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北原がいた署では

 中央署で調べ物をするメンバーは俺と葉山以外、佐藤と水野、そして加瀬までいた。

 加瀬は葉山の「先輩の俺達だけにさせるつもりか?」の微笑みに負け、自分から志願して髙から離れたのだ。

 だが、髙の顔を見るとここで加瀬を俺達に手渡すつもりだったに違いない。

 こんなこと、メールで済む命令であったからだ。


「ごめんね、佐藤ちゃん。でも手があると嬉しいから助かったよ。」

「シっ。」


 佐藤は先程から事件ファイルを貪るように読んでおり、憧れの葉山の言葉に玄人が時々するみたいな酷い返しをした。

 葉山は佐藤の冷酷なあしらいを受け、胸を押さえて傷ついている。

 顔を上げた獣は俺達をキッと見回すと、すっと左手を出した。


「二年前のもの、何でもいいから頂戴!」


 加瀬が目を丸くしながらフォルダーを抱えて近づき、葉山がそこから適当に抜いて表紙を確認すると佐藤に手渡した。

 佐藤はありがとうもなく受け取ると、それを開いて再び書類に没頭し始める。


「みっちゃん、どうしたの?彼女って書類仕事はいつもあんな感じ?」


 俺は佐藤の姿に混乱したからか、久しぶりに水野をみっちゃんと呼んでいた。


「さっちゃんは母親と大喧嘩中なの。あいつの母さんお茶の先生でしょ。警察なんか辞めて茶会の手伝いをしなさいってね。この間、あたしらが酸を被って怪我をしたじゃん。それから母親が余計に五月蝿いんだってさ。」


「まぁ、あれは治りが早くてほっとしたけど、さっちゃんなんか、かなり酷く顔が爛れていたからね。親御さんは心配になるでしょ。」


 水野もその時佐藤と同じ酸を被っており、彼女の左の腕はかなり腫れて爛れていたが、病院での彼女は自分の怪我でなく親友の顔の傷を思って泣いていた。

 そして、反対に佐藤は、全く痛がる素振りを見せないどころか、傍若無人に振舞っていたのである。

 見舞いの葉山が怯えるほどに。


 水を持って来いだの、アイスを買って来いだの、と、散々な要求をして水野を下働きの女中のようにこき使っていたのだ。


「さっちゃんって本当に良い人ですよね。ああやってみっちゃんに我侭やって今回のことをチャラにしてあげているのですって。」


 あぁ、玄人。

 彼も火傷が痛いと我侭に振舞った。

 あんなポツっと赤くなっているだけの可愛い怪我。

 けれど痛い痛いと俺に縋りつく姿が可愛らしくて、俺は彼を抱きしめて彼の言い分に付き合った。


 百目鬼には引いたが。


 あいつは本気で怒り狂い、誘拐劇が茶番だと見抜くと楊か髙を血祭りに上げに警察署に戻り、戻って来たら玄人の怪我が酷いと入院処置を医者に無理矢理要求したのである。


 あいつは信じるどころか、本気であの怪我とも言えない怪我を怒っていたのだ。


 玄人を抱いた日に百目鬼が静に怒っていたのは、俺が玄人に初めての怪我をさせたからだ。

 奴は俺が玄人と進んだだけ自分も玄人と進もうと企んでいた鬼畜だが、だからこそ俺を殴りたくても殴れない怒りで燻っていたのだろう。


 俺は玄人にこれからも、髪の毛一本傷つけないようにしないといけない。

 でないと百目鬼が何をするかわからない。


 俺に。


「やっぱり別人だ!」


 佐藤の声に全員が彼女の元に集まると、佐藤は事件フォルダーを年代ごとに並べて、確信をもって指差した。


「ここから違う。」


 それは二年前のフォルダーだった。

 葉山が佐藤が指さした山からフォルダーを取り上げてパッと開いて中を確認するが、一冊、二冊と次々に取り上げたフォルダーを読むうちに、佐藤に同意するよりもわけがわからないという表情を顔に浮かべて佐藤に聞き返した。


「字は一緒じゃない?」


「文章の癖っていうのかな。文章の書き方は報告書だから皆同じように書くでしょう。私達は書き方も指導されるわよね。でも、同じ書式でも自分の意見が入り込む時は癖が出るのよ。この書類の二年前と今じゃ少し癖が違うかなって。まぁ、二年前と今じゃ報告書の数が全然違うからそこもおかしいでしょ。」


「さすがだね、それじゃあどこから変化したのか、その二年前の事件報告書だけに集中しようか。」


 葉山は二年前に当たるフォルダー束を佐藤の側に置くと、自分は束を挟んだ隣に座って佐藤に詳しく聞きながら読み始めた。


「僕達もしようか。」


 水野に声をかけると、佐藤の親友で相棒の獣は書類仕事が嫌いだった。


「あたしら証拠品の保管庫に行っているから、気になった事件をメールして。」


 水野は言うや早いか、俺と加瀬の腕を引っ張りながら資料室から飛び出したのである。

 そして証拠物件室がどこにあるか尋ねることもせずに、彼女は俺達を引き摺りながら我が家のように中央署をガツガツと歩いて行く。


「我が物顔ですね。僕よりも署内に詳しいですよ。水野さんは交番勤務から東署の所属でしょう?」


 加瀬は中央署で交番勤務をしてから刑事昇格をしたそうだ。

 刑事昇格した途端にあの「先輩」のいる署へ転属されたのだが、彼を昇格したのも転属させたのも北原だったという。


「もしかして、北原さんは僕を守ろうと転属させたのでしょうか。」


 二年前に他人に成り代わられたらしき刑事。


「だったら、彼の弔い合戦として、君が頑張らないとね。」

「そうですね。」


「何をやってんの。ここは同じ警察でも勝手に入れられないって。」


 俺達を制止する慌てた声がかかった。

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