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俺に預けてくれないか?

 玄人は病院に入院している。

 いつもの相模原の病院だ。

 和久は自分のマンションの病院に転院させることを望んだが、俺は玄人の戸籍上の父なのだからと強硬に突っぱねた。


 誰が二度と渡すものか。


 玄人の体は完全に以前の少年のものに変わり、山口はその体に喜んだが、原因不明の意識不明の状態が身に染みるにつれて頭を抱えて落ち込んだ。

 その上、今まで生えていなかった髭が生え、体毛が徐々に濃くなっていくに連れて「嫌だ」と叫び、「胸があってもいい」と泣き出す始末だ。


 山口の碌で無しには呆れるが、俺も実はそんな気持ちだ。


「チビの症状は加瀬の失踪に関係有るのか?」


「俺が聞きたいよ。」


 アンズは松野の家に預け、俺は一度自宅に戻って着替えと家の片付けを終えると仏間に向かい、これからの留守の間用の経をいくつも上げた。

 喉が枯れるほどの声で読経をしたのは初めてであり、泣きながら経を上げたのも初めてであった。


 俺は生まれて初めて仏に縋ったのかもしれない。


 俊明和尚の最期の頃は、俺は仏ではなく俊明和尚そのものに縋っていた。

 あの頃の俺は坊主でもなんでもなかった、と思い出す。

 俺は玄人がいてようやく仏の道を知ったのか?


 幼少時代は腹違いの兄達に殴られ蹴られ、実母だと思っていた女が助けるどころか冷笑する様を何度か経験する内に、何かに縋る事の馬鹿馬鹿しさを思い知ったこの俺が、玄人の為なら何にでも縋る気の持ちようなのだ。


 玄人の為なら、仏の存在までも俺は信じられるだろう、いや、信じよう。


「加瀬はどうして失踪なんかしたんだよ。」


 俺が隣に座る楊に尋ねると、彼はハァと大きく溜息をつき、楊が発見した玄人の細胞で作られたらしき女性体のクローンについて語りだしたのである。


「そこは笑うところか。」


「細胞培養は普通にあるでしょ。内臓や組織を作る技術は無くても、人体細胞を培養する事は出来るじゃん。髙の話だとね、それを使って生きた細胞の塊を作って人肉の替わりにしていた奴らがいたんだとさ。昔は人殺しよりもいいかと見逃していたけど、今は見つけたら破棄して人肉喰らいは地下の内緒の収容所送りだってね。結局さ、培養するよりも殺した方が早くて効果が高いだろ、人肉の味を知った奴は簡単に人殺しになるんだってさ。それでね、今回もただのがん細胞みたいな気味の悪い細胞が培養管にいると思っていたら、完全な美しい女性が寝ていましたって奴。」


「破棄しなかったのか?」


「する予定でさ。凄いね髙は。無表情で培養管割って、中から出てきたクローンの脈や鼓動調べて完全に死んでいるか確認してね、山口に遺体袋持ってこさせて入れちゃったの。このまま身元不明の遺体で処理するってね。」


 楊は玄人の腕を無意識に布団から取り出すと、そのままぎゅうっと手を握った。


「あれはチビにそっくりだったけど、チビじゃないものだったよ。チビよりも小柄だけど、ちびみたいに奇麗な長い手足でスタイルもよくてさ。胸なんて大きく丸く膨らんでいるの。なんて綺麗だって、加瀬がずっと呆けたように眺めていてね、そこで俺は気付いてやるべきだったんだよ。」


「加瀬はそれを盗んだのか?」


「……そう。遺体安置所から盗んで行方不明。」


 ピーと玄人をモニターしている機械が鳴る。

 最初は驚いたが、これは異常でもなんでもない。

 血圧が下がり過ぎると鳴って知らせてくるだけなのであり、機械のモニターを見ると再び安定した数値に戻っている。

 この音は玄人がまだ生きている証拠でもあるのだ。


「楊、お前の話を聞いて方向が決まった。これから玄人を和久の病院へ転院しようと思う。」


「それでどうする。」


「加瀬を追う。あいつはどこ出身だ?養子になる前はどこの生まれだ?」


 玄人の手を無意識に玩んでいる男は、フッと笑った。


「転院はさせないでくれ。代わりに委任状をくれないか?俺が側にいるからさ。山口も。山口からチビを取り上げたらあいつこそ死んでしまう。加瀬は京都だよ。京都の海辺の町で、綺麗なところだってさ。海が大好きだって笑っていてね。」

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