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失った時の慟哭を知るためにあなたをその手にかけるべきか(馬13)  作者: 蔵前
十九 時間を巻き戻しても私はこの人生を選ぶ
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玄人は帰還したのだが

 俺の玄人は俺の知っている通りの女体化した姿で再び目覚めた。

 まず、彼の眠るベッドの上にて、金粉が舞っているような眩しい竜巻が突然と起こり、玄人の体に刺さったように見えた。

 その風は玄人の体をこじ開けるようにして、ドリルが回転するかのようにグルグルと勢いを増していった。


 俺と楊は風に押し退けられる、ベッドの下の床にへたりと座り込んだ姿で、風から身を守るように互いを抱き合って脅えているしか出来なかった。


「きゃうん。」


「何?」

「何なの?今の。犬の鳴き声もしましたよね。」


 俺は基本見えない人の楊にまで今の現象が見えていた事に驚きながら、毛むくじゃらの珍獣になった玄人に目を向けた。

 数秒前と変わらず何も起きていない様に横臥する、俺の最愛の恋人だった彼。

 髭のある頬を触れられずに、病衣の上から胸にそっと手を置いた。


「クロトが!元に戻っている!」


 俺の素っ頓狂な声に楊は驚き、そして、玄人はゆっくりと目を開けた。


「あ、かわちゃん。それに、淳平君も。」


「チビ、起きたか。起きたなら俺が髭を剃ってやろうか?」


「ひげ?ひげなんか僕は生えた事が……。」


 無意識に頬に手を当てた玄人は、目を大きく見開いて、俺が初めて聞いた声を出した。


「うきぃやあああああああああああああああああああ。」


 俺も楊も玄人がこんな大声を出せる事が知らなかったがために、耳にかなりの痛手を負う事になった。

 頭まで痛くなる叫び声である。

 そんな叫び声が延々と続いているのだ。


 バシっ。


「うるせぇ、チビ。音響爆弾かよ、お前は。」


 楊がすかさず頭を叩いた玄人は、こん睡状態からたった目覚めたばかりの病人だったはずだ。

 俺は分け隔てが無さ過ぎる楊に、かなり尊敬の念を抱いているかもしれない。

 頭を叩かれた玄人はモフっと布団に隠れ包まると、布団の中から俺達に叫んだ。


「良純さんに!」


「百目鬼がどうしたって?」


「お母さんが良純さんと一緒にいるから、電話して聞いて!僕が変な体になったって、お母さんに言って!」


「お前の母親は死んだんじゃなかったのかよ。継母の方か?」


 楊は眉根を顰めながらもスマートフォンで百目鬼に電話をかけ、玄人の頼んだ事を含めて百目鬼としばらく話すと、眉間が陥没するような表情をした顔で電話を切った。


「どうしたのですか?」


「わけわかんねえよ。とにかく、チビは毛は剃るなってさ。自然に毛根ごと抜けるに任せる事で、犬神の呪いによる男臭さが全部毛と一緒に抜けるんだそうだ。なんだそれ。」


 俺は楊の「男臭さが抜ける」の一言で安堵した。


「大丈夫だよ、それくらい何てことないよ。しばらく我慢しよう。」


 俺は嬉しさの余り、布団から無理矢理に玄人を引っ張り出して抱きしめた。

 だが、二日ベッドで寝たきりだった男の汗臭さと頬に当たるまばらな髭、おまけに両腕両足の渦を巻いた無駄毛を目にした事で、何時もよりも玄人への抱き方が軽くなってしまった。


 違う。


 恥ずかしい事にパッと玄人を手放してしまったのだ。

 彼の体臭が男臭さ過ぎて。


 玄人は俺の人非人さに気づいたか、悲しそうな顔で再びモソモソと布団の中に潜り込んで隠れてしまった。


 俺は二十八歳になってようやく自分がただの同性愛者ではなく、「男臭さ」が嫌だという最低なペド野郎だったと知ったのだ。


 玄人は最初から、俺が男の「子」好きだと断言していたではないか。


 そんな俺なのだ。

 無駄毛と髭と男臭の組み合わせと、上半身が女性でも無臭で無毛の組み合わせを比べたら、上半身が女性の方が良いに決まっている。

 俺が好きな玄人は、無臭で無毛だったからこそなのだ。

 俺は改めて玄人の全てを受け入れて愛し続けると誓った。


 そんな碌で無しな俺に気づいたか、玄人は布団に篭り続けて俺から姿を隠し、百目鬼が来院すると逃げるように退院し、その後は百目鬼の家に完全に閉じ篭ってしまった。


 俺のメールにも返信が無い有様である。


 百目鬼の仕事にも付いて来なくなり、さすがに一週間近く会えないからとようやく心配を覚えた俺は、とうとう百目鬼に恐る恐るメールをした。

 すると彼からは期待を超えたフレンドリーな返信が届き、それによると玄人は生き返った母親の毒気に当てられた事と、新しい父親ができた事で落ち込み、母親の言うとおりに無駄毛が毛根ごと抜け切るまで外に出たくないと駄々を捏ねているだけで元気一杯ではあるそうだ。


「何でしゃがみ込んでいるの、お前。」


「かわさん。俺を放って置いてくださいよ。良純さんに期待をした俺が馬鹿だったのですから。」


「だからどうしたって。」


 俺は涙目で楊にスマートフォンのメール画面を楊に見せた。

 楊は風船が爆発するようにして、吹き出して笑い出した。

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