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君は謝って泣くばかり

「御免ね。新幹線だったらあっという間だったのにね。」


 もう一日以上も経ってしまった。

 重くて動かない体はそのままで、言葉も一言二言しか出ない。僕はうつらうつらしているだけの人形になっている。


 本当に人形だ。

 オムツを着用に、ご飯が食べられないからと哺乳瓶のような老人介護用の容器で粉ミルクを流し込まれている。

 僕はこれだけで元の体に戻りたい気持ちで一杯だ。


 それでも加瀬は親切で、僕の状態を見ては車を止めては目的地らしい所へ向かってゆっくりと進んでくれているのである。


 ところで、加瀬に風呂に入れられた時に、僕は浴室の鏡に映った自分の姿に非常に驚かされていた。

 下半身も完全な女性体という、僕は灰色の髪色の真っ白な人形だったのだ。


「あれ、ぼ……く……?」


 思わず出た言葉に加瀬は、そうだ、そうだ、と大喜びで答えて、そしてすぐに泣きだしたのである。

 僕こそ泣きたいのに、彼は罪悪感なのか僕に対しては泣くばかりなのだ。


「ごめんね。クロさん。君をこの体に入れなければ僕は君を手に入れられなかった。でも、君の体は死んでいないし、死なないよ。僕は平坂のような事は出来ないよ。」


 何度も彼は僕にそう言って泣くのであるが、その日の加瀬は僕を抱きしめ口づけて、そのまま恋人のように抱いたのである。

 嫌だと思うはずだが、僕は加瀬を拒めなかった。

 体が動かないからではない。

 彼が僕を抱くことで彼の記憶や意識が僕に流れ込み、彼が僕以上に一人で寂しい人生だったのだと知ってしまったからである。


 親も無ければ友人も居ない。

 家族だった人達に、二十歳を過ぎた途端に養子縁組を解消された。

 その後も心を許した人達には裏切られ、追い払われ、終には、一人ぼっちになってしまった。


 僕には僕を愛している親族たちがたくさん見守ってくれており、僕を排除しようとしたのは実父と実父の妻である継母だけである。

 馬鹿な僕は彼らの所業だけで落ち込み鬱となり、でも、心配した親族によって良純和尚との出会いを与えられたのである。


 これだけでも、僕は加瀬よりもずっと恵まれている。

 完全に一人ぼっちであった加瀬を、僕が振り払えるはずないじゃないか。


「本当にごめん。でも、大事にするから。君をずっと、ずっと愛しているから。」


 ガタン、と車が揺れ、僕は助手席でぐらついた。


「あぁ、大丈夫?道が酷くてね。でも、もうすぐ着くよ。僕が遠峰とおみね紅蓮ぐれんだった頃、生きていた両親と住んでいた町だ。自宅が火事にならなければ、父さん達が死ななければ、僕は今でも紅蓮のままで、今と違う人生だったかな。でも、君を抱きしめられなかったよね。」


 加瀬は僕の頬を撫で、そして車を止めて抱きしめた。

 抱きしめれば全てが解決するかのように一心に。


 どうしたらいいのだろう。

 僕は目を瞑る。

 山口の愛しい顔、良純和尚の絶対的安心の懐を思い出し、彼の懐の中にいる自分が目を上げると、素晴らしく端整な顔が金色に瞳を輝かせて僕を見つめるのだと涙が零れた。


 あぁ、良純さん。

 僕を引き留める様に右手は強く握りしめられ、僕はその手を放すまいとつかみ返した。


「ちび?」


 あぁ、かわちゃんだ。


「山口!チビが握り返してきた!おい!」


「クロさん!クロ!戻ってきて。」


 目の前には再び加瀬。

 どうしたらいいのだろう。

 でも、なんとなく僕があっちに戻る方法がわかった気がすると、確認のためにもう一度自分の体に戻ろうと目を瞑った。


「再生と復活」


「クロさん?」


 今のは僕が喋った言葉じゃない。

 これは蛇様だ。

 この体は蛇様のもの?

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