第八十三話 試験に誘う
「その試験のことなんだが」
「はい、精一杯応援しています。大丈夫ですよ、若様なら絶対に合格できます。若様ならきっと素晴らしい騎士様になれます」
背骨が変形してしまいそうなくらいに期待が重たい!
破滅を逃れた後は魔法騎士なんかにはならず、気楽に生きたいと思っている身には特に。
魔法騎士学院は、魔法騎士になるための力と知識を与えるための組織だ。順序良く、効率良く、知識や技術を積み重ねていくようになっている。
従騎士試験はその中でももっとも重要な、国を守るに相応しい人物へと導くためのカリキュラムだ。この試験に合格すると、正魔法騎士の行動を共にする資格を得られる。
今はまだ、「カリキュラムによっては正魔法騎士が付き添う」形なので、従騎士になって初めて、半人前になれるのだ。
「ありがとう。それでアリア、お前には使用人として、いっしょに来てもらいたい」
「ふぇっ!?」
俺からの突然の申し出に、アリアは素っ頓狂な声で答えた。
「え? あの、あたし、獣人です、けど……?」
貴族社会に蔓延る獣人差別を懸念しての発言だとわかる。各国からの従騎士試験参加者にも貴族は多い。そんなところに向かうことへの不安はさぞ強いことだろう。
家が用意する使用人たちなら、他の試験参加者らに対しても公爵家の品位や家格を十分に見せつける人選になるだろうことは想像に難くなく、公爵家の人間としてはそれが正しいことだとも理解している。
「わかってる。でもな、アリア、俺は君について来てもらいたいんだ」
「っ! 若様! わかりました、全力でサポートさせていただきます!」
「お」
驚いたのはアリアが俺の手を握ってきたからだ。アリアは嬉しさか感動からか、目尻にうっすらと涙をためながら何度も何度も頷いた。
「若様からの信頼と恩義には必ず、必ず応えます!」
「今でも十分に応えてくれてるよ」
「わ、若様……」
アリアは俺の手を取って目を輝かせていた。彼女は俺が脱破滅の道を歩いてきた、数少ない確かな実績だ。
原作では既に死んでいたアリアがここにいる。生きて、俺の前にいてくれている。敵としての立場でも、「生きていてくれて良かった」と喜べるだろうが、味方としていてくれるのだから文句の言いようもない。
従騎士試験については親父殿が随分と張り切っていて、カネや人の面で活発に動いている。俺のことなど、兄デュアルドになにかあったときのための代替用品としか考えていない父親だ。俺のためを思って動いているのではないことは明らか。
公爵家の人間が、たかが従騎士試験などに失敗することを恐れてのことだ。ただでさえ政治的に力を弱めているのに、息子が落第なんてことになれば、面子にかかわる。
そのせいもあって、本宅では荒れることが目立っているという。どうして荒れているのかというと、せっせと仕込んだ裏工作の悉くが潰されているからだ。
従騎士試験開催地は、ミルスリット王国外であり、現公爵をもってしても中々、思うようには工作が進まないというのが理由だ。
工作活動が上手くいかないので、今の親父殿は俺に従者を付けようとしつこく言ってきていた。俺のサポートのため、と言えば聞こえもいいが、実際は俺について国外に出る要員だ。国外に出た後は、俺の傍を離れて、親父殿の意を汲んだ行動を採るんだろう。
冗談じゃない。
親父殿が用意してくるどんな優秀な使用人たちよりも、彼女がいてくれるほうがずっといい。
後になってクリスが自分も連れていってほしいとゴネて、なだめるのに苦労するのは別の話だ。
貴族たちが従者を連れていけるとはいえ、同行できる従者の数は限られる。一人だけだ。有力貴族も大富豪も、もちろん公爵家だろうと関係ない。
他人に世話されることに慣れている貴族たちといえど、これはあくまでも国防を担う魔法騎士を育成するシステムの一環であるため、従者は一人と決められているのだ。もちろん従者を必ずつける必要性はないが、場所的に俺としても安心できる相手を一人は確実に確保したかった。
従騎士試験が行われる国には宿敵が待っている。
『まだ宿敵がおるんかい』
「マルセルからしての宿敵であって、向こうからしたら害虫くらいにしか思われてないでしょうけどね。救世の聖女エリーゼ・ハートルプールがいるんですよ」
ハートルプール公爵家の令嬢。俺より一つ年上で、主人公たちと同じく今年の従騎士試験に参加する。原作でもかなり重要な人物だ。作中で光の魔力を持つものは二人。一人は主人公で、今一人が聖女エリーゼだ。
従騎士試験は伝統としてレイランド王国王都ランパスティルで行われる。魔法騎士や魔法騎士に類似する組織は世界中に存在しているが、各国合同で従騎士試験を行うのはレイランド王国だけだ。
現在のレイランド王国は国力でいえば弱国に分類され、俺たちが所属するミルスリット王国とは対抗できるものではない。
経済力や軍事力だけで見れば、従騎士試験開催の権利を奪われても不思議ではないのに、尚もレイランド王国で開催されているのには理由がある。
レイランド王国は魔聖ダリュクスの出身地であり、同時に入滅した土地として知られていて、各国からは一定の尊敬を集めていることだ。
魔法騎士というシステムができた際、魔聖ダリュクスへの敬意から、レイランド王国で従騎士試験を行うことに取り決められたのである。他にも各国首脳が一堂に会する国際会議の場としても知られている。
国力そのものが低くても、国家としての発言力や権威は大国にも匹敵するものがあった。マルセル・サンバルカンのような人間からしてみれば、国力に劣る国にまでわざわざ出向かねばならない事実は、たまらなく不愉快なことであったろう。
従騎士試験はミルスリット王国で開催するべきだと喚くシーンもあった。根本的に人望に欠けるマルセルの発言にも、従騎士試験に関するものについては理解を示すものがいる。
開催権を奪うことはできなくとも、せめて持ち回りにするべきではないか、との意見が出てきているのは確かな事実であった。
ただしこれはミルスリット王国内だけの、しかも少数派の意見だ。
ミルスリット王国内でも魔聖ダリュクスや歴史に敬意を示すべきだとの意見が多数派を占めている。
他国に至っては、「ただでさえ国力の高いミルスリット王国に、更に箔をつけるだけになる」として、レイランド王国開催することが支持されているのだ。
馬車に揺られること数日、俺の目の前に広がるのは権威に相応しい荘厳さを誇る城だった。周囲には他にも多くの馬車があり、上空には飛竜を駆る騎士まで飛んでいる。アリアなど、生まれて初めて竜騎士を見るものだから、随分とはしゃいでいた。
「わー、あれって竜騎士ですよね、若様」
「ああ、レイランド王国が誇る魔法騎士だ。竜騎士とも呼ばれてる連中で、多分、強いとは思うんだけどな」
もちろん俺だって浮かれている。だって竜だぞ、竜。実際に見たら心躍るじゃないか。たとえ原作では少しも活躍しなかったとしても。
「多分って、魔法騎士なんだから強いんじゃないんですか?」
「うーん」
少なくとも原作・アニメ・ゲームで活躍しているシーンは見たことがない。
飛竜に乗っているのはレイランド王国の魔法騎士たる竜騎士だ。
竜騎士は普段から巡回業務で空を飛んでいるが、この時期は少し様子が違う。従騎士試験開催に合わせて警備を強化していることと、もう一つ。
こちらは原作知識になるが、現在のレイランド王国では正体不明の化物が出現して、それへの対処に動いているのである。
化物騒動はレイランド国内の問題なので、国外へは知らされていない。話が進む中で主人公たちが巻き込まれる形で、化物騒動は露見するのである。