一人で歩き続けていた男
一人で日本中を巡って神社の形跡を見つけては、武本に呪いをかけた神様を探していたのか、と気が付き、俺は珍しく憐憫の情が湧いた。
自分を忘れ去られても、いや、忘れ去られたからこそ、彼は自分の親族達の呪いを解こうと一人で歩き続けて来たのかと。
なんと孤独な生きざまだったのか、と。
「車を動かしてくれ。俺達は帰るし、どうでもいいからね。」
「どうでも良くないでしょ。」
「どうでもいいよ。クロは呪いが外れた時点で死ぬ。だから解く必要なんてないんだよ。それでな、別の神様に武本の当主が八十くらいまでは生きて行けますようにって願でもかけりゃあいいのさ。同じように当主がいる限り栄えますように、も付けてさ。知り合いにご利益のありすぎる神様がいるだろ。和久には頑張って子供を沢山作ってもらって、そのうちの一人を神主として白波に納めりゃ白波は大喜びだろ。薄くても、白波の血がちゃあんと入っている念願の身内の神主の誕生だ。」
彫の深い二十代の男が、みるみる何時もの丸顔の初老の男の顔に戻ったが、ぷうっと頬を膨らませてその狸のような顔をさらに狸らしくして俺を睨んでいるのである。
「何だよ。」
「僕のここ数十年のライフワークが全くの無意味だったって教えてくれてありがとう。」
俺は武本らしい間抜な妖怪にニンマリと微笑んで、もう一人で歩き続ける必要の無くなった彼にネタ晴らしをしてやった。
「こりゃあな、あの糞ババァの提案だよ。あの女はそのために和久を煽って結婚に持っていったんだそうだ。和久の子供が早ければ早いほど、玄人の寿命を伸ばす助けになるだろうって。なぁ?クロ。お前の母親は蛇神様そのものだったんだよなぁ。」
震えていた子供がようやく少し落ち着いてフフっと笑い声を上げ、反対に三厩は少々暗い声を俺達に返して来た。
「この子がいじめに遭っていてもあの紗々さんが何の力にもなれなかったのは、彼女も玄人も他所の神様の血を引くからと、土地神様に排除されていたからかもしれないね。」
「俺の着物に必死でしがみ付いてブルブルと怯えているのは、昔は神域だった場所で、俺には見えない攻撃をここの神様から受けているからなのか。では、怖がるこいつの為に俺が今すぐ経を読みますよ。三厩さん、脅えているウチの子をしばらくあやしていてください。」
三厩は玄人を受け取ると、彼の背中を優しく撫で始めた。
よしよしと、祖父が孫にするように。
彼は妖怪となったことで、孫やら子供やらの関わりも失ってしまったのだと思い当たり、俺は彼との出会いを思い出していた。
俊明和尚にアルバイトを探せと言われた時、俺は彼が俺に同性代の知人を作ることを願っての物言いだった事も気が付かず、とうとう彼にも見放されたかと、実はかなり落ち込んでしまっていたのだ。
そんな途方に暮れていた俺に、好々爺の風情で彼の道場の手伝いに誘ってきたのは、彼こそ人寂しいが故だったのだろうか。
「クロ、こいつは凄い爺の妖怪だからよ、おじいちゃんって呼べばいいぞ。」
「本当にお前は俊明さんによく似た糞坊主だよ。」
「最高の褒め言葉ですよ。」
俺が経を終えるや局地的な大雨が雷を伴ってこの建物を襲いはじめ、俺は溜息をつきながら諒解した。
白波の邪神がまたひとつ陣地を増やした模様であると。
俺は白波周吉の「神社の面倒から早くお役御免したい。」が、実は本心のような気がしてきた。
妖怪は元気を取り戻した玄人を脇に、ベランダの窓から降り続ける雨を眺めていた。
その姿は当主と当主を導くガーディアンなどではなく、単なる祖父と孫娘にしか見えなかったが。
(終わり)




