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幕間:クライブ編 ~その二十四~

 組織というものは様々な要因で破綻する。資金繰りも要因の一つであるし、他者からの信頼もそうだ。たとえ正義を標榜し、実際の行動も正しいものであっても、他からの理解や信頼を得られなければ長続きはしない。


「クライブさんとはわたしが話をつけます。いいですね」

「……わかった」


 ユフィの提案を受けて、ヴィンスは三歩ばかり後ろに下がる。ユフィがクライブに向き直る。


「麿はついては行けぬよ。国に夢を置いてきているでおじゃるからな」

「ならどうしますか? わたしを捕まえますか? それとも自分で捕まえるのは気が引けるから、誰かに報告して捕まえさせるとか?」


 試すような口調と表情で問うてくるユフィ。クライブは上半身だけを起こした状態で口をへの字にし、眉を強く寄せ、唸る。


「いや……それはしない。してはならぬでおじゃる」


 クライブは悩みながらも否定する。間違っているのは明らかに商人たちであり、アムニテッシュの貴族だ。エルフや亜人たちを守るために、法が、治安機関が機能していないのなら、この方法以外にない、と。


「襲撃も殺人も目を瞑るのですね」

「それを言うなら麿も同罪でおじゃる。荒っぽい手段を採った中心はユフィ嬢たちであろうが、そんな方法を採らせたは元人側。ご立派な法制度も、満足に機能させることができていないのも元人側でおじゃる」

「わたしたちを責めるのは筋違いだと?」

「そう悟らざるを得ないでおじゃるよ。ユフィ嬢たちの手練手管にあっさりと転がされて、利用された麿自身の愚かしさを噛みしめるでおじゃる」

「が悪質な奴隷業者を倒せた事実でもって自分を納得させようとしている、と?」

「むぐぅ」


 唸るクライブにユフィは好意的な笑みを浮かべて肩を竦めた。


「わたしたちのことを話さないと約束できますか?」

「誓うでおじゃる」

「なにに?」

「尊敬する我が友に」

「! ふむ」


 クライブとユフィの視線がごく短い時間、交差する。


「いいでしょう。国や家ではなく、友に誓った心意気を買いましょう。ただし、万が一にも我らのことを漏らそうものな」

「命で贖うでおじゃる」


 食い気味のクライブの決意に、ユフィは目を丸くした。


「王国貴族にもマシな奴はいるんですね。碌でもない奴ばかりじゃないと知れたのは収穫でした。でも大丈夫ですよ。貴方みたいに隠密行動に向かない筋肉を連れていこうとは、初めから思っていませんから」

「く、麿が隠密に向かぬのは百も承知でおじゃるが」


 不意に、スッと、クライブの左頬に柔らかい感触があった。


「?」


 五秒ばかりの時差を置いて


「っっ~~ななな!?」


 我が身になにが起こったのかを知ったクライブは大いに慌てる。


「ななななななにぃをっ!? まま麿にはニコル嬢という心に決めた相手が!?」


 クライブが決めているだけで、相手はどちらかというとマルセルの方に心が傾いているという厳しい現実があったりする。


 慌てふためくクライブに、ユフィはハッとして勢いよく顔を背ける。


「ああ、何ということでしょう! 助力への感謝の気持ちを口付けに込めたつもりが、ついうっかり別の呪いをかけてしまいました!」


 理由は恥じらいから程遠かったが。


「どういうことでおじゃるか!? そもそも麿にはどんな呪いがかかっていたと!?」

「大丈夫ですよ。今の呪いで上書きされたので、古い呪いは存在していません」

「だったら今の呪いとは何でおじゃろうかな!?」

「大したものではありません。単に居場所が四六時中、わたしに捕捉されるだけのものですから」

「しろっ!?」


 口付けを受けた場所、左頬に呪印が浮かび、急激に広がる。クライブが驚きに目を剥いたのも一瞬、全身にまで広がった呪印は、あっという間に左頬の一点に戻り、影も形も消えた。


「なななな」

「あ、おまけで『エルフの嵐わたしたち』の情報を漏らすと即死する効果もあります」

「そ、即死……?」

「即座に死ぬという意味です」

「知っとるわぁっ!」

「それじゃあ、また会いましょう。できれば、穏便な形で」


 ユフィの手が右から左に振るわれ、風と共に砂埃が巻き起こる。砂埃が晴れた後、クライブの眼前にはユフィの姿もヴィンスの姿もなかった。実に鮮やかにこの場を去ったのである。


「ふーむ、実に見事」


 クライブは感心し、


「……確、か……に、な……」


 僅かな声を聴覚に捉えた。声の先は瓦礫の下、だったのが音を立てて瓦礫の下から這い出てきた影があった。


「なんとっ、《虎徹》氏……生きていたでおじゃるか。よもや、麿の全身全霊の一撃を受けて……」

「ふ……ん、息、も絶え……絶、えだっな」


 刀身の三分の二を失った湾刀を杖代わりに、《虎徹》は体を支え、どうにか立ち上がる。未だ立ち上がることのできないクライブは、目を見張るしかない。決着を見たものと思っていた。


 まさか再び立ち上がってこようとは。


 これでは圧倒的なまでに不利な状況ではないか。折れたとはいえ、刃物は刃物。満足に動けないクライブの首を斬るくらいなら、わけもない。


「安心し、ろ。今、貴……様を殺、つも、りはな……い。負け、たこ、と……には変わ……り、ない、から、な」


 起き上がった《虎徹》の右手が輝く。攻撃の気配はなく、右手を当てた箇所の傷が回復する。


「回復魔法まで使えるでおじゃるか」

「この程度は……な。誰で、も使え……るようなレベルだ。今……仕掛けてきたら、某、を討てるかもしれんぞ?」

「既にこの戦いの決着はついたでおじゃるよ。再戦の機会があるにせよ、それは今ではないでおじゃる」


 クライブは筋肉開放により百パーセント以上の力を振り絞った。少なくとも本人はそう考えていて、今ではポージング一つを決める体力も残っていない。


《虎徹》も立ち上がりはしたものの、戦いを続ける体力も意思もないようだ。命をやり合った直後だというのに、どこか弛緩した空気が両者の間に漂う。


 だからこそ気付かなかったのか。


「「――――!?」」


 場に現れた別の存在に、クライブも《虎徹》も反応の一つすら示すことができなかった。


 現れた影は異質そのものだった。戦いの跡、荒れ果て、戦闘の残り香が尚も色濃く漂うその場所に、まるで自宅に入ってくるかのような気楽さで現れたのだ。


 住み慣れた自宅に入るのに誰が警戒するだろうか。


 まさにそれだけの、何の変わりもない、日常の、自分の居場所に立ち入るかのような自然さで、現れたのだ。


 自分よりも明らかに小柄な、フードを被った人影の出現に、クライブは驚愕することすらできなかった。


「おヤ? もう終わってしまったのカ」


 聞こえてきた声は女のものだった。


「カ、《カラドボルグ》様!?」


 目を最大を越えて見開いたのは《虎徹》だ。せっかく立ち上がったのに、バランスを崩して倒れ込んでしまう。


「《虎徹》氏!? 大丈夫でおじゃるか!?」


 クライブも動けない身で声を出す。


「ン? 敵と随分と親しくなったようだナ」


《カラドボルグ》と呼ばれた女がフードをとる。見目麗しい、まだ少女の面影すら残る、間違いなく達人になどには見えない女性の姿。


 クライブの全身は引きつり、表情筋の一筋を動かすことさえできなくなる。《スレイヤーソード》よりも《虎徹》よりも、明らかに、それも圧倒的なまでに格上の存在だと、生物の本能でわかる。


「親しくなったわけではありませんが……決着はつきましたのでね」

「本当に終わっているのカ。残念ダ」


 ガックリ、と《カラドボルグ》は肩を落とした。


 声音にも所作にも欠片ばかりの殺気は感じられない。クライブが未熟なのか、本当に殺意や敵意を抱いていないのか。


 後者ではないか、とクライブは考える。正直なところ、《カラドボルグ》の力量はクライブの遥か上。逆立ちをしても勝てるものではない。《カラドボルグ》からの殺意を向けられるほどの価値がないのだ。


 だからといって安心できるわけではない。実力があまりにもかけ離れているため、相手にその気がなくとも、クライブを殺すことができる。


 クライブには抗う術がない。だからといって、なにもしないままでいるわけにはいかない。


 ここまでの短いやり取りでも、《カラドボルグ》があの《スレイヤーソード》と関係があることはわかる。《スレイヤーソード》らを抱える組織と関係があることも当然。


 いや、実力を考えると、もっと深くまで知っているのではないか。


「残念とは、どういう意味でおじゃるか?」


 少しでも、話をして情報を引き出すことができれば。ただそれだけが、とてつもない重圧を与える。


「この場にはエルフの戦士もいたのだろウ? 是非とも戦ってみたかったのニ、会えず仕舞いとは残念の極みダ」


 残念、の言葉と共に《カラドボルグ》が取り出したもの、それは簡素な造りの鞘に納められた湾刀だ。

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