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失った時の慟哭を知るためにあなたをその手にかけるべきか(馬13)  作者: 蔵前
十五 秘密の扉を彼に知らしめていいのか
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何の変哲もないヨガルーム

 午後の十六時十六分に俺達は突入した。


 先鋒は佐藤と水野である。

 これは譲れない。

 そして俺と加瀬が補助について、葉山が指揮車兼護送車の運転席に座っていた。


 葉山は参戦したがったが、これも仕方がない。

 鬼畜は佐藤と口付けているところを佐藤の親父に見つかり、佐藤の親父に殴られたのだ。

 左の頬を赤黒く腫らしたその顔で突入させる訳にはいかない。


 俺は葉山と交代したい気持ちで一杯だったが。


 俺達の突入先は、岩盤浴も試せるホットヨガスタジオだったのだ。

 葉山が突入したがるのは当たり前だ。


 五階建て雑居ビル一階と二階を陣取って店を開いているそこは、二階が事務所に客用のロッカーにリラクゼーションルームがあり、一階がスタジオと岩盤浴が区分けされていた。

 そして、俺達が訪れた際の客の入りはスタジオには四人、岩盤浴中の客は二人、更衣室やシャワールームにはあわせて五人であった。


 四人の講師スタッフを合わせて十五人の被疑者は混乱もなく、葉山が運転席に座る護送車に乗せられて、水野と佐藤が乗り込むと葉山が運転する車は髙が指定した場所に向かっていった。

 気管支に有害な毒ガスを発生する異物を仕掛けられたと佐藤がバッジを見せながらスタッフに説明し、水野がどかどかとスタジオ内に入っていき次々と客を連れ出す連携プレーに、ヨガスタジオのスタッフは抵抗どころか何も為すすべが無かっただろう。


 俺と加瀬は水野が連れてきた客を車に乗せていくだけの仕事であった。

 全員を乗り込ませて水野と佐藤が戻ってくると、俺は加瀬の腕を引いて車を降りた。


「あれ、淳平は乗って行かないの?」


「座る場所はもう無いでしょ。僕達は歩いて署に帰るよ。一抜け。」


 水野は俺に納得していたようだが、運転席で振り返った葉山は俺に片眉を上げてみせた。


「後でね。友君。」


 後で、説明できる事は話すからさ。

 彼は俺の言外が通じたのか前を向き、エンジンをかけ始めた。


「ほら、水野、佐藤ちゃんも、座って。出発するよ。」


 葉山の運転する護送車が消えると、俺は加瀬を伴って再びヨガスタジオに舞い戻った。


「僕達はここで何をすればいいのでしょうか?」


 俺を怖々と伺う加瀬は、青い顔の不安顔だ。

 これは通常の捜査ではないとわかっているからだろう。

 理由さえよくわからないまま、ヨガスタジオの人間を上が言うまま俺達は排除したのだ。

 排除されたこのスタジオの利用者もスタッフも、きっと訳が分からないまま病院で様々な身体検査を受けさせられることになるだろう。


 俺達の仕事の時間稼ぎの為に。

 まずは何も知らない加瀬を俺の目的に動かすために、俺はそれなりの理由っぽい嘘を彼に離した。


「髙さん達が来るまでに、ヨガスタジオと岩盤浴の空調用のボンベの場所を探ろうか。」


「何ですか?そのボンベって。」


「多分酸素を多めに補給って説明かもしれないけどね、リピーター目的でボンベに違法薬物が添加するってよくあるんだ。知らないまま、利用者がいつのまにやら薬物中毒ってね。」


「ああ。」


 察しの早い加瀬は空調用ボンベがあるとしたらと、それらが収納されるだろう場所を探し始めた。

 俺は加瀬に気づかれないようにして、床を歩いて下の空間を探っていた。

 自分の足が鳴らす足音の響き具合を元に、床下に隠されているだろう収納庫の存在を探るのである。

 トントントントンと足音を敢えて響かせながら廊下に出て、ロッカールーム方向へと歩く。


 トントントン。トントントン。


「山口さん!変な扉があります。」


 加瀬が見つけた扉は、岩盤浴室とシャワールームの間の壁一枚にしか見えない所に作られていた。

 その隠し扉は一メートルもない高さの茶室にあるようなドアである。

 俺は側の床をトントンと足で叩く。


 大当たり。

 これが奈落の底に続く入り口の扉だ。


「開けるには工具が必要ですね。」


 俺はそっと加瀬を脇にずらすと、彼がかがんでいた場所にしゃがみ込み、隠しドアに隠されていた鍵穴を探りだした。

 指先が探る鍵穴は通常よりも小さかった。

 俺は背広の裏ポケットから電子タバコのケースを取り出して、ケースを開いた。


 俺の手元を覗く加瀬が息を飲んだのは、そのケースには電子煙草など入っておらず、ピッキングの道具が詰まっていたからである。

 俺はケースから目の前の扉の鍵に差し込める細さのツールを取り出し、加瀬が目を丸くして見守る中で簡単に鍵を解除した。


「開きましたね!凄い。」


 加瀬は手を伸ばして扉を開けようとしたが、俺はその手を押さえて軽く首を横に振った。

 そして、俺は道具を片付けると、扉も開けずにそのまま立ち上がった。


「開けないのですか?」


「うん。髙さんが来るまで開けちゃ駄目。それから、加瀬君はこの先が見たいか決めてくれる?見た所で出世に関係ない気分が悪くなるだけの代物だよ。警察官のスキルにも不要。こういうものがあるんだなって、無駄で胸糞悪い情報が手に入るだけ。」


 俺は扉の前にしゃがんでいた加瀬に、最後の選択だという風に突きつけた。


「決めて。ヘドロの道を行くか、立ち止まるのか。」

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