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失った時の慟哭を知るためにあなたをその手にかけるべきか(馬13)  作者: 蔵前
十九 時間を巻き戻しても私はこの人生を選ぶ
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どいつもこいつも酷い奴

 玄人の帰りまで居間で山口と転がっている訳にはいかないと、俺は奴に外出を提案した。

 すると、胸元を肌蹴させて頬を上気させた男は眉根を寄せ、なんだかし寂しそうな顔つきをするではないか。

 こいつは構い方を知れば知るほど可愛い奴だと、俺は心のうちでチラリと思った。


「苗を買いに行くんだよ。近所の植木屋から苗が入荷したって連絡があったからな。お前の木なんだからさ、自分で選びたいだろ?」


「俺の木?」


 俺は居間の庭側の襖を開けて廊下に出ると、障子戸を引き庭が見えるようにしてやった。


「ほら、ボケが見えるだろう。元々のこの家の持ち主の俊明さんが妻と植えてな、子供が増えたら一本ずつ増やそうって。今は俺とクロの木が増えて四本だ。」


 山口はのそのそと立ち上がり縁側である廊下へと出て俺の横に立ち、そこから何か憧れにも似た視線でもって、縁側のガラス戸から庭のボケの木を眺め始めたのである。

 庭にある四本のボケの木は、手前の玄人の木だけまだ小さくちょこんと生えており、頼りなげな雰囲気だ。


「俺の……木も?」


「嫌ならいいけどさ。お前はウチの子になるんだろう?それでな、クロと俺はもう一つ約束があってな、どちらかが死んだ時には生きている方が死んだ奴の骨をちょっとボケの根元に埋めちゃおうってね。死んだ奴がずっとこの家にいられるようにさ。嫌か?」


 俺と同じ位の背の高い男は、みるみると幼児ぐらいに小さくなった。

 しゃがんで膝に顔を埋めたのだ。

 顔を埋めたまま、しょう、と呟く声が聞こえた。


 ちくしょう?


「……行きましょう。今すぐ!良純さん。俺に、俺の木を買って下さい。」


 しゃがんだまま顔を上げ、俺の僧衣の裾を掴んで俺に木を強請る山口の姿は小学生の子供のようであり、俺は自分の顔が自然に緩んだ事を感じた。


「いいよ。」


 そして俺達は植木屋へ向かい何事もなく帰る予定だったが、何事も無くはなかった。


「何やってんの?お前ら。」


 楊だ。

 世田谷に住む婚約者宅に詣でる途中の楊に、植木屋の前でばったり会ってしまったのだ。


「あ、かわさんもこっちですか!俺のゴンタの世話は!」


「お前は酷い奴だな。我が家に葉山がいるのを忘れたか!」


 葉山って自己保身のために鬼畜になってしまったのかと、俺は山口と楊の掛け合いを見ていたが、楊はそれほど山口を揶揄う気はないようで、くるっと俺に顔を向けた。

 なぜだかとっても期待溢れる顔をしている。


「ねえ、植木屋さんって、お前と山口の組み合わせで覗きそうもないとこだよね。」


「お前って、無駄な時ばかり勘が働く刑事なんだな。」


 俺は湧き出る嫌な予感とともに「苗の話」を楊に喋ってしまい、自分の第六感は信じるべきであると深い後悔と共に学習することとなった。

 俺が心の声を無視したばっかりに、我が家の庭のボケの木が六本になってしまったのだ。


「なんだか、苗を買いに行く前の高揚感やら苗への特別感などが、霧散してしまった気がします。」


 庭に植えた自分の苗を見下ろした山口が、事務的な言葉遣いをするほどだ。


「言うなよ。俺も酷く失敗したような気がしているのだからさ。」


 俺も良くわからないが、俺達の話を聞いた楊も苗を買って我が家に付いて来ると、勝手に山口の苗の隣に自分の苗を植えて帰っていったのだ。


「かわさんって。彼はもしかして良純さんのことを想い続けているとか?」


「やめろ、淳。あいつは自分が仲間外れが嫌なだけだ、きっと。――だけどさ、そんな気配があったらお前が奴を落とせよ。」


「えぇ?」


「俺は異性愛者だからな。楊が俺の事を好きでも相手をしてやれないと可哀相じゃないか。だからお前がかまってやれ。」


「えぇ?」


 俺が山口を庭でからかっていると、ようやく玄人がネイルから戻って来た。

 山口には二週間ぶりの玄人の姿がまぶしいのか、彼は憧れのものを見る目で玄人を見つめているが、頭に俺の作ったトンボ玉の髪飾りを幾つもつけて喜んでいる馬鹿である。

 そして、山口が賞賛する玄人は留守の間に変わった庭を見て、美しい顔をぐしゃっと歪めるや、本気で嫌そうな風に呟いたのだ。


「ボケの木が多過ぎる。余分なのを抜きたい。」

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