久々の我が家と記憶の中の神社
久々の良純宅はうらぶれていた。
アンズを籠に納めたら、僕は部屋の掃除に取り掛かる羽目になった。
良純和尚は夕飯を作らなければならないのだから仕方が無い。
まずは、帰り道で大量の食材を買い込む彼を見て、僕は一体どうしたのかと驚いた。
必ず買い置きがあり、作り置きのおかずタッパが冷蔵庫に整頓されて、いつでもおいしいものが食べられる家なのに、と。
帰宅して僕は疑問が氷解した。
あんなに磨かれていた家が、まるで空き家だったような状態だったのだ。
空き家よりも酷い、僕達がよく仕事で片付けに行くゴミ屋敷一歩手前だ。
どうしたのだろうと首を傾げながら居間を片付け、掃除道具を持って仏間に入ると、仏間には怖い和尚がいた。
良純和尚の師である俊明和尚の霊である。
仏間にあった彼愛用の長椅子は良純和尚によってメンテナンスに出されて戻ってきていないためか、俊明和尚は仏壇のまん前に胡坐で座り込んで怒っていた。
僕は怯えながらも埃塗れの仏間を掃除した。
掃除しながら涙が零れてきた。
仏間の掃除と仏壇の世話は僕の仕事だ。
良純和尚は僕が帰ってくるまで何もしなかったのだ。
僕の仕事だから、と。
僕は此処が自分の家だと喜びに浸りながら、いつもは見られなければ適当に済ます所を、良純和尚に最初に教わった通りの丁寧な掃除をして完璧に磨き上げた。
掃除道具を片付けて、僕は部屋のど真ん中にいる俊明和尚に怯えながらも、部屋の隅にぺたんと座る。
そして、神棚のあった空っぽの天袋を見上げ、そこから新潟に行ってしまったオコジョ達を呼び寄せようと試みた。
「あれ、帰ってこない。やっぱり神棚がないと駄目になっちゃった?」
けれど瞑った瞼の中で、オコジョ達が僕に映像を送ってきてはくれた。
僕はその映像で、身体中に僕の神紋だらけになって落ち込んでいる由貴と久美の姿を笑った。
それから自分で祠を壊した蛇を見るために、僕は山の祠の方も覗いたのである。
彼女は人に認識されたい時には、僕と似ている姿をとる。
違う。
僕の母そっくりの美しい女性の姿だ。
あなたが望んでいる事は本当に僕達の帰郷だけ?
見通した山の上の神社は真っ暗だ。
僕の意識は真っ暗な山道を登っていく。
意識だけで登っていたが、意識だけだからか僕は幼い頃に戻っていた。
僕と祖父は、山の道を、神社へのお勤めの為に、朝も夜も神様の為に歩いた。
祖父に手を繋がれた僕は、子供心に不思議だと考えていた事を訪ねていた。
「お爺ちゃんが本当の神主様じゃないって本当?神主様じゃなくても神社の神様を祭ってもいいの?」
白波の人間は祠を守るが、決して神職を得ようとしない。
今は家の事情として納得をしているが、本当の神主様じゃ無いと本人から聞けば幼い子供は疑問に思うだけである。
「うちの神様は怖いじゃない。神主はしたくないなぁ。それにね、今の宮司さん達のやり方をうちの神様が嫌いだからいいんだよ。天邪鬼なんだよ、うちの神様は。」
明治時代の神社の整理で勝手に別の神様と合祀させられた恨みか、政府から遣わされた神主一家は白波神社に住み着いた数年で全員病死した。
けれど、次に派遣された神主は死ななかった。
死ぬのは嫌だと一夜にして逃げ去ったのである。
前の神主が掲げた新しい神社の看板は真っ黒な黴で覆われおり、神主一家が寝起きしていた部屋はどこもかしこも水濡れで朽ちていたのだ。
そこに今日から住めと言われて喜ぶ人間はいないであろう。
「よく、邪教だって、神社そのものを潰されなかったね、おじいちゃん。」
「潰そうと声をあげた人の女子供達が顔を腫らしちゃったらしいよ。それでそのお偉いさん直々に白波神社に氏子の誓いを立てて、白波神社って本来の看板に戻してね。でも、既存の宮司は誰一人神主をしたくないから僕達白波家にやっぱりお願いしますって来たの。いい迷惑だよね。お酒だけ造って楽をしたいのにねぇ。」
僕と手を繋ぐ神主姿の祖父は、ふふふと上品に笑った。
だから白波の家は誰にも神職が無くとも、嫌でも白波神社を守って宮司の真似事をし続けなければいけないのだ。




