白波は毒蛇の巣
白波周吉こそこの事態を把握して、遠方からコントロールしていたはずだと、百目鬼は言い切った。
「いや、最初から奴の企みだったかもしれねぇ。武本と大喧嘩して最愛の孫から遠ざけられる結果になっても、娘の葬式はヤツが出すと遺体を強引に持ち帰ったらしいからな。武本家は勿論、白波の連中も奴以外の人間は、沙々の遺体を見ていなかったらしいからね。クミとユキによるとね。」
そうすると、周吉自身が平坂達の培養管に娘のボロボロの遺体を納めさせたかもしれないとの仮定も成り立つ。
平坂は玄人を殺そうとした死人だ。
百目鬼が周吉に憤懣を抱くのは、周吉と平坂が繋がっていたかもしれないという可能性を捨てられないからだろうか。
だが、大体の親は誰しも子供の死は受け入れられないはずだ。
周吉は必死で、それこそ藁をも掴む気持ちで平坂たちの培養管の中に沙々の遺体を投げ込み、平坂は平坂で、その時に武本の五十年の呪いを持つ玄人を知ったのだとしたら。
「あいつは平坂みたいな死人の一人か二人は飼ってそうなんだよな。」
愛した人の祖父が糞野郎に違いない、そんなコメントは聞きたくない。
俺は周吉に闇があろうが知らない事にして、話題をほんの少しだけずらすことにした。
「ですが良純さん。沙々さんが生き返ったって、そんなに周囲にすんなりいくものなのでしょうか?」
「沙々は怪我が元で息子と同じ記憶喪失で療養していたを通すんだってさ。玄人の親父とは事故前に離婚していた書類を作り上げてな。」
「武本は、あのクロトの武本の祖母は何も?」
「あのババアは武本よりも白波側の女だからな。おまけに玄人の父親の再婚相手、あの継母が沙々を線路に落とした奴だろう。武本が白波に口を出せないさ。あんな人が良いだけの一族が、阿漕な毒蛇一族に振り回されて可哀相に。」
冷酷非情な百目鬼が憐憫の情を武本家に抱く姿を目の当たりにして、俺は白波家の恐ろしさを知った気がした。
「加瀬はそんな人達に飲み込まれて可哀相ですね。」
「あぁ?加瀬こそ上手くやった奴だよ。」
早坂辰蔵は加瀬を一目見て、遠い日に亡くした息子にそっくりだと即効で彼を養子にしてしまったそうだ。
彼は現在早坂聖輝と名乗り、早坂に与えられた都内の高級マンションに沙々と入籍して暮らしている。
火事で亡くした両親の保険金目当てで親族に無理矢理養子にされ、成人した途端に「実の子に財産を譲りたい。」と養子を解消された男だ。
彼はだからこそ培養管の中の沙々に縋り、俺達を裏切ってでも彼女を連れ去り逃げたのだろう。
沙々だけは彼を望み、彼を捨てない彼だけの女性であったのだから。
「加瀬は可哀相にって、復活した沙々に会った髙は本気で加瀬を哀れんでいますよ。」
「妖怪の話に誰よりも早く乗って唆したのは髙だよ。あいつは好きになった奴をもっと不幸にしてもっと好きになろうと画策する奴だからさ、本当に危険な男だよな。お前も気をつけろよ。」
百目鬼の言葉に、親友の葉山が髙に「警察庁復帰」をちらつかされて、女性陣の機嫌を取るための生贄に選ばれた事を思い出し、話題を変えようと口を開いた。
「それで、そんなに凄い母親だったのですか?」
「凄いどころか魔物そのもの。アミーゴズは新しい神棚を運んできた時に低身低頭に俺に謝ってきてな、あのババァに玄人を染められないように一緒に頑張りましょうって。俺は吃驚だよ。加瀬が神主になったら新潟に閉篭る羽目になるって、加瀬を早坂に引き合わせて養子に押し込んだのも沙々だしな。結果としてアミーゴズは大喜びだが、念願の身内の神主候補を失った白波の親父達は頭を抱えているそうだね。」
「え?」
あの達筆で誠実な手紙に書いてあった、反省を込めて神主となり人に尽くすって、嘘?
俺の驚いた表情がおかしかったのか百目鬼は軽く笑う。
「言っただろう?加瀬は上手くやったと。加瀬は神主にはならないよ。早坂の息子としてこれから海外を駆け巡るんだそうだ。生き返った沙々がおとなしく倹しい生活をすると思うか?加瀬とこれから面白おかしく暮らすんだとさ。」
百目鬼にそう語った沙々は、命を与えられて本来の美貌を完全に取り戻していた。
灰色の髪は真っ黒な色を取り戻し、黒く長い睫毛に縁取られた黒曜石の瞳が生気に輝く。
「まぁ、好みかもしれないがな、俺はクロの方が美人だと思うな。目の形がクロの方がつぶらで大きくて可愛いんだよ。」




