山口
楊の声に慌ててトイレから飛び出して病室に駆けつけたが、玄人は数分前と同じ、数分前と違わず少年の姿のままであった。
ただし、黒いカビが体中に生えている、少年、だ。
「俺が握っていたら、握り返して目を開けたんだ。一瞬だったけどね。お前が手を握ってやれば、今度こそちびが戻ってこれるはずだ。」
俺も百目鬼も今現在の男臭い玄人に引いているというのに、楊は変わらず玄人の手を握り愛情を示している。
楊はなんて偉大で、俺はなんて碌でない恋人なんだろう。
楊に促されるまま玄人の手を握り、俺は涙が込み上げて来た。
玄人の顎の周りがうっすらと黒ずんで、腕にも脛にも濃い毛が密集し始めているのである。
握る手をかすかに上げると、彼の脇の下が見え、点々と黒い点描が現れていた。
この目の前に横たわる肉体は、決して俺の玄人ではない。
これが本当の姿で、目覚めてからこの姿のままだったら、俺は如何すればいいのだろう。
がしっと肩を抱かれた。
楊だ。
「辛いよな、お前は。だけどな、百目鬼が動いたからね、絶対に大丈夫だ。すぐにコイツは目覚めるよ。」
「目覚めてもこの姿のままだったら、俺はどうすればいいのでしょう。」
楊の優しさに思わず本音が出てしまった。
「え?お前は男の体のほうが好きなんだろ。」
そのはずだ。
今まで付き合ってきた男達の姿を思い浮かべる。
あぁ、皆、執拗なほど無駄毛の始末をしていた奴らばっかりだった。
百目鬼も元々色素が薄いからか、無駄毛が薄く目立たない方だ。
そして、俺の玄人はつるつるぷくぷくだった。
無駄毛が一切無いからか、彼の体のどこの部分の肌も柔らかく赤ん坊のようで、頬ずりする度に幸せになる触感であったのだ。
今はざらざらモコモコだ。
彼の下半身など下の毛もなく子供同然の性器であり、その性器を目にした事で、俺は退廃的な気持ちになりながらも絶対的な幸福の絶頂で彼を抱いたのである。
俺は立ち上がり、眠る玄人の下穿きの裾をそっと捲った。
「ちょ、山口。お前は節操が無さすぎだろう。」
慌てた楊が俺を諌めてパイプ椅子に引き寄せて座らせるが、あと二秒早く動いて欲しかった。
俺は見てしまったからだ。
目の前の玄人の下半身は毛むくじゃらに変わっていただけでなく、皮は剥けていないが普通の成人男性性器らしきものが鎮座していたのである。
「俺、どうしたら良いのですか?辛いよ、こんな状態は嫌だよ!」
ガシっと楊に肩を抱きしめられた。
「ホラ、しっかりしろ。大丈夫だかさ。」
俺は楊に抱きしめられながら、自分の碌で無さを呪っていた。
ごめん、玄人。
俺はこの姿で君が目覚めたら、多分どころか、確実に、君を愛せない。




