第八十一話 成長報告
闘気を扱える、できれば腕利きをニーガンの師匠に。確かに必要そうなことではあるのだが、問題が一つ。
「でも知り合いにいないんですよねー。それこそ冒険者ギルドにでも募集をかけてみましょうかね」
『それも一つの手やろな。何もせえへんよりはよっぽどええやろ。サンバルカン家に来るような物好きがおるかどうかは別として』
「根本的な問題が横たわっていたよ」
『あの暗殺者の嬢ちゃんに頼んでみるんはどうや? 獣人にも当てがあるかもしれんし』
「ラウラですかぁ?」
『めっちゃ嫌そうな顔やな』
嫌にならいでか。現状、我が家で一番警戒が必要な相手ではなかろうか。
ラウラはいつの間にか公爵家に戻ってきていて、こちらに冷ややかでにこやかな笑顔のまま仕える、という名目で監視していた。何食わぬ顔、とはまさにこのこと。
二時間サスペンスよろしく、もしかすると階段から突き落とされるのではないか、ひょっとすると毒殺されるのではないか、と背後に気を配る頻度が増した。
なにかマズいことを引き寄せるかもしれない情報を報告されているのではないか、と過緊張で脈拍が早くなりっ放しだ。血圧が上がっているように感じるのは気のせいではないだろう。
色々とやらかしてしまったせいもあって、ラウラからの監視の目は一層厳しくなっていると自覚する。自覚するのだが、果たして錯覚だろうか、俺に向けられる視線にほんの少しの柔らかさが混じっている気がする。
確信としてあるのは、ラウラがこっちに向けてくる監視の視線の内訳に、苛立ちとか攻性の比率が増したていることだ。
苛立ちと柔らかさってどうやって共存するんだよ。うん、柔らかさが混じっているように感じたのは完全に俺の勘違いだな。
とりあえず、ニーガンの師匠探しのため、冒険者ギルドに依頼でもするか。申請用紙の取り置きはなかったから、ギルドにまで出向く必要がある。
使用人に取りに行かせるのも手ではあるが、やはり自分で向かいたい。異世界に来たのなら冒険者ギルドに訪れるのは鉄板のイベントと言うべきだ。
悪役三人組の他の二人も成長している、はずだ。これは完全に原作になかった動きである。努力や修行といった、少年マンガで主人公が必ず通る道を心底から毛嫌いしている悪役三人組だ。するのは成長ではなく堕落、のはずだった。
まずはニコルを守ると息巻いていながらクライブについてだ。《スレイヤーソード》にあっさり負けたことでプライドが傷ついたようで、今までにないハードトレーニングを積んでいて、山籠もりも敢行したという。
魔法を使わない拳の風圧で百メートル先の蝋燭の灯を消せるようになったとか、ドラゴンの巨体を片手で持ち上げられるようになったとか、地面に拳をぶち込めばクレーターができるとか、人間離れした噂を聞くようになっていた。
人間離れ、哺乳類離れ、常識離れ。はて、どれが相応しいものなのか。
あと、どういうわけか、エルフに対して苦手意識を持っているようだとの噂が生えてきていた。どういうことなのか。
かつてのクライブは典型的貴族として、エルフたち亜人を下に見る傾向こそあれど、別に苦手意識などは持っていなかった。エルフとトラブルになったとの話も聞かない。
確かに、エルフには筋肉が足りない、と口にしていたことはあったが、筋量の多少で苦手意識が芽生えるなどとは、妙な話だ。それだとニコルのことも苦手でなければおかしい。
だのに、どういうわけか、最近になってエルフをかなり苦手にするようになったという。エルフ=呪い、などというよく意味のわからない図式を声高の主張しては、周囲に呆れられているらしい。
遂に脳みそが筋肉に置き換わったか、と。
シルフィードは反対に屋敷にこもりきりになっているらしい。居場所をほとんど失っている王都での屋敷でも、基本的には引きこもって魔法の研究と開発に勤しみ、外に出るときは周囲への被害が出ることを想定しての実験時に限られている様子。
また俺の知る歴史通りに、追い出され先――領地を与えられる形で――の屋敷にも通っては、研究資材などを少しずつ運び込んでいるという。
なぜかこのときに妹と、色っぽい美女が同行しているという噂が流れてきたが、はて、原作では家族との仲は冷えていたはず。
妹との関係だけは良好なのだろうか。それとも改善したのだろうか。同行している美女というのも気になる。
『黄金の』ベアトリクスと『銀の』セルベリア以外の新しい人形でも作ったのかもしれない。作中で聞いたことのないこの話は、もしかすると俺の脱悪役の動きが関係しているのだろうか。
真実を知る術は、あるかもしれないが特に調べる気にもなれず、またシルフィードも自分からは話題にすることはなかった。
籠る時間が増えるあまり、めっきり運動不足になって、ストレス発散に爆食しているために体重増加が著しいとは聞いている。酷いときには先週着ていた服が今週には着れなくなっていたこともあるというのだから驚きだ。
あまりにも太ったため、今度は運動も取り入れた修行に精を出し、ようやく痩せたとの噂を聞いた。BMIにして四十五から三十五にまで落としたらしい。
シルフィードがどんな魔法を研究しているかは知る由もない。俺にも教えてくれないんだ。あの作中屈指の天才がここまでかかりきりになって研究するテーマがあるのだろうか、と正直かなり気になる。
「ま、他の連中のことを振り返るのはここまでとして、俺自身のことを振り返ろうか」
俺はというと、火の魔法は着実に成長している。たゆまぬ努力の結果、遂に真紅の炎にまで到達した。原作レベルでいうなら、今すぐ第二部・騒乱編に放り込まれても何とか生き残れそうな水準だ。
「ようするに破滅を逃れられるレベルではないということだ。原作も後半になってくると、アホみたいに強い奴がゴロゴロ出てくるからなぁ」
バトルものに必然のハイパーインフレである。火属性なら金の炎を使える奴は当たり前にいる。エイナールなんかがいい例だが、そのエイナールを火魔法で凌ぐ敵キャラがいて、そいつは《神炎》とかいう紫の炎を操っていた。真紅レベルなど雑魚も同然だ。シクシクシク。
属性融合では目立った進展もない。基礎的な力が不足しているので習得はおろか、まともに練習もできないのである。アディーン様に確認しても、まだ早い、の一言で片付けられてしまう状況だ。
未来を切り開くための有効な成長の一つは、火の回復魔法を習得できたことだ。火属性の回復魔法は元から数が少なく、原作でも使ったことがあるのはエイナールだけ。しかも一、二回しかなかったはずだ。
フェニックスロードの力を得た主人公が「不死鳥の恩恵」という回復魔法で、吹き飛んだ腕の再生までやってのけていたが、これは明らかに例外とすべきだろう。
魔法的素養の低い獣人や、魔法的素養は高くとも回復魔法を不得手とするエルフたちを人身売買の被害から守るためにも、回復魔法の習得はプラスに働いてくれるものと信じている。
アディーン様との交流は、アンパンをなんとか用意することができたために遥かに良好なものになっていたが、今度はジャムパンやらカレーパンやらを要求されている。
この先、どんどんエスカレートするのではないかと戦々恐々としている俺である。
そうだな、次はアンまんを献上してみようか。考えただけで、肉まんやカレーまんにエスカレートする未来が見えてきたよ。
「ぐは」
圧し掛かってくるプレッシャーに、俺はベッドの上で腹這いになって柔らかい枕に顔をうずめた。ベッド上にあった大量の紙類が散乱する。
「いよいよ従騎士試験ですね、若君様」
俺のことを気にした様子もなく、訂正、まったく気にすることもなく、鬼の家庭教師キャロラインが落ちた紙を拾い上げる。
散乱した書類のほとんど全部はキャロラインが用意した課題の数々だ。




