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幕間:シルフィード編 ~その二十~

 用心棒たちは屋敷に相応しくあるように、とそれなりの格好をしている。しているだけの、傭兵ないしは傭兵崩れといった感じだ。モリスの声から数瞬で室内になだれ込んできたことからして、それなりの経験はあると思われる。


 ムーンライト仮面は、好戦的な歯茎を剥き出しにするエステバンたちに顔を向けたまま、肉付きのいい手を用心棒たちに向ける。


「こちらの目的はそこのバカ王子と赤琥珀レッドアンバーのみ。貴殿ら金で雇われているだけの私兵になど用はない。下がっているがいい」


 ただし、気遣いの言葉はまったく報われなかった。


「侮辱するな賊風情が!」

「格好つけるならまずは自分の体形をなんとかしろ!」

「自己管理も満足にできない醜いブタが正義面をするな!」

「大体なんだその髪の毛は! 全然似合ってないぞ!」

「そうだそうだ!」

「ここここ個人攻撃するなんて汚いぞ!?」


 ムーンライト仮面が狼狽える今を好機と捉えたのか、エステバンが大声を張り上げる。


「やかましい! おい、お前ら、やってしまえ! 殺しても構わん!」

「止むを得ない。素直に返すのならば半殺し程度に留めておいてやろうと思ったが、手向かう以上は五分の四殺しは覚悟してもらおう!」


 構えるムーンライト仮面を囲むように用心棒が動く。


 用心棒といえど、副団長モリスが第二王子エステバンも利用する屋敷に詰めさせているものたちだ。決して油断できる相手ではないだろう。魔法の準備をしているものがいることからも、魔法騎士崩れがいることもわかる。


 武器を、魔法を手に迫ってくる用心棒たちに、ムーンライト仮面は正面から迎え撃つべく腰を落とす。


「むぅんっ!」


 気合一喝。ムーンライト仮面の全身から魔力が吹き上がる。「火の騎士団」副団長モリスをして驚きに目を見張るほどの魔力量だ。吹き上がる魔力の圧に押され、用心棒たちの動きが一瞬、止まる。


 ムーンライト仮面には十分すぎる時間だ。


「「「!?」」」


 用心棒たちの視界からムーンライト仮面の姿が掻き消える。


 次の瞬間、ムーンライト仮面は一人の用心棒の後ろに回り込み、その首筋へ魔力と遠心力、過剰な体重の乗ったチョップを叩きこむ。ベキボキ、と首から異音を響かせて用心棒が吹き飛んだ。


 隣で呆気にとられる別の用心棒の肩に胴回し回転蹴りが炸裂、血と悲鳴を吐いて意識を失った。用心棒の一人が両掌を向けてきたのを、ムーンライト仮面は確認する。


「我が敵 我が戦場 焼き払え 《火」

「遅い!」

「ぐっベバっ!?」


 ムーンライト仮面が選んだのは防御でも回避でも迎撃でもなかった。詠唱中の相手へと間合いを詰め、その腹に膝蹴りが突き刺さる。エルボー・スタンプが、ローリング・ソバットが、ギロチン・ドロップが用心棒たちを次々と沈めていく。


 原作のムーンライト仮面の優雅な戦いぶりとは大違い。


 モリスが抜剣して呻いた。


「おのれ、奇怪な技を使いおって!」

「ふ、我が友から得たものだ。僕とは相性が良かったようでね」


 友たるマルセルからは、今まで知らなかった知識も披露された。マルセルはプロレスと言っていて、図解や、場合によっては実演してみせてくれた技術だ。


 精緻微細な魔力操作で肉体強化を果たすシルフィードとは合致する技術体系であり、シルフィードは好んで使うようになっていた。マルセル本人は「パロ・ス〇シャル」が最高だと言っていたが。


 用心棒を沈めた先、腰を抜かしているエステバンとムーンライト仮面の視線が交差する。


「悪逆王子エステバンっ!」


 他人の屋敷に侵入し、屋敷の窓や家財道具を破壊し、使用人(用心棒)たちを打ちのめした男のセリフだ。


「ひ、ひぃっ!」

「覚悟!」


 ムーンライト仮面が高々と右腕を突き上げた。ムーンライト仮面の魔力が膨れ上がる。


 魔力は右腕に集中していく。ムーンライト仮面は僅かに腰を低くし、アイマスクの奥にある瞳がエステバンを捕らえ、声なき咆哮と共に突っ込んだ。


 バカげた量の魔力を込めたラリアットだ。エステバンが死なないように手加減しているとはいえ、胸部粉砕は疑いない。


「させん!」


 激しい爆音が弾ける。魔力バカ込めラリアットを、間に割り込んだモリスの騎士剣が受け止めたのだ。衝撃でヒビが入った愛剣を目の当たりにして、モリスの表情に驚きが走る。


「魔力を込めた我が剣を破壊するとはっ。殿下、ご無事ですか!?」

「お、おお、モリス!」


 モリスの目と声が用心棒たちを叩く。


「ええい、不甲斐ない奴連中め、何のために高い金を出して雇っていると思ってるんだ」

「モリス、おれを守れ!」

「ははっ!」


 主君の命を受けたモリスが騎士剣を放り捨てる。戦意喪失などではない。むしろ逆。本気になったことを意味している。モリスは空になった手を剣を握る形へと変えた。


「応えよ 斬り砕く 緋色の剣 《砕牙の大剣》」

「ぬ、魔法剣!」


 魔力で編んだ、魔法で作り上げた剣。モリスを副団長にまで押し上げた魔法である。剣創造と同時にモリスは動き、応えてムーンライト仮面も構えた。


 が優劣の天秤は、はっきりとモリスの側に傾いていく。ムーンライト仮面の魔力で覆った肉体も傷つき、苦し紛れに放つチョップも真正面から受け止められる。


「くぅ、僕の格闘戦はクライブ殿には及ばぬかっ」


 過剰搭載した筋肉による攻撃を旨とする相手と比べるのはおかしな話で、魔法騎士のトップ級にいる相手と戦うことも、早々起こり得ることではない。


 モリスの本格介入で状況が劣勢になったことで、ムーンライト仮面の頭に逃走の選択肢が浮かんでくる。


 当初の予定では屋敷を強襲し、赤琥珀レッドアンバーを回収して、できればエステバンを十発か二十発殴って逃走するつもりだった。


 これだけでもエステバンの面目はかなり潰れることになる。王位継承レースで後れを取ることも確実。王国の財政を支えるとまで言われるマーチ侯爵家の娘の結婚相手としての魅力も、かなり薄れることになる。


 まあ、名乗りを上げている時点で強襲もクソもないのだが。


「どうした、この程度か、ムーンライト仮面とやら!」

「さすがは副団長か」


 分厚い脂肪に包まれた肉体を器用に動かして間合いを取りながら、ムーンライト仮面は結論をどうするかを考えなければならない。実力差を考えると、さして余裕があるわけではないので、急ぐ必要がある。


「この状況……今ならまだ逃げることはできる、か」


 ここで万が一にも自分の身柄が抑えられるようなことになれば、すべてが終わってしまう。妹の笑顔を取り戻すことができなくなる。


「いやいや、イヴリルのことじゃなくて、そう、赤琥珀レッドアンバーだ。赤琥珀レッドアンバーを取り戻すことはできなくなる。まあ、腹違いとはいえ兄が第二王子とその屋敷を襲ったんだ。婚約は破棄できるかもしれないが」


 自虐的な考えが急速浮上して、ムーンライト仮面は苦笑する。妹イヴリルの婚約が解消されても、他一切を失ってしまっては意味がないではないか。


「おい、モリス! 絶対にそいつを逃がすなよ!」


 進むか引くか。決断まで残り数秒のところで耳に届いたエステバンの叫びに、足と思考を止める。


 ここから逃げきることはできる。


 モリスは立場上、エステバンを守る義務と責任があるため、エステバンに攻撃を向けている間に逃げればそれで済む話だ。


 ただし次のチャンスなど二度と訪れないだろう。赤琥珀レッドアンバーは間違いなく最高レベルの厳重な警備の元に管理され、取り戻すことは不可能となる。


「なによりも……イヴリルの曇った表情を永遠に晴らすことができなくなる」


 それは、絶対に嫌だ。イヴリルなら、不愉快ないくつもの事実や現実を噛み潰してでも、必要なら笑顔を向けてくれるだろう。


 だがムーンライト仮面は、シルフィードはそんなイヴリルの笑顔を見たいわけではない。


 心の底から喜んだときの弾けるような太陽のような笑顔を見たことがあるので、なにかを我慢して、無理に作った笑顔など断じて見たくない。


 ムーンライト仮面は口の端に笑みを浮かべた。過剰な脂肪さえなければ、さぞニヒルに見えたであろう笑みだ。


「愚かな、この身に逃げはない。悪鬼羅刹を屠ることこそが我が使命よ!」


 ムーンライト仮面の指がエステバンを強く指し示した。

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