第八十四話 悪役エピソード紹介
レイランド王城は堅固な守りを特徴とする山城で、その守護を更に強固にしているのが彼ら竜騎士なのだ。
絶対数は少ないがその優美な姿に憧れるものは多く、ミルスリット王国の魔法騎士学院を卒業後に、レイランド王国に竜騎士になることを目標として移住するものもいるほどだ。
原作ではこの歴史ある城も炎に包まれて落城する。落城にまで追い込んだのは黄昏の獣たちだが、黄昏の獣たちに先んじること数年、最初に火を放ったのは俺だったりする。
由緒正しい従騎士試験に平民が出ることに納得いかなかった、というよりも不愉快なだけだったマルセルは、公爵家の立場を笠に着て主人公を試験停止に追い込もうとした。
といっても、裏工作をするとかではなく、「平民に試験を受けさせるな」とレイランド王国に直接、申し入れたのだ。アホか。
自国での従騎士試験開催に誇るを持っているレイランド王国側は受け入れるはずもなく、
――――レイランド王国は間違った対応をしている!
と憤慨したマルセルは、試験開催を告げる大鐘楼のある建物を焼き討ちにするのである。そしてあっさり露見。マルセルを危険視していたレイランド王国の役人が監視を強めていたため、放火の現行犯で逮捕された。
付け火は小さなもので終わったとはいっても、放火は放火。重罪であることに変わりはない。公爵が必死になって駆けずり回ったので国家間が表立って対立するまでの事態にはならなかったが、マルセルは学院の歴史上初めての「貴族の退学者」になった。
要するにレイランド王国そのものがマルセルにとっては鬼門のような場所なので、正直なところあまり来たくなかった。
けどそれを言い出すとキリがない。原作を振り返ってみてみると、鬼門ではない場所を探すことが難しいのだから。鬼門って北東だけじゃないの? 全方角満遍なく鬼門っておかしいでしょうよ。
放火をするつもりもないし、入国にあたってのトラブルを再現するつもりもない。
同時に原作の流れから逸脱しすぎるのも怖い。予想外のことが起きるだけならまだしも、原作知識が通用しない事態だったらどう動いていいのかわからなくなる。
パン、と顔を叩く。
「ええい、逃げ腰になっていても仕方ない。堂々とレイランド王国に入ろうじゃないか」
原作で起きたトラブルとは、入国を巡るいざこざだ。公爵家の特権意識に凝り固まっていたマルセルは、自分こそが一番最初に入国するべきであると考えていて、レイランド王国の幹部たちが当然に出迎えるべきだとも考えていた。
そのどちらも無理だった。
意気揚々と朝早くに馬車に乗ったのに、途中で馬車の車輪が壊れ、八つ当たりで近隣の村人を鞭で叩いた。
新しい馬車を用意するのに時間がかかったので、従者を魔法で焼いた。
御者に急げと指示を出しながら、振動で尻が痛くなったからと御者を殴りつけた。
遅れを取り戻そうとして整備の行き届いていない近道を選んだら、車輪が道を踏み外した。
折しも雨が降っていたために投げ出されたマルセルは泥だらけになり、とても公爵家令息に見えない姿へとなっていた。変わり果てた姿であり、落ちるところまで落ちる未来を暗示しているかの姿に。
レイランド王国に到着した頃には他の生徒たちも多くが集まっていて、彼らはボロボロのドロドロになった馬車とマルセルの様子を遠巻きに笑っていた。
マルセルは自尊心と虚栄心の塊だ。笑われるなんて屈辱に耐えられるはずもなく、マルセルは恥ずかしさを誤魔化すために喚き散らした。喚いた内容はこうだ。
――――他の連中などどうでもいいから、オレを優先しろぉぉおおおっ!
自分勝手な主張が通るはずもなく、直後に展開があった。あまりにも大騒ぎするマルセルを主人公が止めに入ってきたのだ。
これまでにも散々、自分の邪魔をしてきた主人公がまたも間に割って入ってくる。
許し難い――とマルセルが考える――事実に、マルセルの怒りの矛先が主人公に向いた。怒りに任せて主人公の胸倉をつかんだところで、マルセルは興奮のあまり意識を失ったのだ。
こんな情けない話があるだろうか。主人公とマルセルの対比を行い、主人公の正義感を強調するためのエピソードなのだとしても、今となってはマルセルを貶めるためのエピソードに思えてならない。
もちろん俺はそんな真似はしない。
するべきことはある。この従騎士試験に無事合格することだ。
あえて不合格になって貴族の地位を諦めて冒険者になるという選択肢も考えたのだが、あのプライドの高い親父殿が、魔法騎士にもなれないような落ちこぼれを自由にさせるとは思えない。
実家追放などして外で恥の上塗りになるような行動をされてはかなわない、とでも主張して死ぬまで幽閉するだろう。どこかの屋敷か、病院かまではわからないが、行動を奪ってくることは確実だ。
ブルブル。冗談じゃないので試験合格を目指すことは確定だ。他にも危険には近付かないし、破滅をもたらすような相手に近付かないのはいつも通り。
もう一つはできれば竜を手に入れたい。さすがに竜騎士になれるとは思っていないが、移動手段としての竜を確保したいのだ。アリアたちの件といい、原作とは違った展開を見せつつも、流れ自体は原作と大変わりがない。
破滅の魔の手は、相変わらず俺に向けて近付いてきているような気がしてならない。なので、竜の機動力があれば逃走とか、破滅の現場から遠ざかるために有効な手段になると思えるのだ。
危険因子から距離を置く、逃走手段を確保する。これだ。そして思う。
「竜って、どうやって確保するんだ?」
竜騎士は原作でも、従騎士試験を除いてほとんど描写がない。次に出てくるのは第二部で王城が燃え落ちる前後、それも黄昏の獣たちにあっさりとやられてしまい、見せ場らしい見せ場はなかった。
それでもファンブックには飛竜の機動力の高さに触れた記述があったので、是非とも欲しいのだ。破滅から逃げるにあたって、ゴテゴテと装飾のついた重たい馬車より、飛竜のほうが優れているからな。
原作で不遇の扱いを受けたものどうし、ちょっとしたシンパシーがあったりもする。それに竜を手懐けるのなんて、ファンタジーの定番にしても心躍るじゃないか。
もちろん、一番大事なのは国境を跨ぐ犯罪者への対処だけどね。忘れてないよ。
レイランド王国に向かう道中には、多くの馬車を見かける。どれもこれも紋章がついて大層な装飾が施されているのだ。つまり馬車に乗っているのは、俺と同じ貴族であるのが大半だ。
従騎士試験参加者の内で、貴族籍を持たないのは主人公をはじめとした十人程度だ。原作の流れでは、今回の試験以降、平民の参加者が徐々に増えていくのだが、今の時点ではこの程度の人数しかいない。
俺の馬車はというと、公爵家の家柄に相応しい豪奢なものであるが、車内で一番いい場所に陣取っているのは実は俺ではなく、従魔のシュペクラティウスだ。
衝撃に弱いエッグマンを守るため、特別に作ったクッションに鎮座している。元の世界で「卵を二階の窓から落としても割れない」と謳っていた素材を、できるだけ頑張って再現したものだ。
柔らか素材のハニカム構造は衝撃吸収力が高く、シュペクラティウスは職人に作らせた扇子をパタパタと振っている。俺よりもバカ貴族の坊ちゃんぽいのはどういう事よ。
今度、体重増加からくる腰痛と膝痛に苦しむシルフィードにも送ってやろう。
「貴様らぁ! 兵士如きが我らの道を遮るとはどういうつもりだ!?」
「我らをミルスリット王国の貴族と知っての所業か!」
「従騎士試験参加のためにわざわざ来てやったというのに、レイランドの人間は最低限の礼儀すら知らんと見えるな!」
馬車の中で大人しく入国待ちをしていると、外から騒ぎが聞こえてきた。