僕の影響力?
「そりゃお前、違うよ。明治時代に神社の名前も変えたくないって、神社を守るためにやり過ぎたってだけだ。人間がね。人死まで出たら神主に返り咲けないだろ。だけどさ、よそ者に神社は渡したくないだろ?それでの私達は嫌々宮司の真似事です、じゃないのか?」
僕の頭の中で、白波家を説明した時に良純和尚が返した言葉が甦った。
彼の言うとおりに白波家は謀略に長けた家だってだけ?
神様などいない?
僕の意識は今や拝殿を抜け、遂には神様のおわす本殿を見上げていた。
床を高く高く作ったこじんまりとした本殿に上がるには、殆んどはしごのような急で細い階段を登らねばならない。
僕は一段一段階段を登っていく。
さぁ、神様。
僕は神様の姿を拝もうと本殿の扉に手をかけた。
「再生、そして、復活。」
「何を言っているんだ?クロ。」
良純和尚の声に僕ははっとして彼を見上げ、嬉しくなって彼にすぐさま報告をしてしまった。
「神様はいましたよ。」
「禅僧に神格はねぇよ。」
なんて傲慢な僧侶だろう。
彼は自分を僕が神様に見立てたと思ったらしい。
彼が襖を開けたからか、台所からのいい匂いが仏間に入って来た。
彼は確実に僕の神様だ。
「ご飯ですね!」
僕は立ち上がって居間に行こうと戸口に向かったが、その戸口で良純和尚に捕まえられて、軽く額にキスをされてしまった。
「きゃふ。」
「お勤めをしていないだろ。もう少し待て。」
「え?」
ふっと僕に僕の腰が抜けそうな微笑みをむけた良純和尚は、僕が戸口に残してドカドカと仏間に入り、ドカッと乱暴に仏壇の前に座った。
俊明和尚は座る良純和尚をスッと避けて立ち上がり、彼の後ろにいつものように座った。
それも右片足を立てた胡坐で、立てた足に右腕の肘をかけている。
なんて罰当たりな姿の坊主だ。
僕も立ち上がり、急いで洗面所に走って飛び込んだ。
「お前、まだ具合が悪いのか?」
「お勤めの為に手を洗うだけです。」
ハハハと凄くいい笑い声が響いた。
僕は彼の声に嬉しくなりながら手を洗い、洗面所の鏡を見上げて、久しぶりにギャーと悲鳴を上げた。
僕であって僕でないものが、鏡にへばり付いて僕を見つめていたのだ。
既におかしな虚像は消え、普通の僕の姿が映っている。
見えるはずの無いものを見て叫び声をあげたのは、……そんなに久しぶりでなかったな。
「どうした。クロ。」
心配そうな顔付きの良純和尚が、洗面所のある風呂場の脱衣所の戸口に現れた。
「なんでもありません。とにかく早く良純さんの経が聞きたい。そうしたら悪い物も何もかも消えてなくなるはずです。」
彼は喉を震わせたいい声で含み笑いをしながら僕を包むように抱きしめ、今度はなんと貪るような口づけをしてきた。
腰が抜けた僕は彼に引き摺られて仏間に連れ込まれ、適当な所に転がされる。
なんて酷い坊主だ。
そして、久しぶりのお勤めの声を聞き、怒った俊明和尚の表情が緩むのを見て、良純和尚のお勤めも久しぶりだったのだと知った。
彼は僕がいなくなると終わり?
彼は僕を失うと苦しむの?
死んだコバンザメは剥がれて終いではなかった。
張り付いていたホオジロザメまで道連れに、僕達は一緒に、深い深い真っ暗な深海に沈んでいくのだ。
その事実を思い知らされて、幸福だけを感じてしまうとは、何て僕は愚かな人間だ。




