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俺一人だったはずが!

 新幹線を使い在来線に乗り換え、そこから二時間くらいで加瀬の故郷の駅へと到着した。

 駅に降り立てば後は車移動しかないので、俺はレンタカーを借りて、楊から聞いていた加瀬の実家の住所へと車を走らせていた。


 そこは、潮の香りがする海岸沿いの寂れた町。


「あ、このまま真っ直ぐ行って二本目の横道ですね。そこで曲がって下さい。」


 俺の助手席には当たり前のように髙が座り、加瀬の家までのナビゲーションを受け持っていた。


「どうして俺が便乗者の新幹線代まで払って、俺が自腹で借りたレンタカーにまで乗せて、俺が運転しているのでしょうね。あ、弁当も奢らされた気がしますよ!それも豪華で一番高い奴!」


「いいじゃない。経費使えないんだし。あとで武本か白波に払わせなさいよ。」


 答えたのは髙ではなく後部座席の男だ。

 髙は「風光明媚だねぇ」と観光客のような台詞をほざいて助手席に納まり、景色を眺めて聞こえ無い振りをして喜んでいるだけだ。


「あんたは一銭も払う気が無いのかよ。」


「えー。僕は今署長さんで武本と関係ないしさ。」


「署長が居ないって、署員が困るんじゃないんですか?」


「仕方が無いじゃない。こんな状態になったのは僕の責任もあるし。それにしても、白波の蛇は怖いね。」


 後部座席の署長は人事のように語り、髙はクスリと小さく笑い上司に尋ねた。


「それで、あなたは何をなさるおつもりなんです?」


「簡単な事。お人形に命を与えるのさ。僕の持つ余計なね。その代わり玄人を元の体に戻してもらう。ヘビ様が復活したがっているのならば、復活させてあげましょう。」


 この妖怪は五人分の寿命を不可抗力で手に入れてしまったがために、二五〇年は生きなければならないという不老不死だ。

 だが、それを知らない髙は署長が己の命を捨てるつもりなのかと早合点をしたのか、彼を制止しようと慌てた声を出した。


「神崎署長、あなたはご自分の命を使うつもりですか?他に玄人君を救う方法はありませんか?」


 五十代前後にしか見えないが、既に百年近くは生きている男は、フフフと軽い笑い声をあげた。


「髙警部補には教えるけど、僕はあと三百年は寿命がある妖怪だからね。」


 髙は珍しく驚きで固まっている。

 俺も驚きだ。


「寿命が増えていませんか?また何を余計な事やったの、おじいちゃんは!」


「うるさいよ。加瀬君を苛めていた死人に命を与えて、生者に戻してから死なせてやっただけだよ。あとは北原さんだね。」


「あの、北原警部には何を。」


 おどおどと聞き返す髙に、署長は大きく溜息をついた。


「二年前に北原は亡くなっているんだよ。昼夜問わず犯人を追っていての過労死だろうね。あの人それでも死ねないって頑張ったからさぁ、死人化しちゃって。仕方がないから命を与えて、後は僕が継ぐから命のあるうちに好きな事しておいでってタヒチに送り出したの。そうしたら、玄人が誘拐された日に帰ってきたじゃない。後始末が大変よ。」


「え?」


「身代わりになる丁度いい死体って、見つけるのが大変だよねぇ。仕方がないから検視官の記憶と記録の改竄でしょう。つじつま合わせが大変だったよ。」


 髙も呆けているが、俺も運転を誤りそうなほど呆けている。


「ちょっとまって、俺達が粗大ゴミで見つけた北原さんは?あんたが捨て直した死体だったのかよ?」


「違う。あげた命が残っているうちに殺されちゃったから再び死人化でしょ。それでもう一回蘇生させたはずなんだけどね、もう生きたくないって思ったのかな。自殺しちゃったんだと思う、たぶん。どうしてなのか、僕への抗議なのか、わざわざあんな所でと思うけどね。もう、がっかり。まぁ、死人化が終了したんだからいいけどさ。」


「え、じゃあ、そっちの後始末も記憶の改竄?」


「いいや。東が燃やした死体の代りにして、病死って片付けた。燃えちゃった手下は集積場で見つかった身元不明の浮浪者って事で、事件性無しで処理。後は僕が適当に今までどおり北原の振りして、半年後に退職してタヒチって感じかなぁ。彼さぁ、奥さんと子供を事故で亡くしてからずーと独り身でさぁ、身寄りがないんだよね。墓は僕が手配するからさ、百目鬼君が菩提寺になって弔ってあげてよ。」


「山には内緒でも布施はちゃあんと頂きますよ。」


「この腐れ坊主が。」


 俺はハハハと笑い飛ばし、そこで玄人のクローンを見つけた過程がわかった気がした。

 助手席の髙が変な声を小さくあげたのだから尚更だ。


「もしかして、特対課のメンバーに培養カプセルの発見と破壊を命じたのは、北原を有耶無耶にするためだけだったのですか?それで、適当な場所を捜索させた筈が、完全体クローンがある当たりだったと?」


 ルームミラーに写る署長はみるみる萎んで、情けない声で小さく答えた。


「そう。」


 俺はルームミラー越しに、髙は後ろを振り返って、それも殺気を込めて睨んだせいか、もともと小心者の妖怪は逆切れた。


「でもね、本気で知らなかったんだよ。北原にしろ、クローンにしろ、あれが全部蛇様のお膳立てだったって事をね。和久がハネムーンをタヒチにする宣言を聞いてようやく蛇の呪いだってね。あれは本当にやばいよ。神様のくせに人間みたいな考え方だ。邪神だよ。」


「あ、百目鬼さん。話に夢中で実は曲がる所を通り過ぎちゃってたので、ここでUターンをお願いします。」


 髙は署長の告白を聞かなかった事にする事に決めたのか、急に事務的な言い方をしてきた。


「ここはUターン禁止ですよ。」


 言いながらターンをすると、髙はフフっと笑い、署長がいるでしょ、と投げやりだ。


「何かあったら有能な署長さんに任せましょうよ。」


 澄まして凄いことを言う髙に、俺はハハハと大声を出して笑い、目的地までアクセルを踏んで速度オーバーもした。

 すぐにでも玄人を助けたいのだからいいだろう。


「駄目だよ、君達!交通法規は守って!お願いだから!」

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 全部狸と蛇のせいだったのか! もう……色々ひどすぎる!!(頭抱え) [一言] それにしても加瀬君とクローンクロトとの逃避行は儚すぎて切なくて……ある意味美しくて辛いですね。
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