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第九話 さあ、原作を変えていこう

 そのカリーヌが目の前にいる。感無量とはこのことか。最後までマルセルについてくれた彼女を、罰することなどどうしてできようか。原作ヒロインとは関わり合いになりたくなくても、カリーヌなら今世でも味方になって欲しいものだ。


『『『~~~~っっ!?』』』


 しかしメイドたちからすれば、まさに青天の霹靂。まさかあのマルセルがこんな形での成長を見せようとは!


 そんな目付きと顔付きを一斉に向けられると、俺としても正直、かなりいたたまれない。周囲からすれば成長、あるいは変わったということだ。また気紛れか、といった警戒が強いように感じるのは気のせいだと信じたい。


「それより、カリーヌだったか。君は大丈夫か?」


 周囲や部下に対する気遣いも忘れない。


「ひ」


 だというのに、カリーヌは短い悲鳴を上げて、勢いよく土下座姿勢に移行した。


 あれぇ!? 待って! ほら、俺って怖くないよー、怖くないんですよー。


 そんな俺の必死のアピールもむなしく、悪役貴族の気持ちは少しも相手に届かない様子。カリーヌは毛足の長い絨毯に額をこすりつけたままだ。


「もも、申し訳ございません、若様! 何卒、何卒お許しを! クビだけはお許しください。弟妹が五人いるんです。わたしがクビになっちゃうとご飯を食べられないんです!」


 いかん、どうやらカリーヌは軽い恐慌状態に陥っている。聞いてもいないことを次々に喋ってくる様子は、どう見ても混乱の度合いが強い。漫画内時系列だと、カリーヌとの信頼上昇イベントはまだ起きていないことがうかがえる。


 なるべく落ち着いた声と口調を心掛けよう、と一度、深呼吸をした。


「顔を上げてくれ、カリーヌ。俺はもう怒っていないから」

「え?」


 上げられたカリーヌの顔は驚き一色だ。唐突に、脳内に閃きが生まれた。もしかすると名案かもしれない。


「君の名前は? フルネームで」

「はい?」

「君を俺の専属メイドにする」

「ひぃっ、そ、それだけはっ!」


 カリーヌは露骨に顔色を変えて顔を引きつらせ、なにより自分の体を抱きしめて後退った。なんだろう、この反応は。


 あ。


 カリーヌの態度を見て悟る。どうやら、許してやる代わりに体を差し出せ、と受け止められたらしい。他のメイドたちも一斉に慄いている。


 公爵公子閣下の専属メイドともなれば、本来はとても名誉なものだ。給金も上がるし、社会的地位も上がる。メイド仲間たちからも尊敬と嫉妬を受ける。


 そう、本来なら。


 だが俺は、このマルセル・サンバルカンはクズの名をほしいままにする最低最悪最劣の悪役貴族だ。気持ち一つで何人もの使用人をイビリ倒し、傷つけ、飽きたらクビにする。更にはクズだけでなく、エロガキの名前までついてくる始末。


 相手が女だと尻や胸を揉みしだく、無理やりキスをするなんてのは序の口。恋人がいようものなら、屋敷に呼びつけて目の前で別れさせる。もし恋人が怒ったなら、無礼を罵って、鞭打ち百回くらいは平気でするだろう。実際にマルセルの記憶には、暴力を振るうシーンがあったしな。


 そんな俺の専属メイドになれだなんて、まさに地獄に突き落とされたに等しい気持ちだろう。


 公爵家自体が、職場環境としての評判が非常に悪い。付きまとうセクハラや暴力は巷でも有名で、務める理由など、給金の高さ以外にはありえない。


 今までに何人の女の子が親父殿の慰み者にされた挙句にクビにされたことか。今までに何人の使用人が親父殿や俺の暴力を受けて使い潰されてきたか。実際に目の当たりにしたことはなくとも、噂を聞かないことはなかったはずだ。


「ぅ、ぁ、ああ……」


 カリーヌの顔から一切の血の気が失せ、声も満足に出せない様子で、感動ではない別の感情によって涙腺も崩壊してしまっている。周囲の他のメイドたちも一様に血の気の失せた顔をして、俺に対してケダモノを見る目を向けてくるものまでいた。


『お前これ、どないすんねん』


 唐突に頭に響くアディーン様の声。非難よりも呆れのほうが圧倒的に多い。非難や恐怖や絶望だけで彩られているメイドたちと比べると、例え呆れであってもマシなように感じる他なく、思わず言い訳を並べてしまう。


 違うんだ待ってくれ落ち着いて聞いてくれまずは話し合いをしようじゃないか事情があるんだ。マルセルを殺したような原作ヒロインたちが傍にいるのは、こっちの精神衛生上、とてつもなくよろしくない。


 原作通りの流れなら、婚約者だったビヴァリーやラウラは主人公アクロスへの好感度がどんどん高くなっていく。


 反対に俺に対する好感度は連日のストップ安だ。上がるものといえば、嫌悪感や殺意のようなマイナス方向のものばかり。


 カリーヌのようにほぼ原作未登場=主人公用ハーレム要員でない人物を専属にしておきたいと思っても不思議はないのではなかろうか。


 でもそんなこと説明できるはずがない。原作ヒロインではないというだけで、どこに落とし穴があるかわからないし、唐突に悪役補正がかかってくるかもしれない。


 転生のことを言えるわけもないし、そもそも俺が転生している時点で原作とは違うわけだし。


 どうするか考えがまとまりきらないまま、俺はカリーヌに近付き、目線の高さを合わせた。俺が一歩近づく度に、俺から二歩分は離れるものだから、カリーヌは壁際に追い込まれたような絵になってしまっている。


 どう見ても犯罪者に追いつめられる被害者の図だ。


 ここからどうやってイメージアップと信頼を得るか。一応、思いついたことがある。不安もあるにはあるが、この世界のことを考えると大丈夫、きっと大丈夫。


『ほんまかいな』


 シャラップ、アディーン様。俺は温和で穏やかで誠実、だろうと思わせるような笑顔で話しかけた。顔面筋肉が引きつりそうだったのは秘密ということで。


「安心してほしい、と言ってもまったく安心できないという気持ちはわかる。だから約束する。十二使徒アディーン様の名に懸けて」

「ア、ァアディーン様の?」

「そうだ。俺が血を吐いたのは知っているね?」

「は、はい」

「俺の中にアディーン様がいることも」

「はい」

「意識がなくて眠っているとき、俺は、俺の中にいるアディーン様と話をする機会に恵まれた。いや、正確にはお叱りを受ける機会に、だ。アディーン様は俺を叱り、諭してくれた。俺はこのままだと破滅する、とな」


 それはもう予言でもなんでもなく、日本にいるときに漫画でもアニメでもゲームでも散々繰り返し見てきた、れっきとした、ざまぁ感満載の事実だ。


 原作で一度目の死――滅多打ちエンド――を迎えると、二次創作でもマルセルの死亡が頻繁に扱われるようになった。木っ端微塵に粉砕されたり、数百人から石を投げつけられたりと、ほとんどはギャグとしてのもの、ただし中には脳漿やら内臓やらをぶちまけるというかなりグロイものもあったりする。


「アディーン様のお叱りを受けた俺は、今までの自分を振り返り、反省した。俺という人間はどうしようもないバカだった。貴族としても元より、なによりも人間として最低最悪最劣の、クズとしか言いようのない人間だった。だから、決めたんだ。このままではダメだと。生まれ変わるぞ、と」


 カリーヌを含む使用人たちはそれぞれ顔の造りは違うのに、このときの表情は完全に統一されていた。なにを言ってるんだこいつは? そんな感じである。


 うん、わかっていたけどね。でも頑張るから。あんな未来、絶対に引き寄せてたまるか!


 俺が望むのはただ一つ。


 破滅回避! 死亡エンド回避! そしてできたらこんな家からは出ていって、でもお情けで伯爵位くらいは受け取って、どこか田舎の領主になって、安楽で悠々自適な、慎ましやかな特権階級生活を送ることだけだ!


『全然一つちゃうやないか。破滅のほうから勝手に近付いて来たらどないすんねん?』

(縁起でもないことを言わないでいただきたい!?)

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