夏の海辺
照りつける太陽が暑く、手頃な岩場の陰に腰をおろす。小さな入江のようで、他に人は見当たらない。静かで涼しい、とてもいい場所だ。
この時期、海は水着の男女で埋め尽くされる。海水浴は夏のビッグイベントと言ってもいいだろう。
私はこの時期が好きだ。暑いのは嫌いだから、クーラーの効いた部屋でダラダラするのも悪くない。だが、それだけではもったいない。だから私は毎年海に来る。誰かと遊ぶ訳では無い。
遠くの方で賑やかな人々の声が聞こえる。私は遠くからこの声を聞くのが好きなのだ。きっと遊ぶのも楽しいだろう。けれどこれには勝てないと思う。なんというか和む。
目を閉じれば色んな音が聞こえてくる。
ザザ〜、ザザ〜。
ちゃぷちゃぷ。
さよさよ。
わ〜きゃ〜。
私は目を閉じたまま砂浜に倒れ込む。ヒンヤリしていて、気持ちがいい。このまま寝れてしまいそうだ。
ザザ〜、ザザ〜。
ちゃぷちゃぷ、ちゃぷ。
穏やかな波の音が眠りを誘う。
ザザ〜、ザ、ザザ、ザザ〜。
ちゃぷ、ちゃぷちゃぷちゃぷ。
不規則なのが逆に良く、今にも寝てしまいそうなくらい睡魔が襲う。
ザザ、ザ、ザザザ、ザザ、ザー。
ちゃぷ、ちゃぷ……ざく、ざく、ざく
とうとう睡魔に耐えきれず、私の意識は静かに眠りに落ちた。
「ザザ、ザ、ザー」
「ザザ」
ざく、ざく、ざく……ずる、ずるずるずる。
八月八日。人々で賑わう浜辺でこの日、一人の女性が行方不明になった。警察は寝ている間に波に飲まれてしまった、と結論付けたが、誰もがそうではないことは知っている。現場には海に続く何者かの足跡と何かを引きずった跡があったのだから。
「皆さんも夏の海辺で一人になると、海に引き込まれてしまうかもしれませんよ?」
俺が話終えるとみんなが口々に、こわーい、とかうっそだー、とか言い出す。どうやらウケたようだ。──と。
ザザ〜、ザ、ザザー。
「……なんか今変な音しなかった?」
「何言ってんだよ? 自分で話して怖くなったか?」
気のせいだと言われた。まぁ、怖い時に音とかに敏感になるのは怪談の定番か。
「ちょっとトイレ行ってくるわ」
「おう、行ってら」
話に夢中で気が付かなかったのか、周りは少し肌寒くなっていた。
「ザザー、ザ、ザザー」
「なんかあいつ遅くね?」
「道に迷ってんじゃねーの?」
「しゃーねー、俺見てくるわ」
付近を探したが、あったのは複数の足跡だけだった。
「ザザ、ザ、ザー」