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幕間:シルフィード編 ~その十九~

 第二王子エステバンは贅沢が好きだ。金がかかっているものこそが良いものだと考えていて、身の回りの品は高級品で固めている。


 利用する商人たちもエステバンの気質をよくわかっていて、薦めてくる品はもしかすると国王が使うものよりも質が良かったりする。


 コトリ、と置かれたワインも世界最高峰の生産地で作られた五十年ものの赤ワインで、一般市民の平均年収で五年分はあるという品だ。グラスを置いた机も、王家お抱えの職人が数年がかりで完成させたものである。


 とはいえ、ワインも机も、室内のあらゆる調度を含めても、もっとも価値があるものは今、エステバンが無造作に手の中で弄んでいる石だ。


 オーク巨樹の赤琥珀レッドアンバー


 どれだけの大金を積もうが手に入れらるはずのないもの。本当にあったかどうかも疑わしい古の口約束を持ち出してでも欲しがるものが後を絶たないだろう、唯一の至宝。


 火の属性を生まれ持つ王家の人間にとって、赤琥珀レッドアンバーは至宝というわけではない。しかし保有しているだけで、他国に対して優位に立てることが増えるほどの代物だ。


 室内灯に照らされた赤琥珀レッドアンバーが妖しく輝き、同時にエステバンの薄くなった頭頂部も輝く。


 エステバンの年齢はまだ二十代半ばだが、毛髪の喪失速度は平均よりも遥かに速い。王家は元より薄毛の家系として知られているが、まだ若い第三王子は当然として、現国王も未だに豊かな毛量を保っていて、まるで王冠の如く豪奢な金髪を揺らしているのとは非常に対照的だ。


 少なくとも頭部だけは父王に似ていない、と陰で囁かれていることをエステバン自身の耳にも届いていて、エステバンも頭部のことを酷く気にしている。


 王都で評判になっている育毛剤は根こそぎ試したし、人前に出るときにはカツラを利用して、笑ったり侮辱してきた相手は例外なく殺してきた。身分の高い相手にも強引に不敬罪を当てはめるので、今ではエステバンの頭部に視線を向けるものすらいないという有様だ。


 エステバンが最近では稀なレベルで上機嫌に過ごすこの部屋は、ミルスリット王城ではない。「火の騎士団」副団長の私邸だ。


 王国の正義を成す魔法騎士団といえど、一枚岩であることなどあり得ない。支持する王子によって派閥が作られていて、派閥間での競争と暗闘を繰り広げている。足の引っ張り合いや切り崩しなど日常茶飯事だ。


 副団長の私邸はエステバン好みの贅沢な調度品で整えられていることから、普段からよく使用している。


 自らの支持者らと使うこの屋敷のほうが安心できる上に、屋敷の使用人らもエステバンの気質をよく知っているため、エステバンはまるで屋敷の主人であるかのように好き勝手出来る。


 競争相手、権謀術数が渦巻き蔓延る王宮よりも遥かに居心地がよく、エステバンは公務があるとき以外は基本的にこの屋敷を利用している。


「婚約などして、よろしかったのですか殿下」


 屋敷の本来の主人である「火の騎士団」副団長モリスの態度は恭しい。エステバンとは幼馴染であり、エステバンの王位継承レースを支える最大の屋台骨だ。


 自らが担ぐ神輿の気性も知り抜いているので、態度や言動には常に最大の注意を払っている。


「火の騎士団」団長は高齢で、実戦は元より、会議への出席頻度も減っていた。今では団長の仕事のほとんどをモリスがこなしており、近いうちにモリスが正式に団長になるのは既定路線とされているほどである。


 エステバンが王位に着けば、四つの騎士団を束ねる総督に就任するだろう。


「切れる札を一枚失ったのは痛いが、それ以上に価値あるものが二つも手に入ったのだ。赤琥珀レッドアンバーとマーチ侯爵家との繋がりがな」


 酒杯を傾けながら忠臣の質問に答えるエステバン。世界のどの国も保有していない赤琥珀レッドアンバーの獲得は、王位継承を争う中でも間違いなく大きな手柄と成り得る。


 保護を名目にして神聖樹を管理している法国ですらも、神聖樹の赤琥珀レッドアンバーは持っていない。


 つまり、オーク巨樹の赤琥珀レッドアンバーは間違いなく世に唯一の代物で、国際的にも大きな注目を集めることになる。


「国の財政に大きな影響力を持つ侯爵家との繋がりがあれば、侯爵家の経済力を背景に他の貴族への影響力も高まる。オーク巨樹の赤琥珀レッドアンバーの保有は、我が国の国際的な地位を向上させる。この二つの巨大な利益と比べれば、婚約くらいは別に構わんさ」

「それにしても、幼すぎるとも思いますが」

「はは、それも考えようという奴だ。確かに侯爵家の娘はまだまだ若いが、血筋を考えると将来的にかなりの美人になることは疑いない。幼いうちからオレ好みに仕込んでいくのも悪くはない」

「なによりも殿下が即位されれば、後宮に国中の美女を、いや外交を通じて世界中の美女を集めることも容易いことでございますからな」

「ふ、その通りだ。ハハハ」

「ハハハ」


 エステバンが酒杯を傾けながら得意気に笑い、モリスも追従する。そこに、


 ――――話は聞かせてもらった。


「っっ! 誰だ!?」


 鋭い誰何の声はモリスのものだ。エステバンは酒の回った頭と体では満足に動けず、酒杯を床に落とす。


 ――――フッフッフ。


 狼狽するエステバンとモリスの耳に不敵な笑い声が届き、バルコニーへと通じる大きな窓に、明らかに脂肪過多なシルエットが浮かび上がった。


 ――――一つ、人の世の生き血をすすり。


「「は?」」


 唐突な口上に二人の目が点になった。


 ――――二つ、不埒な悪行三昧。


「「はぁ?」」


 ――――三つ、醜いハゲがある!


「っ!?」


 ハゲ呼ばわりにエステバンの顔色がサッと変わり、その右手が頭部に置かれた。隣のモリスの顔色も青くなっている。


 ――――四つ、横を見れば酷いハゲがある! 五つ!


「何なんだ貴様は! さっさと出てこい! 《火球》!」


 エステバンの放った火の魔法を受けて大きな窓は砕け散る。


 星や魔法の明かりを反射して輝く破片舞う中に、スタリ、と人影が着地した。シルエット通りに脂肪を満載した肉体をタキシードに包み、コロンビナといタイプのアイマスクを装着している。


 人影はエステバンたちに対してやや半身に立ち、右手を腰に当て、左人差し指をびしりと突きつけた。


「我が名は、怪盗ムーンライト仮面!」


 元ネタはというと、巷で流行しているロマンス小説「ムーンライトの導き」に出てくる公爵家令息のもう一つの姿、ムーンライト仮面そのものである。


 原作だとムーンライト仮面の髪は短く、こちらはサラサラロングという違いがある。他にも原作小説に怪盗なんて設定はなかったが、別にどうでもいいことだ。


「とぁっ!」


 ムーンライト仮面(肥満&サラサラロングヘア)はカードを投げつける。カードはクルクルと回転しながら進み、乾いた音を立ててエステバン近くの机に突き立った。


「む、こ、これは!?」


 エステバンの顎で指図されたモリスがカードを抜く。カードにはメッセージが書かれていて、モリスはカードをエステバンにも見せる。エステバンの眉が逆立つのに対した時間はかからなかった。


 ――――今宵、人々を不幸にする貴殿らを誅し、そして不当に奪った赤琥珀レッドアンバーを頂戴に参上する。~~ムーンライト仮面~~


 いわゆる予告状のようなものだ。予告状を出すよりも先に現れる怪盗というのも随分と間の抜けた感じがするが、エステバンたちはそこには気付かなかった。エステバンの手がカードを一息に破る。


「こっの薄汚い泥棒風情が! おい、モリス」

「はは! ものども、であえ! であえい!」


 副団長だけあって屋敷に詰めている手のものたちの錬度も高い、かと思いきや、出てきたのは明らかに魔法騎士とは毛色の違うものたちだ。さすがに私邸に公的組織である魔法騎士団団員を配置することはしなかったらしい。

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