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幕間:シルフィード編 ~その二十三~

 モリスの見た限り、二体の人形の魔力伝導率は恐ろしく高い。一般常識では考えられない純度と量のミスリル銀、あるいは他の魔力伝導率の高い希少金属を用いているのか。もしかすると、新しく合金でも作ったのかもしれない。


 制作にどれだけの情熱を投じたのか。モリスは副団長として、昨今の部下や新人たちの修業量の低下や、取り組みへの真剣さが減じていることに頭を抱えている。


 少しはシルフィードを見習えと言いたくなる。魔法を使えないハンデを、見事に覆してくるのだから。


「ちぃ! なんて人形共だっ」

「驚くのは少し早い!」

「っ!?」


 今度は間違いなくシルフィードの指の動きと人形たちの動きが連動する。


 ベアトリクスとセルベリアの顔の前にそれぞれに小型の魔法陣が形成される。ベアトリクスは両目の位置から光線の槍を、セルベリアは紙よりも薄い光線の刃を撃ち出す。


 ベアトリクスの放った二条の光線はモリスの右胸部と左肩を貫き、セルベリアの放った光線はモリスの膝を斬り落とす。


「ぐぉぉっ」

「僕の人形を甘く見るなと言ったろう?」

「こっ、の、ふざけた仕込みをっ」


 これだけのダメージを負いながらも、モリスの戦意は衰えない。体が崩れ落ちそうになる際の落下エネルギーを、前進エネルギーに作り変えた。


 突進するや否や、ベアトリクスの腕を掴んだ。操糸術は魔力によって操る。直接、人形に触れてより大きな魔力で圧をかけることで、人形と仕込みを抑え込む。


 操作できなくなった人形は、ただのガラクタに成り下がる。


 それはモリスにとって当然の判断であり、自分の常識で判断しているからこそ、シルフィードからすれば狙うべき大きな隙であった。ベアトリクスの右掌がかざされる。


「動くだと!? 俺の魔力で抑え込んでいるんだぞ!」

「外からの魔力干渉は、最初から警戒しているよ。人形の体表には、魔力を弾く塗装を施し済みだ。自作だがね」

「初耳だな。そんな塗料の存在は」

「安心しろ。魔力を受け続けると塗装は剥がれる。現在のパワーバランスを大きく変えることはできないよ」

「それでも、魔法騎士に対して優位に立つことは変わりな……っ!」


 モリスをして驚くべき速度と密度の火箭が集中、火線が発射された。


「かっは!?」


 辛うじて体幹貫通を貫避けることはできたモリスだが、火線の掠った右肩は大きく抉られ、だが出血は微塵もない。火線の凄まじい熱量は、肩を抉ると同時に傷口を炭化させたからだ。《火々絶槍》という火属性の上級魔法だ。


「《火々絶槍》!? バカなバカな! 魔法騎士でも一部の奴しか使えん魔法だぞ!」


 人形の内側には魔法式を刻み込んでおり、しかもシルフィードが人形に仕込んでいる魔法式は、一つや二つではない。


 内側にびっしりと刻み込んでいるだけでなく、身体各部を動かすためのゼンマイなどの部品にも刻んでいる。素材自体も魔力を通しやすいもので、同時に魔力伝達速度を高める工夫を凝らしている。


 人形が使用可能な魔法は、魔法騎士の使う魔法としては一小節の呪文詠唱で済むものだ。これはシルフィードの魔力を通過させる魔法式を、一小節分の魔法式基板のみを通過させることで発動させている。


 だが人形自体に仕込まれている魔法式基板の数はもっと多い。複数の魔法式基板を通過させれば、より多くの、強力な魔法を使うことが可能となる。


「小僧、貴様、一体どれほっっ!?」


 モリスを襲った驚きは止まりはしなかった。モリスの眼前、ムーンライト仮面から吹き上がる魔力に大きな変化が生じていたのだ。


「バカな!? 吹き出る魔力量が増えただと! あり得ん! この俺を優に上回る魔力など!?」


 魔法式基板を用いた魔法発動は、公式に発表していない事実だ。シルフィードの研究成果で公式に発表されたものはない。国や魔法技術の発展には興味がないためであり、助成金を得るために成果を示す必要があるというわけでもないからだ。


 すべてを自分で溜め込んでいる成果の中に、魔力速度の上昇がある。


 腕利きと評されるエイナールと一般魔法騎士を比較して、その最大の差は扱える魔力量の大きさにある。エイナールが一度に最大百の魔力を使えるのに対し、一般魔法騎士は十程度しか使えない。生まれる差は努力と才能によるものと考えられていて、才能を支えるものを血筋だとされていた。


 シルフィードも血筋の持つ要素については特に疑っておらず、同時にシルフィードはまったく別の、これまで気付かれることすらなかった事実に注目した。


 それが、全身を流れる魔力の速度だ。


 シルフィードが観察した結果、天才エイナールも一般魔法騎士も、アクロスやエクスのような学生もすべて、魔力速度そのものはほとんど変わりがなかった。精々が数パーセント程度の差でしかない。


 属性融合をすら成し遂げたマルセルでさえ、魔力速度は他と変わりないレベルだ。


 魔力速度が変わらなければ、一度に使える魔力量が実力を決める。一度に使える魔力量が一般魔法騎士と同程度であっても、魔力速度が十倍ならどうなるか。平凡な魔法騎士でも天才と同等の力を発揮することができる。


 それがシルフィードが導き出した結論だった。


 問題は魔力速度を上昇させることは、相当に困難だったことだ。


 シルフィードは魔法が使えない分、魔力操作技術に長けている。そのシルフィードをして、魔力速度上昇は難しかった。それまでは魔力を扱うに当たって速度のことなど全く意識していなかったのだから、当然ではある。


 魔法騎士には血管や神経の他に、魔力系という魔力が流れる組織がある。一般人にも魔力系は存在するが、魔法騎士ほどには発達していない。魔法騎士にしても普段はほとんど魔力が流れておらず、戦闘時に限って流れる量が増えるのだ。


 人体を流れる血流の速さは、大動脈で毎秒約五〇センチメートル、毛細血管で毎秒約〇.五ミリメートル、大静脈で毎秒約二十五センチメートル。


 魔力系を流れる魔力速度は静脈血速度とほとんど同じで、シルフィードの卓越した魔力操作技術と飽くなき探求心、狂気じみた情熱、不断の努力によって、この速度は遂に上昇した。


「ぐぅっっっ」


 口の端から血が滲むほどの相当な苦痛と引き換えに。


 筋肉を鍛えることはできる。皮膚だって継続した刺激を加え続ければ硬質化する。だが内臓を鍛えることはできない。


 魔力系は全身に張り巡らされているので、魔力速度の上昇はシルフィードの全身を絶え間ない激痛が襲うことに繋がる。


 継続して十分な量の魔力を流し続ければ、魔力系の壁を太くすることは可能。だがそれには年単位の時間がかかる。


 シルフィードにはそんな悠長な時間の使い方をする気はなかった。魔力系の内側に魔力を流し、魔力系を保護するように薄い魔力の膜を張って対処したのだ。


 こんな対処ができるのはシルフィードだけだが、対処して尚、激痛に耐えなければならない。でなければ、この状況を切り抜けられないと理解しているが故に。


 モリスの舌打ちが決意を乗せて響く。


「っ、このダメージではもはや、人形の相手はしてられん。本体を叩き潰す! かぁぁっっ!」


 風の衝撃の第二波が更に二体の人形を押し退ける。生じたスペースと隙を突き、モリスが炎を生み出す。風に煽られてより強く大きくなった火を右腕に集中させ、突進した。


 選択肢としては間違っていない。人形の操作に集中せねばならない操糸術は、その性質上、接近戦に弱い。中距離以上で最大の威力を発揮する術だ。


「やはりそう来たか。だが!」


 シルフィード以前の操糸術なら。


 過去の資料から得たものは通説に過ぎず、シルフィードには通じない。指の操作ではなく魔力の微細な操作で人形を操るシルフィードは、資料の中の操糸術者よりも近接戦闘に対応できる。


 そしてシルフィードの近接戦闘術は、モリスの雇った用心棒たちを一蹴できるほどには強力だ。


 モリスの突進を真正面から迎え撃つべく、シルフィードは腰を落とす。シルフィードの魔力が一瞬で膨れ上がり、一点に収束する。


「しま」

「ショルダーぁぁぁぁぁタックルぅぅっっっ!」


 モリスの炎に包まれた一撃を掻い潜り、シルフィード渾身のタックルがモリスの胸部に突き刺さった。


「ふ、不覚っ!」


 ラリアットを含め、シルフィードの体術の威力を目の当たりにしていたにもかかわらず、操糸術の特徴に囚われるあまりに失念していたモリスは吹き飛び、


「ひ、う、ひゃ、ぶぎゃぁああっ!?」


 無意味な単語を羅列するだけのエステバンも巻き添えになった。


 自国の王子であっても、シルフィードには労わる気持ちなど芽生えるはずもない。

オープニングを短く修正予定です。

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