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幕間:シルフィード編 ~その二十二~

 完璧に回避を成功させたモリスは、しかし次の瞬間には驚きに目を見張る。


 セルベリアの左掌に穴が開き、その穴から火の弾丸が打ち出されたのだ。殺傷力よりも爆発による効果範囲を広げている種類だ。


「まさか! なぜお前が魔法を使える!?」

「驚いている暇があるのかな」


 ベアトリクスの魔力刃が淡い緑の輝きを放つ。今度は風の魔法、《風尖刃》が打ち出される。人体どころか建物ですら両断できる風を、モリスは炎大剣の振り下ろしで砕く。


 シルフィードは魔法が使えないことで有名だ。それは今も変わらない。努力は欠かしていないし、あちこちから資料や文献を掻き集めて足掻いている。辿り着いた解決法の一つが人形だった。


 シルフィード本人は魔法が使えずとも、魔力だけは豊富に持っている。人形に魔石や術式を仕込むだけ仕込み、自身は起動のための魔力を注ぐだけ。


 補助として魔法式を刻むことはよく取られる技法ながら、主流になるほどではない。魔法式を刻んだ基盤はあくまでも補助にしかならないからだ。


 戦術の核としてまでの使用に耐えうるのは、根本的にシルフィードの発想と技術と根気による。一般にある技術よりも、間違いなく数世代は先の技術。呆れるほど先を進んでいる。


「少々驚いたが、所詮はそれだけだ!」


 モリスが間合いの遥か外側から炎大剣を振ると、無数の火球がシルフィード目掛けて撃ちだされる。


 シルフィードの指に応じ、ベアトリクスが動く。ベアトリクスの右掌に障壁、のようなものが発生した。仮にも副団長の攻撃だ。生半可な障壁で防げるようなものではない。モリスの表情からも、障壁ごと吹き飛ばせると考えているのだろう。


 起きた事実はまったく違った。輝く障壁は、あろうことかモリスの火球を吸収したのだ。


「な!? 消失上位古代魔法ロスト・ハイ・エンシェントではないか! 文献にもほとんど残ってないような術だぞ!?」

「探求と追及、試行錯誤は楽しいものだぞ」


 更にシルフィードの指が動き、応じてベアトリクスも動く。ベアトリクスの右手背から直刀が出現し、青く輝く。水属性の術式が刻まれた直刀周囲に、渦巻く水が生まれる。


 炎の剣と水の剣の激しくぶつかり、炎の剣も、直刀を覆う水の魔力も消し飛んだ。


 二体のバニー人形が繰り出す四本の魔力刃は、斬撃の嵐を作り出す。複数の人形をこの精度と威力で操るシルフィードの実力は見事なものであり、必然的に二体の攻撃を捌き続けるモリスも相当な使い手であることを意味する。


 四本の刃、それも切れ味は並の剣など足元にも及ばない。刃が魔力で編まれているために、射程距離も自在。


 間違いなく初見の怒涛の攻撃を、モリスは一振りの炎剣で受け続ける。衝突で炎が消し飛んでも、間髪入れずの次撃が届くまでの刹那の間に炎剣を再成形するのだ。


 鍔迫り合いの中、モリスの注意と警戒は人形の向こう側を外すことはない。少々驚いた、というモリスの言葉にはウソとハッタリが多く含まれている。


 王国屈指の資産家であるマーチ侯爵家の息子が扱い、その息子の評判はすこぶる悪いとくれば、モリスも責任ある立場の人間として操糸術のことは調べる。


 自分の代わりに人形を戦わせる術。人形に仕込んだギミックと、操る人形の数が戦力を決める。難点は複雑な機構を詰めすぎると、操者自身にも操り切れなくなること。


 操れる数も五、六体が精々で、武装には概ね毒が仕込まれていて、爆弾を使うケースはあっても術式を仕込んだような例は確認できなかった。


「天才め!」


 シルフィードが操る人形は、数こそ二体でも、仕込みの技術水準はモリスの見た資料の中にあるどれもよりも高い。


 モリスはシルフィードの仕込みや操作技術は高く評価する。魔法が使えないとバカにされる中で、よくもこんな技術を見つけ出してきて、しかもここまで磨き上げたものだと素直に感心する。


 だがそこまでだ。操糸術には決定的な、致命的な弱点がある。人形を動かす前の指の動きだ。指の動きを読まれると、人形の次の行動がわかってしまう。


 どれだけ強力な仕込みがあろうと、バレてしまっては何の意味もなさない。


 本来の操糸術では、操者は物陰などに身を隠し、指の動きや仕込みの手順を知られないようにしながら戦うのである。


 今のこの状況のように、操者が堂々と出てきて戦うような状況は、悪手以外の何物でもない。


 ましてやモリスは、実戦経験も豊富な現役の魔法騎士団副団長。初めて目にする戦い方であっても、時間さえあれば情報収集と分析は問題なく行える。


 ここまでの戦いで完全とまではいかなくとも、モリスは人形の動きをかなり把握できていた。


 ベアトリクスが右手を振り上げるとき、セルベリアが剣を切り上げるとき、各人形が術式を介して魔法を発動させるとき。


 多くの情報をモリスは得ていて、既に人形の動きのかなりの部分を先読みできるようになっていた。


 セルベリアの横薙ぎが疾り、しかし鋼の鎧をも真っ二つにできる鋭さと威力を併せ持つ斬撃は、余裕を持って回避される。


「む!?」

「惜しかったが、もはや貴様の攻撃は届かんよ」

「この短時間で僕の指の動きを読み解くか!」


 シルフィードの舌打ちが戦闘音の中に響く。拮抗したかに見えた戦いの天秤は急速に傾き、いまや天秤自体が破壊されそうになっている。


 ベアトリクスの斬撃も、セルベリアの刺突も、火球も風弾も波状攻撃も、すべてが無に帰していく。モリスには掠り傷一つだってつけられない。


 モリスの空いた手に無詠唱で炎の剣が生まれ、強い眼光と共に加速した。人形の攻撃をすべて掻い潜り迫るモリスに、シルフィードの指が止まる。


 モリスの急速接近に意表を突かれて動きを失ったのか。操糸術には、とりわけベアトリクスとセルベリアのような高性能な人形の操作には、複雑で高度な操作技術が要求される。一瞬の停止であっても、立て直しにはより多くの労力を要するのは当然だ。


 そして極々わずかな停止であっても、モリスほどの技倆と戦闘経験値の持ち主を向こうに回しては、致命の隙に他ならない。


 シルフィードの出っ張った腹にモリスの剣が迫る。体幹への攻撃はもっとも避けにくいものだ。


 シルフィードの迎撃は避けられ、シルフィードの指は止まってしまっている。


 敗北間近、の状況は別の方向から覆された。剣を構え突進してくるモリスの横っ面を、ベアトリクスの拳が撃ち抜いたのだ。


「っっ!?」


 吹き飛ぶモリスの目が信じられない、と物語っている。反対にシルフィードの口元には会心の笑みが浮かんでいた。


 資料の中の操糸術は、指の動きで魔力糸を操作して人形を動かす。だがシルフィードは指の動きではなく、人形に繋げた魔力の操作で人形を操っているのである。


 指の動きは見切ったと思わせるためのフェイクだ。前知識として持っていた操糸術の情報こそが、モリスの頭から他の可能性を排除していた。


 読み合いに勝ったシルフィードがセルベリアを動かし、セルベリアの右腕がモリスの腹を貫く。


「ぐはぁっ!」

「モ、モリス!?」


 モリスが大量の血を吐き出し、エステバンが悲鳴を上げる。炎の剣が消え失せ、がっくりと膝をつくモリス、にシルフィードは手を緩めない。


 ベアトリクスとセルベリアがモリスの左右に動く様は、さながら処刑人のようだ。二体の魔力刃がギロチンよろしく振り下ろされる。


「舐めるなぁっ! 《風爆結界》!」


 轟音と共に発生した爆風が三六〇度全方向を薙ぎ払う。半壊状態の屋敷は大きく揺れ、倒れていた用心棒たちは聞こえもしない悲鳴を噴き出しながら瓦礫の中を転がっていく。


「ちぃっ」


 モリスの舌打ちは二体の人形に向けられている。屋敷をも揺らす風を至近距離で受けて、ベアトリクスとセルベリアは数十センチを押されただけだ。重量ではなく、魔力操作で地面に縫い付けての対処である。


 魔力伝導率という言葉がある。この数値が高い素材で作られた武具は、魔法騎士の戦力を上昇させるのだが、生産量が限られているため易々と手に入れられるものではない。


 純度が高いものとなれば尚更だ。代表的な金属がミスリル銀で、純度百パーセントのミスリル銀にもなると、一グラムでも市民の平均月収を越えてくる。


 魔法騎士団の幹部級でも保有しているとは限らず、保有しているのは一部の裕福な貴族出身者に限られている。もしくは有力貴族からの賄賂で手に入れた魔法騎士幹部たちくらいだろう。


 一般の魔法騎士が持つ武器だと、ミスリル銀と鉄の合金になるのが普通だ。比率としては平団員だとミスリル銀一に対し鉄が九が妥当。階級が上がる、手柄を立てるなどで、ミスリル銀の配合比率の高い武器を手に入れることが多くなる。

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