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動力神と斬りすぎる者  作者: 白石 流
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第二十話

「なぁ、あれだけの数をどうやって一掃したんだ? 生ぬるい相手じゃなかった筈だ」


 何やら微笑するフーリンに問う。


「望遠鏡で殴りました」


「そうかい」フーリンの強さは知っているので、特に驚きもない。それよりも、飛べども飛べどもエイリーの城塞が見えてこない。進んでいるのか停まっているかも分からなくなりそうな、黒塗りの街。「ノルンから貰ったって話だけどよ、なんで望遠鏡なんだ」


「喧嘩ばかりしていないで、たまには景色や野鳥でも眺めてはどうだ、とね。暴れん坊だった頃の話です」


「で、そいつを武器に使ってるってわけか。結構なことだ」


 緊張感を紛らわすために話題を振ったつもりだったが、フーリンは鼻歌でも口ずさみかねない程に落ち着いているようだ。むしろ、ダインの方が嫌な予感を拭いきれないでいた。最終目的を間近にしての束の間の静けさは、いやが上にも過去の厄災を連想させる。


 移動速度に優れるが、ずっと空を飛んでいては流石にリスクが高い。独立監視塔から遠く離れ、警鐘音もうっすらとしか聞こえなくなった辺りで、良い具合の着地点を見つけたらしいフーリンが高度を下げた。それに伴ってダインも夜の街に吸い込まれていく。


 目をこらす。かなり入り組んだ一角のようだ。フーリンは相当に夜目が利くのか、灯りの類が皆無な街路に躊躇いなく降りたった。


 フーリンに手を引かれ、物陰へ。暗さに目が慣れるのを待つ。じっと息を殺して周囲に神経を張り巡らすが、猫の足音も聞こえなかった。さまよえる者達の呻きや奇声も絶無である。夜だから寝ているという訳でもあるまい。


 しばらくして、身を隠しているのが井戸だと分かりはじめ、立ちならぶ建造物の形も見えるようになる。造りからしてさほど裕福な区域とも思えなかったが、ハーノイルのように細長い建物が肩を寄せあうこともなく、広い裏庭を持った幅広な家屋がゆったりと腰を据えていた。


 大きな力の気配を辿るフーリンに迷いは見られず、自分の庭のように進んでいく。いくら忍び足をしても布擦れの音がこだましそうな静寂で、囁くだけでも何者かに探知されかねない緊迫感があった。


 どれぐらい歩いただろうか。ダインは徐々に高まっていく訝しみのため、常に長剣の柄に手を添えなければならなかった。恐らくはフーリンも同じ警戒をもっているのだろう。いつものように望遠鏡を上空に置かず、背に担いだままだ。


 静かに過ぎる。動力停滞の作用がエイリーの匙加減なのだとしても、この世の停止を目論んでいるのならばラルタルの非戦闘員を例外とする理由が見当たらない。ハーノイルのように生ける死者がそこらをうろつくなり、寝転ぶなりしているのが自然だ。夜間だからとて市民全員がベッドで就寝するような世界では、もはやないのだから。


 やはりと言うべきか、適当な家屋に近寄り、何戸か覗いてみるが人間の気配は消えている。その残滓すらもだ。


 ランのやつれた表情が思い返される。少しでもまともな者なら精神が摩耗する事態が起こったのだろう。


 フーリンの頬に光るものが流れた気がした。こちらには分からない何かを察している風でもある。


 しかしとにかく前進する。複雑な袋小路から出て、枯れ葉のみが音を立てる広場を通りぬけ、表通りを避けて再びの郊外。依然として人影は皆無だ。城壁もそうだったが闘争の痕跡はない。何らの破壊や流血もなく住人だけが消えている。


 焦りも募ってきた。具体的な残り時間がまったく不明なのだ。現在の停滞状況はどうなのか。既に到達点にあり、通常の人間がすべて停止しきっているにしても、この現状に説明はつかないが。


 自分達にしても、時間感覚などはとうに失っている。馬車で寝れるだけ寝たが、ランに遭遇する前から厳しい睡魔に襲われている始末だ。一体、旅に出てから本当ならば何日が経っているのだろうか。この眠気は何度目だろうか。胸の判定神紋を握りしめ、今しばらくの正気の保持を祈る。 


 気付いたら広めな一本道にいた。富裕層住宅が並んでおり、ちょっとした細い脇路地もない。前方三百メートル付近で通りが終わり、広場に出るようだった。


 もう数十メートルという地点で、入国以来はじめての人声を聞いたのである。骨でも折られたような女の悲鳴だ。


 何かがいる。とてつもない嫌な予感と、その源となる者達の気配を感じる。悲鳴がするまでは確かに空っぽだった空間に、突如として現れた大量の危険信号だ。


 無用な戦闘は避けたい。二人は反射的に家屋の敷地内に飛びこみ、本宅と別宅の間にある生け垣に身を隠した。そこから通りを見ていると再びの絶叫。忙しない息切れと共に複数の男女の駆ける足音が近づいてきた。


 五、六人だ。明らかに追われている。ここからでは通りの一部しか見えず、追っ手の姿を確認できない。つい飛び出そうとするダインをフーリンが押しとどめたとき、細薪を割るような音がした。続いて、降ってきた手足や頭部が石畳に叩きつけられる音が反響する。


 目の前で市民が斬られた。斬り手が見えなかったのは夜のせいだけでない。傍目にもまるで方法不明なもので、複数の人体が瞬でばらけてしまったのだ。


 フーリンも息を呑む。


 赤い光が死体を照らした。開いていた瞳孔が眩まされる。ぺたぺたと小気味よい足音に合わせて、二筋の光線が交わっては離れ、あちこちを舐めるように動き回っている。


 やがて視界に入ってきたのは、薄汚い緑づくめの男、否、首から上が鉄面で包まれているが輪郭的に男と思しき者であった。


 まず確かなのは、人ならざる者であること。体型が片時も定まらず、人間の幼児ぐらいかと思えば四メートル近い大男になったりもする。鉄面の奥からは、二つの点がやはり赤く輝くのだった。異族という気配でもない。では何だと様子を見ていると、男の身体は形状様々な縄状に分解。太いものは先が五指に分かれて死体を拾い、平たいものは下品な吸水音をたてて血液を啜りあげている。作業後の路面は、来たときよりも美しい。


 殺害と清掃。あれはまるで刑吏のようだ。緑色の服もその印象を強めた。拾った人体の皮を剥ぎ、肉を切り分けては懐にしまい込んでいる。


 人口減少の原因が分かった。エイリーの命令で市民を処分しているのだろうか。であれば、やはり神官か。


 ラン達とは雰囲気がまったく異なる。力を温存したい今、避けるべき相手だと経験則が告げていた。


 立ち去るのを待ってやり過ごすか。フーリンと目でうなずき合い、考えの一致を確かめた。幸い、まだ気取られてはいないようだ。


「そこの女ぁ、髪をよこせ。主人に横取りされる前に」


 すぐ背後からの声。跳ねあがる心臓より早く抜剣し、半ば闇雲に振るった刃は虚を薙いだ。隣からほとんど同時に放たれたフーリンの風も容易く受け流したのは、一本の縄。どちらかと言えば巨大植物の蔓の質感とも見え、膨らんだ先端部分には下卑た笑みをたたえる人面花がよだれ塗れで咲いているではないか。


「なぁ、いいだろ。その髪が欲しいんだ。色んな女を見たけどよぉ、こんなモンは初めてなんだ」


 人間であれば初老過ぎといった人面が赤らみ、よだれの流出量が増す。さしものフーリンも短く声を出した。あまりの不快感に足下への注意が散漫になり、二人揃って生け垣を踏み折る始末だった。


 振り返ると、清掃を終えて人型に戻った〝主人〟がゆらゆらと歩み寄ってきていた。人面花も舌打ちをし、その懐へ帰っていく。


「ばれちまったら仕方ねぇか」


 さっさと倒して先を急ごう。正面から対峙すると、敵の背丈が一メートル程度でにわかに安定した。気配は複数あった筈だが、他の勢力は一向に現れない。


 臨戦態勢をとるが、敵は力まず自然体という感じだった。そして意外な第一声。


「静かな夜だ。この姿で風を感じられるなんて、まったく希有な夜があったものだよ」


 やはり男の声。少年じみたキーの高さ。『この姿』とは神官としての本来の姿のことだろう。


「無駄話を聞く気はない。通してもらえないか」


「それこそ無駄な問答だ。私が了承する筈ないのだから……」


「ごもっともだ」


 喋りながら、さりげなく生け垣に長剣を沿わせていた。決着だ。そう思いかけたダインの手が動きを止める。いつの間にやら忍び寄っていた蔓に、柄も腕もまとめて縛りあげられてしまったのだ。


「お前達のことは知っている。ここに来る前からずっと見ていたよ」


「なんだと」


 空気の射出音。フーリンが消え、目にとまらない速度で距離を詰め、望遠鏡で男を打ち据えた。


 いかにも手応えの無さそうな音。男の衣服が失われ、鉄面が外れ飛んでいく。そして露わになったのは人型を成した蔓の集合体であった。それらが足下から路面をつたって多方面に走行し、また戻ってくる度に体格が増減しているようだ。方々から感じられる気配の数もそれに随時比例している。全てはこの敵の一部だったのだ。


 蔓が蠢いて搔き分けられると、芯とでも呼ぶべき中心部に、赤ん坊のような小人が佇んでいた。頭頂部からのみ生えた毛髪が徐々に変化、増大したものが全体の蔓となっているようだ。


 厳冬の水死体を思わせる、浮腫んで真っ白な肌。髪や着衣もなく、耳から耳までの単眼が顔面のほとんどを占める。白目や瞳の区別を持たず、丸い葉緑素の塊といった色合いだ。


「醜いだろう? 下手な異族より、ずっと」


「言うまでもありませんねぇ」と風を起こそうとしたフーリンが、突如として水の牢獄に囚われてしまった。前触れらしきものが皆無な水の法力である。恐るべき業前は、水を操るフーリンを見るかのようだった。


 フーリンは家屋ほどもある透明な箱のなかで、得意な風もおこせず藻掻くばかりとなった。全くの予想外という吃驚の表情だ。


「離しやがれ!」


 助けに行こうとする内にもう片方の腕も縛られ、後ろ手に封じられてしまった。敵ながら感服しそうになる早業。


「言っただろう、ずっと見ていたと。こうなってしまえば、単なる小僧と小娘だ」


 敵の手は紅葉よりも小さいが、左に緑、右に蒼白の〝手〟がはっきりと光っている。両利きだ。


「気味の悪い野郎だ。いつから俺達を監視していた」


「元々は偶然に見つけたんだがな」


 答えながら、どこかへ巡らせていた蔓を取り込んでいくことで、敵の体積が急激にボリュームを増していった。九メートル、十メートルと、ダインの村で戦った巨人のように膨張する途中、蔓に巻かれた市民達が引きずられてきた。必死に助けを求めていたが無情にも敵に吸収されてしまう。


 ダインは歯がゆい思いを堪えて唇を噛む。


「偶然見つけただと? フーリンの弱点を知ってるってことは……」


「あぁ、島種の時だよ。久しぶりに大物が現れたんで、ちょっと見に行かせたら怪しい鼠がうろちょろだ。マークしていたら、案の定ここまでやってきた」


 蔓の巨人が一本指を立て、ダインに向けた。ほつれ糸のように指先から伸びてきたのは、先ほどの人面花だった。「あー勿体ない」などと惜しそうに嘆く顔面がクリオネのように裂け、更に細かく分かれていき、ついには毛髪より細い繊維となってダインの周りを漂う。


「なんだこれは」


 フーリンはもう動かず、ぐったりと浮いている。ここまであっさりやられてしまうとは考えもしなかった。この心細さ。いかにあの強さに頼っていたかを自覚する。


 このままではまずい。今までの相手とはものが違う。額に脂汗が噴いた。


「この蔓は私の身体であり、目であり、耳でもある。無制限に届くわけでもないがな。せいぜい、大海の中心くらいまでだ」

「……そうかよ。自慢は終わりか」


 繊維をよく見ると、等間隔に黄色い点がある。感覚器官だろうか。


 ダインの焦りを知ってか知らずか、敵は語る。


「心配しなくても良い。お前ら二人は殺さず、判定神院との今後の駆け引きに使わせてもらうからな。もう二度と余計なことは出来ぬまま、死ぬまでラルタルで飼い殺されるんだ。他の形での生は許さない。それが我が主神であるトュール様のご命令だ」


「トュール……? この国にはエイリー以外の神がいるのか」


「いた、というべきだな。トュール様は先刻、単騎にてアスティリアへ向かわれた。そしてノルンと交戦し……」


 言葉に詰まったついでのように両足も縛られ、うつ伏せの宙づりにされてしまった。極細の繊維が肌を食いやぶり、滴りおちた血液を平たい蔓がじゅるじゅると啜り尽くす。


 痛みに歪むダインの顔を、葉緑素色の単眼で見上げていわく、


「最期まで本当に勇猛なお方だった……。盟友とは名ばかりのエイリーのため……よりにもよって、あのノルンを相手に」流れ出す涙までが、葉の煮汁然としていた。今は亡き男の姿を空に仰ぎ見ているのか。自分の世界への没頭。「強いだけではない。この醜さ故に、天界でも忌避され迫害されていた私を拾ってくださった。この力が必要であると……言ってくださった……それなのに!」


 にわかに語気が強まると、緊縛もきつくなった。骨と筋肉の圧痛に、叫ぶのを我慢できない。敵の怒気はとどまるところを知らず、真っ白な矮躯が茹でられたように赤らんできた。


「なにが悪神か! 救世などという馬鹿げた理想に付き合い、利用されていただけのトュール様がなぜ悪いというのだ! 間違っているのは貴様らと〝世界そのもの〟だ。我々をもてあそび、追い詰めた、この世界の全てが狂っている。私に言わせればこの星に存在価値などありはしない! 滅んで然るべきなのだっ!」


 フーリンも水から引き上げられ、ダインの隣で懸吊された。


「おい、フーリン!」返事はない。呼吸が停まっている。「しっかりしてくれ!」


「仲間を気に懸けている場合か!」


 視界が急転。凄まじい重力に思考が吹っ飛び、石畳に叩きつけられて目が覚めた。額が割れて鮮血が流れ、眼球を塗りつぶす。夜が赤く染まった。


 次は家屋の屋根にぶち込まれた。木材と共に室内に落下し、テーブルの天板を砕いて背中から床に着地。衝撃で肺の酸素が排出され、それきり息が出来なくなった。さんざん振り回されては家具類で全身を強打した挙げ句、今度は壁にぶつけられ、突き破って外に出れば再びの宙づりだった。


 頭の先から爪先まで、無傷の部分がほとんどない有様。布鎧も大半が失われ、剥き出しになった肢体は痣と裂傷のオンパレードで、もはや素肌が見えないのだった。特に頭部が酷く、早い流血が滝となって足下から落ちていく。


 同じ目に遭ったらしいフーリンも、ズタボロのまま相変わらず動かない。


 ――どうすればいいんだ……!


 剣を振り、枯れ葉の一枚でも斬れれば敵は細切れだ。これまでも同じだが、あの力があればこそダインは強者たり得、フーリンも協力を求めてきた。死ぬほど恨めしく思っていたものに助けられ、縋り、いつしか自分本来の実力であるかのように錯覚していた。あまつさえ、それを封じられた今、どうにかしてあの力を使おうと考えている。他の解決策など考えようともせず、実際に他の手はない。ダインはどこまでも無力な男にすぎなかった。


「弱すぎるぞ。私程度にこの様を晒す貴様らが、神を相手にどうするというのだ。ノルンの頭も老いぼれたようだな」


「黙れ……まだ終わっていない」


 拘束を解こうとすると、手足が千切れそうになるばかりだ。


「どう見ても終わりだろう。馬鹿の一つ覚えの風使いと、『魔剣』を持っただけの雑魚。ノルンに乗せられて死地に赴いた、愚者二人の墓場へようこそ」


 出血多量。体温が下がりきり、侮蔑の言葉が遠のいていく。






 タラジャスク城塞主塔、居住階。


「無能共が!」


 女が突き飛ばされ、柱に頭を打ちつけて昏倒した。


 心臓を押さえ、今にも息絶えそうなエイリーがベッドカーテンを引きちぎる。骨の形がはっきりと分かる腕で卓上のものを落とし尽くし、掛けてあった絵画などは叩き割られて無残である。


 領主の狂態を遠巻きに見守るのは、領主家族を演じてきた者達、侍従や侍女などが十名ほど。いずれもエイリー及びトュールの神官だった。


 先んじて一歩前へ出て進言したのは、エイリー奥方役のマリーだ。黒髪と白肌が美しいだけの、敢えて特徴を削ぎおとした美女。


トュールを見送った時と同様に、弱々しく物憂げだが明瞭な口調でものを言う。


「エイリー様、どうか怒りをお鎮めください。私どもでは、とてもではありませんがトュール様をお止めすることなど……」


「そんなことは聞いていない!」長い髪を掴んで引き倒す。マリーはされるがままだ。「僕の質問に答えろ。トュールは今どこにいるんだ。なぜ黙る!」


 口をつぐむマリーの顔を感情まかせに踏みつけた。エイリーの小さな足が打ち落とされる度に鼻が折れ、唇が裂けてもマリーはただ物憂げであった。


 暴力は長く続かず、大汗をかいたエイリーはすぐに膝をつく。そして、本当は聞くまでもなく分かっている答え、どこからも盟友の気配を感じない虚ろな世界で呆然とした。


「どうして行ってしまったんだ……。僕を置いて、ノルンなんかの所へ」


 立ち上がろうにも、枯れ枝のような脚から筋力は消えていた。手を貸そうとする侍従を目で制し、床に額を埋めた。


「あんなものを正面から相手にして、ただで済む筈がないじゃないか。トュール、君だって分かっていただろう。逆らえなかったのか……大いなる流れに」


「エイリー様……」


「君がいなくては、世界の安寧を勝ち取っても無意味だというのに。もう会うことはないのだな。僕が寝ている間に、勝手に別れを済ませるなんて。万年の友情の最後が、こんな結末だなんて」


 気遣わしげにこちらを見るマリーの首を鷲掴みにし、床に押しつける。


「全ては奴が悪い。奴にとって何らかの不利益になるのであろうこの世界を、永遠に残し続けてやるんだ。奴がどんな企みをしようとな……! この動力神を傀儡にせんとした報いを受けさせてやる」


 マリーは何も答えなかった。


 エイリーが姿勢を保てなくなり大の字に倒れると、戸口の隙間から蔓が入り込んできた。それは見る間に寄せ集まり、とりあえずの人型を成す。


「このような形にて失礼いたします。エイリー様にご報告がございまして」


「何かと思えばディーロか。まさか、人間に手を出してはいないだろうな」


「……ご冗談を。私はトュール様の意思を継ぐ者であります。本題ですが、つい先ほど二名の侵入者を捕らえました。ノルンが遣わせた神官です」


 エイリーは天井を見つめたまま、顔色を変えもしなかった。


「そうか。やっぱり、そんなものか。お前程度にも敵わない雑魚だからこそ、〝世界そのもの〟もトュールをアスティリアに向かわせたんだね。彼がいなくても、滞りなく動力停止が完遂すると踏んだのだろう。とんだ虚仮おどし……。ノルンの力に比例して神官も脆弱に成り果てた。それも、たったの二人だなんて」


 天界でのノルンの姿が思い出される。位の近い神は少ないため、何度か話したことがあるくらいの間柄だった。エネルギーの塊、憧れの象徴とされたあの頃の自分に負けず劣らずの女傑。地上に降りてからも人間というものを受け入れ、愛し愛された。そして、恐らくはそれ故に――


 ――弱くなったのだね…… 


 盟友を追うようにして消えた気配の名残が、胸のどこかに影を落としている。自信と気弱さが同居した、つかみ所のないはにかみが。


「どうされましたか」


「うるさい。捕らえた二人はどうした」


「モスティーユ牢獄の最上階に収監しております」


「折を見て命令をだすから早くさがれ。お前の〝中身〟を思い出すと吐き気がするんだ!」


 明白な八つ当たりだった。あまりの言い様に、周りの者も同情の目を向けた。


「……大変申し訳ございません。では」


 ディーロは戸口の隙間へ消えていく。


 息切れが酷くなる一方だ。侍従や侍女は黙って見ている。手でも貸そうとすれば殺してやる気でいた。


 鼓動が速い。毒を注入されているかのようだ。


 ――問題は何もない。あとは停止を待ちながら、〝世界そのもの〟の出方を窺うだけだ……!






 タラジャスク城塞から、ほど近い路上。


「主人、さっきはよく我慢したな」


 人面花がせせら笑うが、ディーロは無反応だ。呪詛を吐きながら前を睨んでいる。


「やはり許せん……」


「どうしたよ」


「エイリーは昔からそうだ。醜い者を蔑み、ゴミのように扱う。盟友の神官であってもだ。トュール様が討ち死にされたばかりの今でさえ、あの方の右腕だった私に対して聞くに堪えぬ言葉を投げかけるとは。奴は結局、自分以外は都合の良い道具だとでも思っているのだろう」


「そうかもなぁ」


「トュール様の意志を継いで奴に従ってはみたが……やはりもう無理だ。このままでは主神でもない愚物に虐げられた挙げ句、護る価値なき世のために戦わされ、死ぬだけではないか。道具として使い潰されるくらいなら、いっそのこと計画に抗ってやる」

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