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動力神と斬りすぎる者  作者: 白石 流
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第四話

「どーも」


 大人達は皆、二人の顔を見もせずに無言だ。頑強な身体つきをしながら、憔悴しきってうなだれている。村をやられたショックもあるが、命の希釈の影響も濃いとフーリンには分かった。


 ――やはり今のところ、異族と人間とでは動力停滞の影響に差があるようですね


 井戸に寄りかかっていた少年だけが、大人達の代わりに対応してくれた。十歳にも満たないだろうに、見知らぬ人間に対して堂々たる態度だ。


「何しに来たんだよ」


「旅の者ですが」ここまでの惨状とは思わなかった。食料を分けてくれとも言えなくなってしまう。「……この惨状は異族の仕業のようですね」


「見たら分かるだろ。静かに暮らしてただけなのに酷いもんだよ」


 気丈に振る舞っているが、泣かないでいるのがやっとのようだ。ダインとうなずき合い、できることがあれば力になろうと決めた。目の前で涙を浮かべる子供を放っておけば、神の判定を待つまでもなく悪人だ。


 膝をつき、目線を合わせる。


「話を聞かせてもらえますか?」


 しばらく口ごもっていたが、訥々と話しだした。村の大人ではどうしようもないと判断したのだろうか。 


 聞いたところによれば、ことの発端は先週。岩の甲殻を持つ人型異族の斥候部隊が村を見張っているのを発見し、これをどうにか退けたのだという。すぐに本隊がやってくると分かっていたが、この村は若者が少ない代わりに歴戦の猛者を多く抱えており、別段心配はしていなかった。


 ところが、数日前からほとんどの大人達の様子がおかしくなり、見ての通りに腑抜けてしまった。このままでは村が壊滅させられてしまう。


「あいつら、死ぬ間際に言ってたんだ。本隊、二十の精鋭が真っ正面からお前らを倒すって」


「ん、二十の精鋭?」


「そう言ってた。物凄く強い奴らが村に向かってるって……!」


「なるほど」


震える少年の肩に手を置き、フーリンは力強く続けた。


「よく分かりました。そういうことであれば心配は要りませんよ。くだんの精鋭らしき異族の一行は、私たちが――」


「卑怯者だ!」


 不意に怒鳴られ、思わず飛び退ってしまった。


「ど、どうしたんですか」


 少年はついに泣き崩れ、小さな拳で地面を打つ。


「なにが……なにが真っ正面から倒すだ! 遠くから投石して逃げていくなんて、やっぱり異族なんか卑怯者だ」


 建物の壊れ方をよく見ると、確かに投石によるものが多く見られる。少年の怒りは収まる気配がなく、


「俺だって男だ。大人達が役に立たないなら、一人だけになっても戦って死ぬ気でいたんだ。それなのに、こんなやり方は許せない!」


 フーリンは気圧されつつも、


「立派です。あなたは子供ながらに素晴らしい戦士です。しかし、もう大丈夫なんです。何故ならば――」


 ダインに肩を突かれた。猛る少年に気付かれぬよう、小声で何かを伝えようとしている。


「なぁ、フーリン……」


「後にしてくれませんか。早く彼を安心させてあげないと」


「あれ、見覚えないか?」


 指さす方を見ると、そこには共用かまどがあった。村民の生活を支える炉は投石を受けて崩れている。そばには人間の頭より大きな石塊が転がっており、鼻口に加え、まるで目のような二つの窪みがあるように見える。


「……あのぉ、一つ聞きたいんですけど」


「なんだい」


 幾分か落ち着きを取りもどしたらしいので、恐る恐るたずねてみた。


「投石があったのは、いつですか?」


「さっきだよ!」


 望遠鏡を投げつけ、人面石をこれでもかと打ち砕いた。


 突拍子もないことで、少年も目を白黒させて困惑だ。


「ち、ちなみに、かまど以外の被害というのは……?」


 冷や汗が止まらない。自然と上目遣いになってしまう。


「沢山あるさ!」歯を食いしばって涙を拭う。「俺の、俺の父さん……」


「そんなぁ!」


「父さんの墓が壊されたんだ!」


「吐きそうです……」


「投げられたのは石だけじゃない。樹木や棍棒も飛んできて、仕込もうとしてた葡萄酒や、穀物の種を蒔いたばかりの畑が潰されてめちゃくちゃだよ。家畜にだって被害が出たし、春までの食料が足らなくなるかも知れない……どうしよう」


「息があがってきました」


「なんでだよ」


 怪我人や死人は出ていないようだ。考えてみれば、フーリン達が現れなければ村は滅ぼされていた。それをこれだけの被害にとどめたとも言える。とはいえ、


「私たちに出来ることがあったら、何でも言ってください……」


 少年の顔が晴れ間のように明るくなった。


「ホントか! それだったら、あの山の上にいる仲間を呼んできてくれよ。村が危ないって伝えれば来てくれる筈だから」


 あの山とは、村の裏手から少し歩いた場所にそびえる横長の岩山である。標高はさほどでもなく、危険な獣もほとんど出ないとのことだ。村全体の収入源である鉱石の採掘にあたる若者達が、山頂部にもう一つの村落をつくっているらしい。


 普段であれば互いの近況を確認するために、山から一人ずつ日替わりの連絡係が来るのが習わしだが、最近は誰も来ないのが不穏であるようだ。


 もう敵が来ないとも言い切れず、どのみち復興にも人手が要る。せめてもの罪滅ぼしにと、二人は腰を上げたのだった。 






「俺達は何をやってるんだ」


 冷たい秋風に吹かれながら、急峻な山道を歩く。足が棒になりそうだ。一周まわって胃痛も消えてしまった。


「仕方ないじゃないですか。あのまま放って帰れませんよ」


 やつれた顔のフーリンが力なく答える。


「お前が敵の残骸を村に飛ばさなければ良かったんだ」


「いやぁ、あんな狭い範囲に集中するとは……」


 言い合っても疲れるだけだ。それにしても、確かに危険生物の影は見当たらないが、ここまで傾斜の急なルートだとは聞いていなかった。


「村落は山頂部だと言ってたな。もうじきだと思うんだが」


 しばらく無言で登っていくと、いつしか大量に汗をかいていた。


「なんか、いきなり暑くないですか? さっきまで冷え込みましたけど」


「当たり前だろ、こんだけ山登りしてれば……」


「それもありますけど、随分と気温が上がってきたように思うんですが」


 気のせいじゃないのか、と汗を拭ったとき、岩山全体がぐらぐらと揺れた。頂の方から甲高い鳴き声がこだまし、厄介ごとの匂いを運んでくるのだった。


 引き返してしまおうか。邪な考えもよぎった頃、ようやく平らな山頂部に出た。まだ登る余地はあり、見晴らしが悪い。岩の海のなかに村落を探そうと歩くたび、フーリンの言うように気温が上昇していく気がするのは何故か。


「ダインさん、靴まで熱くなってきません?」


「かまどの呪いかもな」


 広範囲を見渡すべく上を目指す途中、またしても甲高い鳴き声が大気を震わせた。異族だろうか。声量からして鳥型だと見当がつく。加えて、それに対抗するように吠え立てる何者かが。


 頂上が見えてきた。岩陰に隠れ、高みから全体を俯瞰してみれば案の定、人間領にいてはならない獣が争っている。双頭の鷲が燃えさかる翼をはためかせ、負けじと炎を纏う一角狼が攻めあぐねていた。戦の最中に敵領にて派手な喧嘩をするのが、はぐれの知能である。


 遠近感が怪しいが、どちらもダインの村で戦ったような大型だ。


 熾烈な戦いの向こうでは、消し炭になった村落が余熱を発していた。煙を立てる櫓が痛々しい。


「人間領で勝手に縄張り競争か? 酷いもんだ。くそ暑いのも奴らのお陰だろう」


 今日だけで三度も侵入者に遭遇するとは。動力停滞の影響で防衛戦の機能が著しく低下していると思われる。


 村民は無事避難したのだろうか。村落の背後には切りたった崖が天然の要塞をなしており、逃げるとすればその方向しかなさそうだ。


 一角狼の走りは目で追えぬほど速く、緩急も凄まじい。鷲も同等の動きで宙を舞い、遠くを飛行していたかと思えば、瞬きの後には地上すれすれを鉤爪で毟りとっていた。


「手練れだな。周りが岩ばかりでは俺の力が使いにくい……おい、聞いてるか」


 フーリンは口を半開きにし、文字通りの熱戦に見入っている。呼びかけても返事をしない。それどころか、一角狼が吐いた火炎が流れ弾となって至近を掠めても意に介さぬようだ。


「フーリン……?」


 様子がおかしい。疲労困憊か。


「あるじゃないですか」


「何が?」


 言わんとすることも分からぬ内に、フーリンは岩陰を飛び出した。温存していたのであろう風力による動作補助も全開に、地を滑るように駆けていく。


ほんの微かに「食料」という一語が聞こえたような気がした。


 あまりに速いので追うのを諦め、歩きながら様子を見守ることに。どうせ心配無用だろう。


 気の毒なのは異族の方だ。彼らにとれば餌にもならないだろう小さき者が、どう狂ったか突っ込んでくるのを反射的に一瞥し、興味なさげに目を離したのが運の尽きだった。


 鷲に飛びかかろうと跳躍しかけた一角狼は、その体勢のまま地面から浮かされ、虚空で足掻いているがどうにもならない。苦し紛れに吐いた火炎は、口から出た途端に吹き消されてしまう。


 勝機と見て鉤爪を光らせた鷲は、不可視の力に翼を折られて急降下。錐もみ回転し、クチバシから地面に刺さるようにして墜落した。


 どちらも身に纏う炎を剥がされ、大きさ以外は普通の獣とあまり変わらなくなってしまった。体表の炎を再燃させようとしているが、いくら頑張っても風が強すぎる。


 ダインがのんびりと追いついたとき、既に鷲は逆さづりにされ、動脈を裂かれて事切れていた。滝のように血が抜けていく様を見て、あれほど獰猛だった一角狼が震えて縮こまっている。


「時間が掛かりそうですねぇ」


 若干、正気が疑わしいフーリンが、広がっていく血だまりを冷厳に眺めていた。可食物らしきものを前にして刺激された飢餓感で、野生でも蘇ったか。


「食えるのかよ、これ」


 冷めた調子で問いながら、いくらか身体に障ろうと関係なく貪るつもりでいた。そのぐらい、とにかく腹が減っているのだ。


「同じ種族を食べたことがありますが、私は至って健康です。ワンちゃんに関してはどうも食欲が湧かないので……後ほど」


 怯える一角狼は浮かせたまま、フーリンは村落へ歩いて行く。目的を見失っていないようで安心だ。


 後に続いて行くと、浮遊する煤の量が次第に増えていった。皮膚にしみるような焦げ臭さだ。木柵の入り口まで来たが全ては灰と化し、少なくとも生者の気配はない。示し合わせたように櫓が倒壊し、地に積もった煤を巻きあげた。


 外周を進み、裏手の崖下に向かってみる。どこかしらに避難用の場所があるかも知れないと、一縷の望みを持ちながら。


 大声で呼びかけても返事はない。用心深く、手分けしてどのくらい探しただろうか。もはや絶望的かと思われたとき、崖面に切れ目がはいっている箇所を見つけた。岩や枯草が巧妙に配置され、よほど注視しなければ見過ごすようになっている。


 フーリンを呼び、それぞれ武器を構えながら近寄っていった。ここが避難所であれば、敵と間違われて攻撃を受ける恐れがあるからだ。


 しかし、警戒が杞憂となるのはすぐであった。切れ目から小さな子供が顔を出し、中に引っ込むとすぐに村民を引き連れて戻ってきたのだ。


 奥からぞろぞろと出てきた人数は、村の規模から考えてさほどの過不足はなさそうだ。


 明るみに出た村民は皆疲弊しきっている。麓の村とは違い、若い男女が多い。男はつるはしを手にし、女は子供を伴っていた。


 仮の村長役だろうか、最も年上らしき若者が虚ろな笑みを浮かべた。


「少し前、異獣共の咆哮が途切れた。あなた方がやったのですか」


「まぁな。色々あって、麓の子供に遣いを頼まれたんだ」


「本当に助かりました。あの二体は本当に強く、私たちでは太刀打ちできなかったので……。ろくに荷物も持たずに逃げだし、まともな食事も摂れないまま三日間ここで怯えていたのです」


 礼を言う若者に習い、他の者達も力なく頭を下げた。


 ダインは状況をかいつまんで説明した。まずい部分は省いておいたが。


 話をきいた若者は自嘲気味に頭をかく。


「もちろん助けには行きますが……。弱りますね」


 言いたいことは分かる。彼らも村を焼かれ、財産を失っている。意気消沈で助けを待つ仲間がこの惨状を知ったらどう思うか。


 空気が沈み込む。すすり泣きすら聞こえてきそうだ。何かしてやりたくても、出来ることなど知れている。


 生暖かい風が吹いた。


「食事にしませんか。考えるのはそれからでも良いのでは」平然と言ってのけたフーリンに一同の視線が集まる。「血抜きも終わった頃合いです。行きましょう」


 誰が逆らうでもなく、列をなして黙々と着いていく。老いも若きも怪我人も、食事という一言で血色を取り戻したように見えた。 


 程なくして一同は帰り着いた。焦げた村落は未だに熱気が冷めやらない。外周を過ぎ、空中で逆さに静止する鷲を目印にして元の場所へ。


依然として風の牢獄に囚われている一角狼が、鷲の吐ききった血の海をぼんやり見ていた。


 あれほど強力だった異獣が変わり果てており、村民達はただ唖然とするばかりである。自分たちを理不尽な目に遭わせた相手に、ここぞとばかりに激しい憎悪をぶつけると思っていたが、その目は屠殺された家畜を見るように無感動だ。


「皆さん、離れてください。もっとです」


 ふわふわと、おおきな水の塊が漂ってきた。捜索中に見つけた水場からあらかじめ頂戴し、空に貯めておいたのだ。それを一角狼の前まで持っていき、


「お仕事ですよー。口周りの風は弱めましたんで、温めよろしく」


 さぁ早くと急かされ、気力を絞って火炎を吐く。水はすぐに湯気をあげて泡立ってきた。 次に、煮えたぎる熱湯に鷲を投入する。


「これは?」


「湯に浸すと羽が毟りやすいんですよ」


 あれよあれよと手際よく、見た目は普通な食肉が姿をあらわしてから皆に振る舞われるまで時間は掛からなかった。フーリンの料理の腕が良いのに驚かされたが、これも判定神院での教育の一環なのだろうか。


 食事の最中、二人は肉を囲う席から離れ、


「さて、あなたはもう用済みです」


 焚き火代わりに使い倒され、ほうほうの体となった一角狼。自らの死期を悟って抵抗も見せない。


「今やるのか?」


「早い方が良いでしょう。私がやります。ダインさんでは散らかし過ぎてしまう」


 間抜けな一面も、調理中に見せた家庭的な顔も消え去っていた。人に仇なす敵を見据える際の、温度の無い表情。これもまた本来なのだと思わされる氷の光彩が冷たさを極限にしたとき、一角狼の首は風力の奔流に飲まれて捻じ切れた。


「あの世では、無人の野で暴れなさい」




 食事を終えると麓へ下り、村人達は再開を果たした。互いの近況を嘆きもしたが、前向きに復興していこうと決めたようだ。


「二人とも、ありがとうね」


 あの少年が礼を言いに来た。山頂でのことを聞いて悲しげではあるも、相変わらず意志の強そうな眼光に陰りはない。


「いいえ、礼を言われると心苦しいのです。なかなか言い出せなくてごめんなさい。実を言うと……」


「あんたらなんでしょ、投石の犯人」


「えっ!」


 これにはダインも驚いた。


「どうして分かったんだ」


 少年はあまり得意げでもない。


「まずさ、村に降ってきた石が顔とか手足の形なんだもん。ほとんど原型がなかったけどね。呆けてばかりの大人は気付かなかったけど、普通はあの岩野郎の残骸だってわかるよ」


「それは、そうかも知れないが」


「でさ、仮にこれが精鋭の本隊ってやつなんだとしたら、村はひとまず助かった。良かったーって思った矢先に強そうな二人が訪ねてきて、怪しいと思ったんだ」


 頷いて先を促した。


「後はもう、そっちの姉ちゃんが分かり易すぎて、いくら馬鹿でも何かあるって思うでしょ。投石の話をした時の動揺っぷりったら酷かったぜ。青い顔で『そんなぁ!』なんて言っちゃって。壊れたのはかまどだけで、俺の父さんだってピンピンしてるってのに」


 腹を抱えて笑いだす始末だ。フーリンが額に血管を浮かせている


「話してみたら悪人じゃなさそうだし、ここはひとつ、負い目を利用して山の様子でも見に行ってもらおうと思ったんだ。毎日来てた連絡係が来ないってことは、どうせ強力な異族でも出たんだろうけど、こいつらを向かわせればイチコロだってね。どうだ、俺が憎いかよ」


 口を開けて聞くことしかできなかった。


 必要のないことまで洗いざらい白状する少年は、どこか自暴自棄にも見える。


「……逞しいクソガキだな。末恐ろしい」


「まんまと乗せられましたよ」


 少年が雲まで吹き飛ばないかと冷汗ものだったが、意外にもフーリンは穏やかな顔だ。上空から背嚢を呼び寄せ、拳大の半透明な石を一つ取りだした。深紅の多面体だ。


「さっき殺した異族の心結晶です。鳥の分しかありませんが」


 神および神官ならびに、〝手〟を有する人間やそれに類する力を持った異族の心臓は、生命果てて外気に触れると結晶化する。血液に混ざって循環していた天上の力の元が、本来は晒されることのない地上の空気に反応して凝固するためと考えられ、心臓結晶と呼ばれることもある。


 なお、死ぬ間際の余力が皆無であった場合は無色透明となり消滅してしまう。


「奴らを退治した証拠として持って行きなさい。あんな暴れん坊達には高い懸賞金がかけられている筈ですし、そうでなくても買い手があります。そのお金で、更なる敵に備えた増援をいくらでも雇えるでしょう」


高値がつく理由としては〝手〟を持つ者であれば他者の心結晶を取り込むことで、元の持ち主の力を得ることが可能な点があげられる。ただし、その力が大きければ大きいほどに相応の受容体が求められ、適性なき弱者が欲を出せば命をおとすことにもなるのだ。 


 拡大した結晶の形状は宿主固有で、同じものは存在し得ない。力が放出された場所にも経年によって心結晶と同質の痕跡が残るので、それの採集・解析を行い、持ち主の情報を照合可能とすることを目的とした、専門の調査機関まで存在する。


 つまり証拠能力は十分だ。今度は少年がポカンとする番だった。


「え、そんな、良いのかよ。こんだけコケにされて、利用されておいて、何でそんな……親切なんか……」


 狙いは何だ、と身構えてしまった。フーリンは胸の紋、判定神の象徴に手を添えた。


 一見すると十字架だが、決してそうではない。


「正しくありたいだけです。間違いだらけの私でも、正しさの意味は誤りたくない。秤にかけるまでもなく、そこにある善悪を見てとれと教わりました。敬愛する神様にね」


 ニコリともせず聖職者らしきことを言い、少年の頭に手を置いた。


「善悪なんか見えてないじゃねーか。俺はアンタらを騙したんだぞ」


 うなだれたのは、手の重さのせいではない。


「村のためでしょう。大人達が動けない中、あなたは孤独に戦ったのです。敵わないと分かっている相手を恐れず利用してみせ、あまつさえ、報復さえも甘んじて受けようとした。黙っていれば丸く収まることなのに、あなたの良心がそれを許さなかった。違いますか」


「……」


 少年は心結晶を抱えたまま両膝をつき、真下しか向けないようだ。


「村の復興、心よりお祈りします。では、これで」


 立ち去ろうとする背に、号泣まじりの怒鳴り声が響いた。


「また来てくれ! 今度は盛大に出迎えるから! 本当に……ありがとう」


 互いの姿が見えなくなるまで手を振り合い、街道に向けて歩く。


 フーリンの淡い微笑が、とても満足気だった。


「子供には優しいんだな」


「慰めついでに不要なものを譲っただけです。私が求めるのはエイリーの心結晶ですから」


 神の座を奪うとは、取りも直さずエイリーを殺害して心臓を奪うことである。


「見直したよ」


「あんな子は嫌いじゃありませんし」


「昔の誰かでも思い出すか」


「その誰かに比べれば可愛いものです」


 街道に出た。フーリンが伸びをする。


 空は未だ明るい。この世界は本当におかしくなっている。どこまでもさりげなく、騒がれることもなく。


 耐えがたい眠気が訪れた。二人にとっての一日がまた終わろうとしている。


「私は体力を使いすぎました。先に見張り番をお願いします」


「俺もどこぞの投石犯のお陰で疲れちまった。先に寝かせてもらうぞ」


「それはもう言わないでくださいよ! 私だって――」


 落ちてきた緑色の物がフーリンの頭に命中した。たまらず昏倒して起きる気配がない。


 頭上を見れば例の配送屋だ。もっと丁寧に配れないのだろうか。


 不規則に跳ねる葉の塊を捕まえる。かなり細長い。宛名がダインになっていたので過梱包を取り去ってみると、長剣の黒鞘が入っていた。


「おい、これって」


 返事はない。試しに納剣してみると完璧な出来だ。いつどうやって型をとったのだろうか。鞘が壊れていることなど気にする素振りも見せなかったというのに。


『プレゼントだって、まだあるんですから』


 確か、そんなことを言っていた。


 贈り主は往来の真ん中で、呑気に寝息を立ててしまっている。


「困ったものだ」


 嫌味で、人を食った態度で、冷酷かと思えば感情的。打算的かと思えば間抜けで、呆れるほど優しい。


 様々な面が目まぐるしくて一定しない。だからこそ強引に虚を突かれ、なし崩し的に引っ張り出されたのだ。


 迎えにきたのが他の誰かであれば、ダインは動き出せなかった。


「ありがとな、フーリン」

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