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幕間:シルフィード編 ~その二十一~

 覚悟を決め直したのはいいとして、シルフィードの才能はともかく、現時点でのとモリスの力量差は歴然で、どうにも光明が見えてこない。


 モリスが雇っている用心棒共は魔法騎士崩れもいそうだが、ファーストコンタクトで不意を突いて圧倒できたことで優位を維持できている。


 エステバンに至っては、基礎的な訓練すらほとんどしていないことは国内では有名なので、モリスさえどうにかできれば目的は達せられる。


 そのモリスこそが一番の問題だった。副団長の地位を、実力とたゆまぬ努力で得ただけあって、実力も経験値も豊富。


 現状では、シルフィードには有効な手が見いだせない。突入から大した時間を置かずに、襲撃した側が逆に追い詰められた気分になる。


「……ぶひ、追い詰められたと言えば」


 シルフィードが思い出したのはマルセルのことだった。


 自分たちが影で、どんな悪口を並べられているかは知っている。太々しく、図太く、分厚い面の皮を持っているなどと評されてはいても、完全に気にしないというのは無理な話だ。


 髪型だってそうだ。年齢的にも外見への関心が高まる時期であり、だからこそ致命的な過ちを犯してしまったのだと、今では激しく後悔している。


 女性に人気の吟遊詩人の髪型といえど、万人に似合うわけもなく、ましてや体形も顔の造形もまるで違うとあっては、似合うものも似合わない。寧ろ最悪の組み合わせだ。


 陰に日向に酷評されていることを知った日、シルフィードは髪型を変えるべきか否かを悩み、


 ――――どうして愚昧の輩共の言葉に左右されねばならないのか!


 と髪型を貫くことにした。自分が変わるよりも、陰口を叩いた連中に報復することのほうが重要だとも考え、実際に行動に移そうともした。


 考えを改めたのは、もっとも近しい友人の影響による。


 マルセル・サンバルカン。


 変わろうと努力し、実際に変わりつつある友人の姿に、シルフィードは自らを省みて恥ずかしくなったのだ。


 家格で上のマルセルが変わろうとしているのに、友人たるこの身がいつまでも同じ場所に居続けるのはいかがなものか。


 サンバルカン公爵家の権力や財力に媚び、マルセルを利用しようとすり寄ってくる下劣な連中は、マルセルが変わろうとしているのを目の当たりにして去っていった。


 利用価値がなくなったとか、取り入るだけの旨味がなくなったとか考えたのだろう。


 元より婚約者すら寄り付かなかったマルセルの周りからは、流れるように人がいなくなった。


 最後まで残っていたのは、マルセルと一括りにされている二人だけだ。果たしてこのままマルセルについていて大丈夫なのか、と不安に感じたことはある。


 しかし不安は懸念でしかなかった、とシルフィードは確信していた。マルセルは明らかに変わった。真に尊敬に値する人間へと、だ。


 面食らうことも多かった。発言に正気を疑ったこともあった。いずれも自分が間違っていることを悟ることになる。


 マルセルの辿り着いた結論は正しく、彼の変化は間違いなく正しいものであった。十二使徒を宿しながらも決して腐らない友人のことを思い出し、マルセルのことを思い出したことでニヤリと不敵に笑う。


「マルセル殿は変わろうと必死になっていることを、僕は知っている。彼の友人である僕が、今後も彼の友人であるのなら、僕も今を変えるために死力を振り絞ることは、当然だ!」


 目にも全身にも力を入れる。去年まででは考えられない思考だ。


 家の財力と権力とを利用して、自分の好きな研究だけをしていればそれでよかっただけの自分が、他人のために、それも仲の良くない妹のために、主家に当たる王家の一員に噛みつこうとは。


 噛みつこうとしない考えを、唾棄すべきものであると捉えているとは。


 モリスの持つ炎大剣の切っ先が持ち上がった。


「貴様が何者かは知らんが」

「む?」


 モリスの言葉はさすがに嘘だとわかる。モリスの表情や言動から、ムーンライト仮面の仮面の正体がシルフィードだと、既に看破されているものと受け止めている。


 エステバンはまったく気付いていなようだが、シルフィードの魔力の特徴や体形を知っていれば、容易に想像がつくことである。


 なのにこの場で暴露するのではなく、沈黙を守っている不自然さに、シルフィードは疑問を感じた。


 難しいのは、この疑問を相手にぶつけるわけにもいかないことだ。性根の腐ったエステバンに正体がばれるわけにもいかない。


 モリスが炎大剣を上段に構えた。


「我が屋敷への侵入、窓を含めた備品の破壊、当家使用人を傷つけた。いずれもこの場ですぐに処断できる。覚悟しろ、怪盗ムーンライト仮面! 我が魔法の錆にしてくれる!」

「ノリがいいな」

「我が牙 噛み砕けぬものなし 数多を裂き散らす 《炎鮫焼牙》!」

「ピギ!? 重ねかっ」


 魔法にはいくつもの技術がある。無詠唱などは代表的なものだ。他にも無詠唱で魔法発動させた後に、詠唱を行って威力を補強する後述詠唱ある。


 今、モリスが使ったのは魔法の重ね掛けだ。発動中の魔法に別の魔法をかけることで、更に威力を向上させる。


 生み出された無数の炎の牙や爪や棘が渦巻き、一部は炎大剣に吸収され、一部は炎大剣の周囲を飛びかう。シルフィードがどれだけ魔力を防御に回そうと、モリスの一撃に耐えることなど不可能だ。


「ぬぅ、もはやこれ以外の手札はなし、かっ」


 シルフィードがタキシードのポケットから取り出したのは二枚の札だ。シルフィードの切り札を召喚するための転送符。


 その二枚が鮮烈な輝きを発し、砕け散った。


 轟音が響き、巨大な透明ケースが二つが出現する。出現と同時、ケースに無数の亀裂が生まれ、透明な音を立てて砕け散った。


 砕け降る破片の中、カシャ、と二人の人影が動く。ケースに収められていた二体の人形、『黄金の』ベアトリクスと『銀の』セルベリアだ。


 シルフィードの持つ造形技術の粋を詰め込んだ、美少女フィギュア(バニーガール衣装版)である。ベアトリクスは燕尾服を纏ったバージョンで、セルベリアは燕尾服を纏っていない。


 シルフィードの指先からは輝く魔力の糸が伸び、二体に繋がっている。


「むむ? まさか、その人形は、あの『黄金』と『銀』か!? ということは貴様の正体はやはり……もしやとは思っていたが」


 大陸の人形造形コンテストで第十八回大会を制した『黄金の』ベアトリクス、十九回大会を制した『銀の』セルベリアだ。


 趣味の人たちの間だけのこととはいえ、世界中に会報が配られている。趣味を同じくしていない相手にまで知られていてもおかしくはない。


 なんにせよ、有名な人形が出てきたことで、ムーンライト仮面の仮面の正体が完全に看破されたことだけは確かであった。


「薄々はそうでないかと思ってはいたが、得心がいったわ。確かにそれなら今までの戦いで魔法を使わなかった理由もわかる。貴様が乗り込んできた理由もな」


 それにしても、とモリスは言葉を続ける。


「ここまで直線的な行動を採るとは思わなかったぞ。用心深い性質だと思っていたし、こんな愚挙に出るほど家族思いとも知らなんだがな」

「自覚しているよ」


 モリスの指摘には同意する他ないシルフィードだ。冷え切った仲の妹のために、王族と魔法騎士団中枢の人物に攻撃を仕掛けるなど、シルフィードを知るものなら誰もが信じないことだ。


 それ以前に、常識的ですらない。王権転覆を狙うテロリストあたりが採りそうな行動である。


 ましてやかなり限られた趣味の世界でとはいえ、最優秀賞を取って造形が知られている人形を使うなど、仮面で顔を隠した意味がない。


 操糸術を使うのも王国で一人しかいないことも合わせて、自分が犯人だと全身で自白しているようなものだ。


「人形で勝てると思うか!」

「僕はともかく、僕の人形を甘く見ないことだ」


 微妙に情けないセリフと共に、双方の間合いが潰された。


 ベアトリクスの左手首からごく小さな刃が出現、したかと思いきや、刃を包むように魔力が広がり、モリスの炎大剣に劣らぬ湾刀型の魔力刃が展開される。


 振り下ろされる炎大剣と斬り上げの魔力刃。双方は衝突し、激しい火花を撒き散らして拮抗する。


「! この剣を受け止め、ぬっ!?」


 鍔迫り合いで動きの止まったモリスの背後にセルベリアが回り込み、左手の甲から直刀型の魔力刃を作り、突き出す。


 一方で動きを止め、他方で決定打を放つ。オーソドックスな戦法は、戦闘経験値の豊富なモリスには通用しない。


 炎大剣の一部を爆ぜさせベアトリクスを弾き、自身も飛び退く。

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