俺達はよその家に預けられていただけ
当り前だが証拠品室の手前で、俺達を静止する声が掛かった。
「えー。だって仕事だもん。証拠品の部屋を開けてよ。」
自由人である水野は、ここが俺達の巣でないにもかかわらず、持ち前のフランクな喋り方で中央署の階級の高そうな男に物申しているではないか。
水野に後ろ向きに引っ張られていた体を俺は慌ててて起こして正面を向くと、警察は階級社会だと知っている小物の俺は水野を咎めた。
「ちょ、ちょっと水野。ここは東署じゃないから。」
「書類はあるの?事件の証拠品を納めている所は、そこがどこの署だろうが同じ警察官でも簡単に入れられない規定でしょ。」
しかし俺が心配した割には、目の前の階級章では警部の制服警官は、水野の非礼を怒るどころか子供に言い聞かせるような言い方であった。
「いいじゃん。おじさん。」
「おじさん?」
俺と加瀬が同時に驚くと、水野におじさんと呼ばれた警部がひょいと俺達に顔をむけ、人懐こそうにニコニコと微笑んだのである。
「あ、マッキーだ。元気だった?」
「え?いや、あの。はい。ご無沙汰しております。」
なぜ相模原東署にて楊につけられた「マッキー」呼びが中央署でされるのか首を傾げながらも、加瀬は「おじさん」に慌てたようにして頭を下げた。
加瀬のその様子に一層にニコニコ顔となった目の前の警部は、どこかで見たような顔をしていた。
俺も自己紹介して彼に頭を下げると、目の前の男は豪快に笑い出した。
「頭を下げるのはこっちの方だよ。娘がいつもお世話になっています。」
頭を下げた男は佐藤萌の父であり、佐藤重政だと自己紹介してきた。
「親子って知ってた?」
俺は加瀬に囁くと、加瀬は手と首を振って否定した。
俺達の様子を見た佐藤警部は再び豪快に笑ったが、次には真面目な顔に戻って警察官として俺達に尋ねてきたのである。
「それで、君達はさ、証拠品をどうするつもりなのかな?」
水野は目玉をぐるっと回して、楊みたいにフランクに答えた。
「考えてなかった。」
俺もそんな気がしていたんだ。
「資料室に戻りましょうか。佐藤さんと葉山さんだけを残して来ましたからね。」
「なんだとぅ!大事な萌が鬼畜と一緒だと!」
加瀬の言葉に萌の父は大魔神の顔になり、俺達を残して資料室へと脱兎のごとく駆け出していった。
俺はいくらなんでも佐藤が葉山を親に「鬼畜」報告はしないだろうと水野を見ると、水野は菓子屋のキャラクターのような満面の笑みを顔に浮かべていただけだった。
「追いかけるよ!」
凄くうれしそうな水野が加瀬を引っつかむと後に続いて走り去っていった。
俺は彼らを見送ると溜息をつき、丁度震えたスマートフォンを耳に当てた。
「はい。山口です。」
「みんなはいつでも動けるかな?」
髙は汚れ仕事の時は一人で動く。
加瀬を俺達に渡して水野達も預けたのは、何かの準備か後処理に俺達が邪魔だったからだ。
「多分、事務仕事よりは大好きでしょうね。それから、佐藤が二年前だと当たりをつけました。彼女は凄いですね。俺はそれで加瀬が転属する前後辺りだと思いますけど。」
含み笑いが聞こえた。
「やっぱりね。なぜか北原さん、二年前にタヒチに渡航した記録があるんだよ。警察を辞めてね。」
「え?」
「不思議だよね。早期退職した刑事が、なぜか時々現れて事件ファイルを製作していくってね。今回の僕達に回された事件は中央署では関知していなかったそうだよ。」
「あなたはそこまで調べていて、どうして俺達を中央署へ?俺と葉山だけでも東か春日の被害者を捜索するべきではなかったのでは?」
ふふふと髙の独特の笑い声が聞こえた。
疲れたような、やりきれないような声音だった。
「どうしました?」
「かわさんがね、花崎弁護士、東が正体の。彼のここ数年の足跡を辿っただけで居住区域で一年に三人は小火で亡くなっている事件が見つかったって。外見が三十代だった奴の戸籍の実年齢は八十五歳でしょう。そうすると最低でも二十年以上は前からはやっていると考えるとね。」
「あぁ。」
俺は目を瞑った。
歓楽街で伊藤や岬以外に被害者がいないか探す話どころでは無い。
「やりきれないでしょ。」
「ですが、一年に三人ならば、今回は二人で止められたのですよね。」
「ふふ。ささやかな勝利か。そうだ、署長がね、今から送る住所にいる人は全員被疑者としてね、一人残さず、洩らさずに、君達にしょっ引いて欲しいって。頼んだよ。」
言うだけ言って髙が電話を切るのはいつもの事だ。
俺はスマートフォンに送られた住所を確認した。
「え、待ってよ。ちょっとここ?警察沙汰になっちゃうよ。」




