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変わった関係

 玄人は背中に「百目鬼組」とプリントされた青灰色のツナギを着ているが、そんな姿でも美しく、俺は彼を今すぐにでも抱きしめてどこかに連れて帰りたい衝動に駆られるほどだ。


 美しく少し癖のある黒髪は、百目鬼の見立てによって顎の辺りに揃えられ、シャギーを入れられたふわふわとなっている。

 その計算された巧みなカットによる髪型は、彼の美しい顔をさらに際立たせてもいるからである。

 結局俺は、百目鬼が作り上げた幻影に懸想している馬鹿者なのか。


 俺が見つめるその目の前で、玄人は……いつもと違っていた。


「このカップはお客に触らせない場所に。一客しかないですから、見本です。使わせるのは僕が書いたAからCの箱の、武本で販売しているもの、かつ買い替えが可能なものだけにしてください。」


「店内の明かりをあと二段階ほど絞って。明る過ぎると色が飛ぶ。」


「服飾品はイートインから遠ざけて。そんなに思いっきり出さなくて数点だけ見せる様に展示して。少なく並べる事で特別感が出るでしょう。売る商品というよりは商品見本だと思って展示して。お客にはテーブルに設置したパッドか自分のスマートフォンで武本物産のサイトを閲覧させてそこで購入していただきます。買い物をしなくても、こちらには新規のアドレスが手に入る。」


 俺の目の前の玄人は、それも偉そうな命令口調で、様々な注文やら指示やらを飛ばしており、俺をくどくど偉そうにしかりつける時と似ていた。

 細々ではなく五月蝿い位だ。

 俺はほんの少しだけ心の中がほぐれ、その偉そうな怒りんぼにクスリと笑いを零していた。


「いらっしゃい。山口君。」


 スタッフ二名に煩い玄人の姿に、青森から上京した玄人の父方の従兄の武本たけもと和久かずひさが俺と同じようにして目を細めて微笑んでいた。


「あ、お久しぶりです。」


 和久はそれほど身長は高くは無いが、陸上選手だったからか筋肉質で引き締まった均整の取れた体つきをしており、東北独特の彫の深い顔立ちをした見た目の良い男である。

 俺の好みではないが。


 今回のこの店は若者を武本の新規顧客として開拓するという目的があるため、彼が立ち上げた若者向け人気ブランド「イザック」は必要不可欠であり、彼の相棒のジュエリーデザイナーのクリスティーナ・モルファンも店の立ち上げに参加している。


 小柄な彼女は自分よりも身長の玄人を「煩い小豆こまめ」と姉のようにからかいながらも、一生懸命に店内を装飾していた。

 金髪に翡翠のような緑の瞳を持つラテン美人だが、外見からは想像もつかない乱暴な言葉遣いをする人で、藤枝の親友らしいのでその言葉遣いには納得だが、海外旅行の好きな藤枝が行く場所はアジア限定だ。


 どこで彼女達が知り合ったのだろうと考える目先で、クリスティーナは飾りを固定させるのに四苦八苦していた。


「おい、カズ。これを飾るのにお前も手伝ってよ。あたしじゃ届かないだろ。」


 俺が彼女の側にいたので手伝おうと手を伸ばすと、玄人が俺を呼んだ。


「淳平君は僕の側でしょう。」


 俺が独占欲の強い恋人の側にいそいそと向かうと、和久がモルファンから装飾品を手渡されている光景が目に入った。

 夫婦のように気安い二人。


「淳平君。僕はあの二人をこの機会に纏めたいから、君は余計な手を出さないで。」


 玄人の言葉に彼の隣の由紀子は小さく笑い、俺は目を瞑って数秒数えた。

 玄人は時々人を人と思わない酷い物言いをするのだ。

 俺限定で。


「おう、なかなか纏まってきているじゃねぇか。由紀子、この荷物はいっぺん物置か?」


 百目鬼の登場である。

 百八十を越す俺と同じくらいの長身の彼は、彫刻のように完璧な造型の貴族的な容姿を持った美僧である。

 色素の薄い瞳は太陽光が入ると痛いらしく、昼間は丸い黒眼鏡を愛用し、今も作業用の玄人とお揃いの、彼の背には「百目鬼組」のプリントは無いが、ツナギに黒眼鏡姿で僧には絶対に見えない姿だ。

 先日俺を公園に呼び出して俺を調伏した姿でもある。

 彼の姿を目にした途端に、俺の背中にじんっと何かが走ったのは錯覚だ。


「良純さん。えぇ、お願い。重いのに運ばせてごめんなさいね。」


 頬を赤らめ少女のようにして、由紀子が微笑んだ。

 呼び捨てにされても怒らない辺り、彼女もこの鬼に籠絡されたのであろうか。

 あいつは手当たり次第の歩くカーマスートラだ。

 だからって、節操がなさすぎるだろう!


「良純さんは武本関係殆んど全部呼び捨てです。」


 俺の疑問をテレパシーで受け取ったような回答だった。

 玄人は自分に共感力がないと悩み苦しんでいた頃もあったのだ。


 共感力がない彼が俺の考えを読めるのならば、やはり俺達が一心同体になれたからだろうかと、俺に一瞥もせずに客用のテーブルと椅子に夢中になっている玄人の背中から臀部へのラインを目で追い悦に入った。


 彼は俺だけのものだ。


 ガタンと音がして音の方を見上げると、百目鬼が箱を持って上階の物置に向かう姿だった。

 彼は俺が玄人と完全に結ばれて以来、俺へどころか玄人にもちょっかいをかけてこなくなった。

 それどころか休日に彼から家事を教えてもらう予定だったというのに、彼はその約束を反故にしたのである。


 俺達の親密な様子から一目で一線を越えたと気が付いたからか、彼は「明日迎えに来る。」と言い捨てるや玄人を置き去りにしたのだ。


 それならば、「俺達を放っておけ。」の懇願など不要だと思うだろう。


 情けない事に、俺達は百目鬼のこの無視が何よりも辛いのだ。

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