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失った時の慟哭を知るためにあなたをその手にかけるべきか(馬13)  作者: 蔵前
十五 秘密の扉を彼に知らしめていいのか
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この先は反吐の泉だよ?

 俺がにせっかく選択肢を与えたというのに、加瀬は考える事もせずに俺を見上げてニコッと破顔した。


「この先が見たいです。僕は出世するよりも、いろんな、普通の刑事が知らない事を知りたいし、経験したい。ヘドロの道だってかまいません。」


「馬鹿なヤツ。」


 俺は大きく溜息をつきながら呟いたのだが、加瀬は俺に怒るどころか楽しそうに笑って俺をへこませたのである。


「僕も連れ込み宿の情報とか知りたいですから。山口さんの専用宿は昭和のラブホみたいで面白かったです。」


「専用宿って言い方止めて。」


 加瀬が朗らかに笑う出す中、コツコツと複数の足音が後ろから聞こえた。

 楊と髙が到着したのだろう。


「なにやってんの?二人仲良くしゃがみ込んで。」


「痔になっちゃうよ。」


 俺は加瀬の言葉でしゃがみ込んでいたらしく、上司二人の登場に顔をあげた。


「自分の馬鹿さ加減を嘆いていただけですよ。」


 楊はハハハと嬉しそうに笑い、髙は笑わずに片眉を上げた。

 報告しろということだと、俺は立ち上がると二人に対して気持ちだけでも襟を正した。


「扉は加瀬巡査が見つけました。そこから入って、多分岩盤浴の真下が育児ルームって所でしょうか。機械の音と熱を誤魔化す為のスタジオでしょうね。」


「えぇ、何それ。育児室って、何それ。」


「育児室って何ですか!え?」


 加瀬が驚きの声をあげるのはわかるが、楊までも眉根を寄せての酷く驚いた顔つきで聞き返してくるとは想定外である。

 俺は思わず自分の教官だった男を見返した。


「髙さん、かわさんには何も教えずに連れて来たんですか?」


「だってさ、イヤって逃げちゃったら困るでしょ。課長なんだから。大丈夫。かわさんの順応力は高いから、平気平気。」


 俺が加瀬を思いやって言葉をかけた行為など全否定な、楊に対しての髙の酷い言い様に、俺は百目鬼が以前に言っていた台詞を思い出していた。


「あいつはさ、可哀相好きなんだよ。それも、可哀相度と好感度が奴の中では同義語なんてさぁ、碌でもない奴だろ。あいつが好きなのが「玄人」に「楊」に、そして「お前」だ。わかりやすいよな。それで危険なのがな、もっと好きになろうと好きな奴を可哀相な目に遭わせるんだよ。自分の中の好感度を、さらにあげて相手をもっと好きになるためにね。」


 その通りでしたよ、百目鬼さん。

 俺はこれから何も知らない上に覚悟もない楊が可哀相な目に遭う事を想像して、楊が可哀相だと思うと、楊をもっと好きになってしまったのである。


「そんな危険な場所なんですか?」


「あぁ、加瀬君。君は山口に説明を受けたでしょ。」


「いいえ。見たいか見ないで済ませたいか、だけです。」


「それが大事な説明だよ。」


 髙は公安の教育係だった頃の顔で悠然と答えると、彼の脇の上司の筈の男が学生のように右手を挙げた。


「あ、髙。俺は見たくないから車に戻っていい?」


「あ、俺もかわさんと車で待っていたい。どうぞ教官はマッキーとどうぞ。」


「ふざけていないの。」


 パシッと髙に手の甲で払うように肩を叩かれた。

 どうして俺ばかりと見れば、楊は髙に腕をがっしりと組まれている。

 俺の中で楊への好感度は増すばかりだ。


「加瀬君はその扉を開けて。」

「あーあー。」


 楊の嫌そうな声を背に受けて加瀬はクスクス笑いながら扉をあけ、しかし彼が作り出した四角い空間に彼が身を投じるどころかそこから身をずらし、次の命令を待つとばかりに彼は俺達を見上げたのである。


「いいって。さぁ、君から入っていいよ。」


 加瀬に声をかけると、トスっと髙に肩で背を突かれた。


「先鋒、山口。」


 俺は舌打ちをしながら身を屈めて、魔の空間に身を投じる覚悟を決めた。

 狭い扉を潜り抜けながら無意識にポケットをまさぐった自分の染み着いている習性に苦笑しながら、ポケットから取り出したのは小型の懐中電灯である。

 俺はそれで周囲を照らし、俺の立つ所から地下に続く細い階段の先を確かめようと目を眇めた。


「まずは階段で、突き当たって左方向です。障害なし。」


 俺は口に懐中電灯を咥え、今度は階段を下りながらケミカルライトを取り出して発光させながら足元に置いて行く。


「凄いな、山口って色々持っているんだ。」


 ケミカルライトに大喜びの楊の声がすぐ後ろに響き、俺は自分を見捨てない上司の存在に少々軽い気持ちになって前を歩いた。


「百円ショップで購入した物ばかりですけどね、必要経費で計上できませんから、なかなかに財布に痛い消耗品ですよ。」


「うわ、可哀想。」


 笑いながら突き当りを曲がった数歩先には再びの突き当りだ。

 今度は道はなく壁にしか見えないが、小さな青い光がそこに電子錠の設置があることを俺に教え、目の前の壁が扉でその先があると俺達を誘っている。


「うわ。何コレ。開けられない?」


「ホラ、山口。」


 髙が楊と俺の間に腕を伸ばした。

 彼が持っていたのは、どんな電子錠をも強制的に解錠できる鍵だ。


「え、どうするの?それ俺がやりたい。」


 いつでも少年のような心を持つ上司に、俺は気兼ねなく交替することにして、楊に髙から持たされた鍵を渡す前にポケットから取り出した手袋を手渡した。

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