みそか
私はカレンダーの妖精だ。
名前は31と書いて、みそかと、読む。
特に、年の最後の31なので、他の月の31と違って苗字をもらった。
姓は大と書いて「おお」
名前も、特に、漢字をもらっている。
晦日とかいて「みそか」
大晦日…と呼ばれている。
特別の名前をもらってはいるが、カレンダーとしては寂しい妖精だ。
7月の31日は、カレンダーを破り忘れて1週間も飾られているし、
8月の31日は、子供達におしまれる。
しかし、大晦日の私は、いつだって、お昼も過ぎないうちに壁を外され、散らかった部屋の隅で、新しいカレンダーの誉め言葉を聞くはめになるからだ。
今年も、忙しそうな人の足音とほこりにまみれて、新しいカレンダーが、私の場所を占拠するのを悔しい思いで見つめていた。
大晦日。
私は、人々に尊敬され、忘れられる事の無い妖精のはずなのに……
いつも、私の日が来ると、何やら寂しくも感じる。
日がくれて、私の日も静かに終わる。
温かな、そばの汁の薫りが部屋に漂い始めた。
年老いたこの家の女主人が、思い出したように私を手にする。
そして、やさしい笑顔で私を撫でると、丁寧に私を引き剥がした。
「最後の仕事を…お願いね。」
女主人は、かすれた声で私に話しかける。
そして、神棚のお札のほこりをはらうと、大事そうに私に包む。
私は、老婆と雪道を歩く。
遠くから、子供達の声が、足音が聞こえてくる。
寒風に吹かれながら、老婆の手の温かさを知る。
老婆が歩く横で、『コーヒールンバ』に合わせて彼女の横を生まれ年の辛丑が踊る。
赤ん坊の彼女を抱いて、母親が連続テレビを風呂屋で見たことを嬉しそうに思い出す。
『トップ・オブザ・ワールド』に合わせて癸丑がタンバリンをならしている。
オイルショックでトイレットペーパーと世界を心配したこと。
007の映画に憧れて、階段を飛び降りて怪我をしたこと。
『ミ・アモーレ』に合わせて、乙丑が跳び跳ねる。
初デートで『バック・トゥ・ザ・フューチャー』を見に行ったこと。
『セロリ』に合わせて丁丑が笛をふく
仲良しのママ友が出来て、よくカラオケをしたこと。
『化身』に合わせて己丑が叫ぶ。
マイケル・ジャクソンの突然の死を
そして…再び現れた辛丑は、やさしい顔の老人に姿を変えて、老女の隣を並んで歩く。
社の灯りが近づいて、屋根に降り積もる雪が風に流れる。
老女は人混みに押されながら、すみわたる夜空を見上げた。
雪が舞う、満点の星空に、一筋の流れ星。
「再び会えて、楽しかったよ。お別れだ。さあ、次の物語を始めなさい。」
辛丑は、そう言って、老女の背中にこびりつく、悪い精霊をとる。
すると、彼女は子供のような若々しい笑顔で私ごと古いお札を納める。
一年、守ってくれてありがとう。
彼女の言葉に、私は、少しだけ温かな気持ちになる。
私は、ここで立ち去る。 あの流れ星のように、彼女の心に新しい思い出を残して。
少し、不満もあるけれど、やはり、大晦日で良かったと思う。
読んでくれてありがとう。
これは、還暦という日本の暦の物語です。
日本の昔の暦では、十二支が巡り、60年で一つのサイクルが終わります。
ので、60歳を還暦として祝うのです。
織田信長は人生50年と、うたいましたが、80年人生と言われても、60年、
自分の干支と人生を歩むことは、大変です。
60年前の丑年に、ラジオから流れるコーヒールンバを聴いて育った赤ちゃんも、
今年で60歳。
人生、一区切りです。
物語の精霊も、女主も、新たな暦を歩き出します。