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失った時の慟哭を知るためにあなたをその手にかけるべきか(馬13)  作者: 蔵前
十六 清廉潔白な男とろくでもない上司
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君はここにいつく事に決めたんだ?

 空には星が輝き、秋も深まって寒いくらいの夜風に当たられて、俺は住宅街のシンボルツリーを前にして愛犬を傍らに庭の芝生に腰を下ろしていた。


 昼間の仕事の胸糞悪さを解消するには、肌寒かろうと外の空気を思いっきり吸いたかったのだ。

 生暖かいあの地下室の閉塞感を忘れるには、夜風と肌寒さこそ必要だったのかもしれない。


 玄人のクローンについては、それこそ俺に渡さない勢いで髙が全てを請け負ったと思い出す。

 死体を袋に片付けた彼は、火葬場にそのまま持ち込むと言って一人で消えたのである。


「火葬場って?」


 あれに魂を奪われていた加瀬が、怯えた表情を見せながら尋ねて来た。


「普通に身元不明の遺体として持ち込むだけだよ。本来の手順を取ってある書類をつけてね。火葬場の人間は誰も気づかないで燃やして、骨は警察が引き取って。」


 加瀬が貧血にでもなったようにして、がくっと座り込んだ。


「マッキー?」


「すいません。僕、あの、やっぱり気持ちが悪くなって。」


「いいよ。僕もそうだから。」


 俺は加瀬の青い顔に少しはホッとしていた。

 こんな出来事を平気な顔で消化できるような人間とは、背中を預けて一緒に仕事をしたくは無い。


「俺も隣でやっていいかい?」


 小型の瓶ビールを片手に現れた葉山が、俺の返事も待たずに俺の隣に座った。

 愛犬は遊び相手が増えたと喜んで葉山に飛び掛り、彼に首の周りを暫く掻いてもらうと嬉しそうに俺達の目の前で腹を出して転がった。

 騒々しい馬鹿犬でしかないと、俺は彼の腹を撫でてやる。

 犬が離れて落ち着いた葉山は、ようやく持って来た瓶ビールを口に含んだ。

 顔に当たった外灯の明かりで、彼の頬が赤黒く染まっているのが見て取れた。


「酷い腫れだね。冷やさなくて平気?」


「いいよ、このくらい。愛娘に手を出したんだ、それも職務中の署内でさ。仕方が無い。」


「あんなに佐藤から逃げ回っていてさ。この鬼畜。」


 ハハハと軽く笑う彼は、憂いが晴れたような清々しい若者の顔つきをしていた。


「君は出世を諦めたんだ。」


「元公安は全部知っていた?」


「東大出の準キャリ自体が嘘臭いじゃないか。君はキャリアでしょ、葉山警部補。」


 葉山は一段と大きく笑う。

 先程とは違う捨て鉢にも聞こえる笑い。

 彼は数年も相模原東署にてピエロを演じて、この署を探っていたのだろう。

 髙が話した「北原」は、神奈川県警内での都市伝説の一つとソックリだ。

 退職したはずの男が職務に励んで、知らず知らずに事件を解決して去って行く。


 葉山はそんな県警内の歪を探っていたに違いない。

 こんな島流れ署のそんな仕事であれば、彼がエリートコースから外れてしまったのは想像に難くない。

 彼の清廉さが自身を潰したのだろう。


 けれども再浮上できる彼は、常に上の指示を仰ぎ、上からの指示で動かねばならないだろう。

 俺達とねんごろになってはいけない。


「君は身分を偽ってまで本当は何を探っていたの?玄人の事?それとも、相模原東署の汚職?佐藤に手を出したなら、君は出世を諦めてここに本格的にいつくつもりかい?」


「汚職なんてあったの?」


 葉山は俺に驚いたフリを見せて俺の最後の質問は流し、それから俺が驚く事を告白した。


「俺はね、上司を殴っちゃって本当に流されただけだよ。降格までされてね。俺は退職か永遠の出向を命じられたんだ。格好よく辞めて出て行けば良かったんだけどね、当時は母さんもいたし、ハハハ、違うね、俺のくだらない最後のプライドだね。この間燃えた俺の住んでいた部屋はいいものだったでしょう。キャリアに用意された部屋。俺は情けなくも、一から出直すよりもね、まだいい暮らしの出来る出向を選んだってわけ。俺は負け犬でも野犬にもなれず、ご主人様の足を舐める飼い犬を選んだんだ。」


「友君はそんなんじゃ。」


「そうなんだよ。俺は弱いの。そして、そんな俺は神奈川県警から動けないし、一生出世できない巡査部長なの。母や姉を抱えていた時は俺が警察を辞められない理由にしていたけどね、俺一人になった今はいつでも辞められる。辞められるけれど、辞めたくない俺が居て、辞めたくないとしがみ付いているくせに自分の身の上に落ち込んで、情けないよね。山さんが思い込んでいたスパイの方が俺も良かったって思うよ。」


 俺が葉山を調べた時は、そんな記録が残っていなかったはずだと思い出す。

 玄人が襲撃された時から、俺は相模原東署の人間を片っ端から調べ直してもいたのだ。

 本当のスパイで裏切り者は俺だ。

 そして裏切り者の俺でも、葉山の言葉に嘘の響きを感じられなかった。


「僕は最近無能だからね。流しちゃってよ。」


 本当に無能だ。

 葉山を慰めるどころか、俺はそんな言葉でしか、この場を誤魔化す事しかできなかったのである。

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