第十一話 まだ本気を出していないだけ
気分転換を兼ねて庭に出る。
性根の腐っている現公爵は、庭づくりには一家言ある人だ。公爵家の庭の美しさたるや、後世に残ってもおかしくないレベルである。没落さえしなければ。
「あはは、この花壇もマルセルと一緒に吹き飛ばされていたなぁ」
原作の展開を思い返しながら庭を歩く。花が咲き、鳥や虫が舞い、芸術的に完成された美しい庭の中、俺の頭に現れるのは、いかにしてこの庭が荒れ果てていくかだけだ。
破滅エンドを回避するために重要なこと。それには実際の行動を伴う。第一にイメージ回復作戦の継続であることは、当然すぎるほどに当然だ。
使用人たちとの関係改善策が今一つ効果を上げていない件は、深刻な頭痛の種であるにせよ。
だからといって座して滅びを待つわけにはいかない。なんとしても破滅エンドを回避するための作戦を考えなければならない。
一人で。
仕方ないだろ! こんなことを他の誰と相談しろっていうんだよ!
全面的な協力をお願いしたいアディーン様は『甘味もないのになんで手伝ったらなあかんねん』と、けんもほろろ。使用人たちはそもそも近寄ってこない。
気のせいかな、蚊やゴキブリみたいな虫にも避けられているような気がするよ。
「どうしました、マルセル様?」
「いや、ちょっと考え事をしてて」
「はあ」
庭について来ていたカリーヌは怪訝な顔をする。それなりに日数が経って、専属のカリーヌは一応は一定程度の信頼を寄せてくれているようだ。いい傾向と評価できる。
彼女の最大の仕事は俺が生まれ変わったことの証明だ。彼女からの評価や印象が良いものになれば、周囲からの視線も変わろうというものだ。
ただし現状、マルセルと一番接点があるのはこのカリーヌではない。もちろん尊敬してやまない親兄弟であるはずもなく、では誰がもっともマルセルと接しているのかというと、医者である。
どうよこれ。医者だぞ医者。それも俺が倒れるまでは面識のなかった医者。下手なことを口にすれば、どこかのサナトリウムに長期入院させられそうだ。
それはそれで破滅エンドを回避できそうではあるが、漫画の舞台の設定を考えると、人権に配慮した治療環境があるとは考えにくい。
外部との接触を一切断たれ、名前ではなく番号で管理され、魔力を封じる処置をされた上で、閉鎖病棟で残りの生涯を過ごす末路が待っていそうだ。
もはや別の破滅エンドである。
「あの、坊ちゃま? 入院のご予定があるのですか?」
「ないからね!?」
口に出ていた独り言を、カリーヌがしっかりと拾っていた。
考えをまとめるため、と理由をつけてカリーヌを離す。入院、の単語を聞いたカリーヌの表情に一瞬の喜色があったのは、錯覚であると信じたい。
イメージ回復作戦は道途上だとして、作戦その二、主人公アクロスとの接点を作らないようにすること。
「無理だ。今の時点で原作第一話をこなしてしまっているんだ。むしろ俺から接点を作ってしまったんじゃないか。主人公と会わないで済むなんて選択肢は存在しない」
酷い話だ。ラノベに慣れ親しんだ身としては、逆行ものは人間関係ができあがっていない時点まで戻って始まるものではないのだろうか、と思う。
出会いの前から行動を改善して、主人公やヒロインとの初対面のときには既にある程度の評価を抱いてもらっている。そんなものじゃなかったのか。
破滅への第一歩を踏み出した時点に戻るなんて、神様あたりにはもう少し、こう、配慮とか優遇とかをしてもらいたい。
「ならば作戦その三、主人公アクロスをイジメない」
これは中々有効そうではなかろうか。主人公アクロスをイジメることで存在感を発揮していたマルセルだ。イジメさえしなければ必然的に破滅フラグを立てたり回収したりすることもないはずでは。
原作第一話での初イジメはしてしまったけど、これ以上の接点を作らなければまだ何とかなるかもしれない。今後、学院に戻って真っ先にアクロスに謝罪すれば、大胆に方向転換できる。その後は絶対に近付かなければ。
「いや待て」
結論に辿り着く直前、別の可能性が頭をもたげてきた。悪役といってもマルセルは「三人組」と括られるモブ。
「仮に俺がイジメなかったとしても、他の二人や取り巻きたちが勝手にイジメてしまうんじゃないか? 挙句、首謀者に祭り上げられたりするのでは?」
十分に有り得そうだから困る。逆行ものにありがちな、運命力とかいうアンチクショウだ。イジメ以外にも十二使徒の問題だってあるというのに。
そもそも、作中で重要な役割を担う十二使徒は、色々な敵から狙われる。
宿主がマルセルの間にどうだったかの描写は一コマもないが、アクロスが新しい宿主になって以降は、十二使徒を巡る争いが本格化していた。
第一部の最後あたり。マルセルの中にいたアディーン様は、宿主をマルセルからアクロスに変える。
第二部に入るまでに作中で描写されない時間経過が存在し、その間にアクロスはアディーン様と一定程度の信頼を得るに至るのだが、マルセルはこのことを受け入れられないでいた。
十二使徒の力は自分のものだとの勘違いを極大化、アディーン様を取り戻そうと試みるのだ。
もちろん成功するはずもなく、むしろマルセルが大っぴらに動きまくったせいで、アクロスの中に十二使徒がいることが周知されてしまうのである。
マルセルが利用していた――と思っていただけで、本当はマルセルが利用されていただけなのだが――とある組織が第二部の主敵なのだが、組織はマルセルを通じてアクロスのことを知ったのだった。
主人公こそが、学院が隠蔽していた稀な光魔法の使い手であり、また十二使徒の宿主であることを。
「……改めて振り返ってみても、マルセル(こいつ)は本当に碌なことをしないな。周囲に迷惑ばっかかけてるじゃねえか」
問題を作る体質なのか、問題を引き寄せる体質なのか。
「あの組織もかなりの破滅力なんだよな」
破壊力ではなく破滅力。我ながら斬新な言葉だ。
「あれ? もしかして主人公との接点を少なくしていると、単に俺が狙われる可能性だけが増えるってだけじゃないか?」
可能性は高い。あの連中は十二使徒を狙って暗躍しているのだから。
まずい。主人公はバトル物少年漫画の主人公に相応しく、試練こそあれど天井知らずに強くなっていく。
翻って俺はどうだろうか。血筋による優秀な才能を持っているにしても、主人公側を上回った例がない。しかも早々に死ぬのだから、伸びしろがどれだけあるかも見当がつかない有様。主人公級に強くなれるならまだしも、そうでなければ。
「どどどうしたら……主人公と接点を減らしても殺されるなんて…………せ、せめて国外追放レベルでなんとか」
仮にも貴族。魔法力があるのだから、国外追放されるくらいだったら、なんとか生きることはできるだろう。テンプレで冒険者とかすればいいのでは。さすがに「マルセル・サンバルカン立ち入り禁止」みたいな通達、冒険者組合に回っていないと信じたい。
「ん? 冒険者?」
いい考えのように思えた。
そうだよ、貴族の地位なんかかなぐり捨ててしまえばいいんじゃないか。冒険者になって世界中を巡って、美味しい食事とかスリルのある依頼とか美少女との恋愛とかを楽しめばいいんだよ。伯爵の地位なんかよりも命のほうがずっと大事。
冒険者になって無双するのは転生ものの定番中の定番。となると、必要になってくるのは。
「まずは剣の腕を磨こう。マルセルは元々、火の魔法を高レベルで使えるから、これに剣が加われば鬼に金棒。もしかすると英雄になれるかも!? そしてもちろん、魔法も磨くとしよう」
マルセルは貴族の地位にふんぞり返って、魔法の修業もしていなかった。少なくともそんな描写は一コマだってない。不人気キャラが頑張る描写をする意味がない、という現実的な理由のせいかもしれないが。
「貴族は平民よりを強い魔力を有する選ばれた存在だ」とか宣っていたことから、持って生まれた魔力におんぶに抱っこ状態だったはず。これを磨けば、あるいは物凄いことになるんじゃないだろうか。
「そうだ! きっとできる! 俺はまだ本気出していないだけ!」
結論、剣と魔法を磨くことになりました。平々凡々な結論を誠に申し訳なく思う。よぉし、これから本気出すぞ!
……決して本気を出さないフラグではない。