喜ばしい限りだ。
「ご立派でした、若様」
アリアの称賛も嬉しいものだ。いつの間にか車外に出てきていたシュペクラティウスのサムズアップは、心底どうでもいいが。
俺は気にしないように門番に告げ、偶然を装いながら、さもたった今気付いた風を装って――本当はビクビクしながら――遠くからこちらを見ているエリーゼに対して頭を下げた。
下げている最中も、俺の頭はものすごい勢いで回転していた。大量の汗がボタボタと地面に落ちても、次から次へと汗が噴き出てくる。
これで俺はエリーゼに会わないわけにはいかなくなった。サンバルカン公爵派の貴族が騒ぎを、碌でもない騒ぎを起こしたのだ。方々に謝罪して回るのは当然であり、レイランドの最有力者に頭を下げに行くのも当然である。
絶対に会いたくもないし近付きたくもなかった相手に、他人のせいで会いに行く羽目になるとは。あのバカ貴族共を絞め殺していやりたい。
入国は無事に許可され、本来なら一息つくところ。内心でバカ貴族共をボコボコにしながら、俺は聖女エリーゼに面会を申し込んだ。
申し込まざるを得なかった。
うん、そうだな、何事も前向きに考えよう。出来たらエリーゼには頼みごとを引き受けてもらいたいと思っていたんだ。エリーゼからの協力を得られたら、こっちとしてはとても助かるわけだしね。
『それ、前向きゆーんか? 単にこじ付けとるだけやろ』
「心をへし折りに来ないでください!?」
バトルものの大作だけあって、原作では多くの有望な従騎士候補たちが、試験に参加している。
光の魔力を持つ主人公。現時点ではまだ覚醒していないが闇の魔力を持つライバル。主役級は当然として、少年漫画の常というべきか、お約束と受け入れるべきか、主人公と同世代には優れた才能たちが綺羅星のごとく現れる。
強力な魔眼の持ち主、特殊な従魔遣い、水魔法の派生魔法とされる氷魔法の使い手、強力な獣を自在に操る魔法の使い手も、この従騎士試験が初出だ。クライブの筋肉魔法のような独自魔法の使い手もいる。
そして聖女とまで呼ばれる力の持ち主も。
ハートルプール公爵家の聖女エリーゼは作中でもかなり特別な存在で、主人公意外で唯一の光の魔力の持ち主であり、最高位貴族ということもあって、他を隔絶する圧倒的な魔力を持って生まれた。
自分にも他人にも厳しく、平等であり公平であろうとし、実際に高いレベルで体現しているために平民からの人気は極めて高い。
翻って貴族からの人気は二分されている。聖女として信奉する側。公平のための厳しさを、既得権益を脅かされると受け取る側。
大きな敬意を抱かれているにもかかわらず、特別扱いされることを良しとしない高潔な人柄の持ち主だ。
原作マルセルとその一派のように専用の高級ホテルを手配するようなこともなく、試験期間中は他の平民生徒たちと同じ宿舎を利用している。このことも彼女の人望を高めるのに一役買っていた。
かいつまむと、エリーゼの影響力は無視できるようなものではない、ということだ。
更にエリーゼを特別にしている理由がマルセル――この場合は主人公というべきなんだろうが――マルセルと同じく十二使徒の宿主であるという点だ。
今回の従騎士試験には俺を含めて十二使徒の宿主が三人参加している。一人についてはこの場では割愛させてもらうとして、エリーゼのことだ。
彼女は第七使徒フィリアスを宿しており、マルセルとは違って使徒との間に一定の信頼を築くことにも成功している。十全とまではいかなくとも、それなりに十二使徒の力を行使することができるのだ。
高位貴族としての魔力の高さと、十二使徒の魔力も使えるとあって、従騎士試験時点では主人公たちの誰よりも強い。
試験でかち合った主人公もライバルも、なす術なく負けるくらいだ。しかも物語後半になっても最強クラスに強い。
原作通りならこの試験を舞台にしてかなり大きな事件が巻き起こる。黄昏の獣たちは前面には出てこない。だが確実に裏で糸を引いて起こしたこの事件は、主人公もエリーゼも否応なく事件の中心に引きずり込む。
最終的にはミルスリット王国の魔法騎士団が出張る事態にまで発展して、ようやく終結するのだ。
主人公と仲間たちが原作通りに立ち回れるのならまだしも、いつぞやの《スレイヤーソード》のときのように邪魔になるだけなら、生じる被害は筆舌に尽くしがたいものになる。
謝罪を兼ねてエリーゼに会って、少しでも信頼でも得られたなら、俺も原作とは違った動きをできるようになるかもしれない。