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幕間:シルフィード編 ~その四~

 シルフィードは、なにか悪いことでもしたかな、そういえば着替えを覗いてしまったな、と内心でビクつきながら体を起こす。


「な、なんだイヴリル、気にでもかけてくれたのか」

「は? んなわけないでしょ。資料が大事とか言っときながら、さっさと諦めて部屋に駆け込んだっつー引きこもりを笑いに来たんだっての」

「んな! ああぁぁ諦めてないよ! あれは僕が必死で集めた大事な資料だ、諦めるわけがない! 無理にでも聞き出そうかどうかで考えてるところだ」

「そ。でも無理だと思うわよ。父様から、あんたにはなにも話すな教えるなって命令が出てるからね」

「徹底してるねえ、ほんと」


 シルフィードはがっくりとうなだれる。


 自分が家の中で疎まれていることは骨身に染みて知ってはいたが、まさか口を利くなレベルの命令を周知されるまでになっているとは思っていなかった。


 マーチ侯爵家の長男として生まれ、生後三ヶ月の前後には母と死に別れた。


 翌週にやってきた女は、母が存命中――正確には結婚前――からマーチ侯爵と深い仲にあった人物で、その日のうちに屋敷内に自分の居場所を作り上げていた。


 正式に結婚したのは二年後のことであるが、結婚するまでに異母弟となるアルスが生まれ、屋敷中がお祝いムードになっていたらしい。


 父と後妻が、後妻の生んだ異母弟妹を溺愛していることは知っている。シルフィードとしても、爵位にも家名にも興味はないし、無視されるくらいは受け入れていた。


 いつか家から追い出されるだろうな、とも予想はつけていて、追放自体もどうでもいいと思っていた。


 物心ついたときから爵位などには興味がないことをアピールして、家督争いをするつもりがないことを内外に示している。にもかかわらず、ここまで明確で露骨な排除に傾いているとは思っていなかっただけだ。


 これでは家令を痛めつけても喋るかどうかわからない。長く仕えているだけあって、家や父親への忠誠心は篤い年寄りだ。


「自白用の薬もまだ持っていないしなぁ」


 ぼそりとした呟きは耳に届いたのか、イヴリルは十分離れている二人の距離を更に心持ち広げていた。組んでいた腕を少し緩めて、自分の体を軽く抱きしめている。


「あんた、なに考えてんのよ……」

「いや! いやいやいや! どうやって話を聞こうかと考えているだけだから!?」

「はぁ……まあいいわ。あたしに協力するなら、あたしが調べてあげる」

「……え?」


 イヴリルからの突然の提案に、シルフィードはハトが豆鉄砲を受けた気持ちを理解した。


 よもやイヴリルからこんな提案を受けるとは、予想だにしなかったことだ。今日はイヴリルについて、予想外のことが多く起きる日なのか。


 シルフィードと異母妹のイヴリルの仲は、かつては悪くはなかった。


 妹が生まれたとき、嬉しくなったシルフィードは近付くなという命令を無視して、ベッドで眠るイヴリルを見に行ったことがある。天使が舞い降りたものだと確信したものだ。


 守りたい、とも思い、少なくとも幼少期の仲は良好なものだった。


 それがいつの頃からか少しずつ距離が離れていき、シルフィードが魔法騎士学院に入るころには、ゴキブリの如く嫌われるようになっていた。


 他の家族からも冷たく扱われるようになっていたこともあって、シルフィードのほうも別に構わないと考えるようになる。


 同じ家にいても、一言も言葉を交わさないことが珍しくなくなるほどの、冷え切った関係だった。目が合えば睨み付けてくる。口を開けば罵倒が飛んでくる。


 そんな妹が何の気紛れか協力してくれるという。


「えっと、どんな風の吹き回しかな?」

「はぁ? 手伝ってほしくないわけ? あっそ。じゃ、あんた一人でなんとかすれば?」

「待て待て待て! 待って、待ってくれ! 頼む、手伝ってくれ! お前が手伝ってくれるなら大助かりだ。いやぁ、最高で素晴らしい妹を持って、僕は世界一の幸せ者だ!」

「バッカじゃん?」


 兄の賛辞に対して妹が返したものは、それはそれは冷たい視線であった。


「杖の制作か」

「そ」


 イヴリルが協力してほしい事とは、学院で出された課題である魔法の杖の制作を手伝うことだった。学院一年生で必ず行われる伝統カリキュラムの一つではあるが、ほとんど有名無実化してしまっているものでもある。


 魔法の発動には杖、ないしは杖の代わりになるアイテムが必要となる。


 有力貴族や富裕層ならば杖と、他にも一つ二つの魔法発動体を所持しているのが常で、シルフィードもイヴリルも予備として指輪をつけていた。シルフィードが魔法発動体を持っていても、欠片ほどの意味もない事なのに。


 この課題が、無意味なもの、と囁かれるのには明確な理由がある。


 貴族や富裕層の生徒は基本的に杖は受け継いだものか、買ったものを使用する。杖の自慢は貴族たちにとってステータスであり、杖を用意できない平民たちを見下すための道具でもあるのだ。


 一方の平民たちは、学院から支給されるものを使用することになる。画一的で個性のない、決して品質が良いとは言えない品だ。


 貴族と平民。この生まれによる不公平感を是正するための表面的な措置として、自ら作った杖を使用するカリキュラムが設けられたのである。


 この課題を正確にこなすには、杖を作るための材料を揃えるところから始める必要があるのだが、これも無意味なものになっていた。


「そんなのはあの親に言えば、材料から職人まですべて揃えてくれるのでは?」


 シルフィードの発言が正しく答えである。


 課題とはいえ、実際に一から杖を作る貴族や富裕層の生徒はほとんどいない。親に頼んで杖の材料、杖にはめ込む石、杖を作る職人、杖作成にかかる費用まですべてを用意してもらう。


 表面上だけさっさと課題を片付け、できた杖を提出して終わるのだ。


 平民たちに同じ真似ができるはずもなく、結局、自作の杖を真面目に作ることになるのは平民だけということになる。


 しかも作ったところで、性能は支給品に劣るのだから、結局は使わず仕舞い。記念に保管されるなら上々。ほとんどは焚き火の材料かゴミとして廃棄される。


 つまり、貴族の娘であるイヴリルが作ること自体が極めて珍しい例だ。学院の歴史でも、数えるほどしかない筈の。


 このことをシルフィードは指摘し、イヴリルは間髪入れずに返す。


「ふーん、文句あるんだ? じゃ、探すのは自分でやるのね」

「ぐ、わかった、手伝う」

「手伝わせていただきます、でしょ」

「是非とも手伝わせていただきたく存じます」

「よろしい」


 妹様の物言いに苛立ちを覚えながらも、シルフィードは従うことを選ぶ。


 集めた資料と自分のプライドを天秤にかけ、プライドは一瞬で天秤から弾き飛ばされた。更に屋敷内での己の立ち位置を踏まえた結果、イヴリルの協力は不可欠だとの判断もある。


 思い立ったら即行動。というのがイヴリルの行動原理らしい。


 シルフィードの積極的で全面的な協力を取り付けることに成功した彼女は、早速、異母兄を連れて王都最大の中央市場に降り立っていた。


 本日は安息日。ただでさえ王国一の人出を誇る中央市場は、氾濫しそうなほどの人出で溢れていた。


 どの店も賑わっていて、整備されているはずの王都は、日々の生活に追われ、あるいは楽しむ人たちの熱気に晒されて、嬉しい悲鳴を上げているようにすら見える。


「ふわぁ……ここが中央市場! 初めて来た! うっわ、本当にお店がたくさん並んでる! うわー、すっごい人出。え! うそ、あれってもしかしてジエンズの本店!? ここにあったの!? あっちはクロワード画廊! てか出店とかめっちゃ多いんだけど! いい匂い……あ、あっち美味しそう」


 高位貴族の人間がここまで人が集まる場所に来ることは滅多にない。来たとしても馬車に乗って、目当ての店まで一直線だ。護衛も漏れなくついてくる。


 窮屈な世界から脱出できたこの一瞬、イヴリルも全身で解放感を味わい、感動が溢れだして、淑女らしからぬ大きな声を出していた。


「あー、イヴリルさんや、目的を忘れてやいませんかね?」

「はっ」


 刹那の半分の時間だけ、イヴリルは硬直した。

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