新指令
葉山と俺が失敗したと思ってしまった任意聴取だが、伊藤の時ではこうだった。
まず、仲が良かったグループの面々を呼び出せば、面倒そうな顔をした女性が開口一番にこんなことを言い出したのだ。
「私は、実はそんなに仲が良くなかったわけじゃないんですよ。会社で挨拶して一緒にお弁当を食べる程度の仲で。それで、そんなことしているって自慢されたりしていたから、ちょっとどころか、嫌だなって。富永さんが一番仲が良かったから、ねえ、富永さん。」
一番に仲が良かったと仲間内で言われた富永という名の女性は、名指しされた途端に嫌そうな顔つきになり、自分は会社内の同僚として伊藤と付き合っていただけだと言い放った。
「仲がいいったって、浅江さんと同じで私も職場だけですって。プライベートで一緒に出掛けたことなどありませんよ。だって、伊藤さんとは、価値観が合わないというか。仕事が終わるとキャバしていた人でしょう。一緒に見られたくないっていうか。」
それが他の同僚達の口を軽くした。
亡くなった人を悪く言えないが、友人だと思っていた人が否定的な言葉を放ったのならば、自分達も抱いていた悪感情を吐露してしまいたいという風に。
「そうそう。あたしもさ、ブランドバッグを見せびらかされてもねって。夜のお仕事してまで欲しいとは思わないよねって。」
「同じの四つもらって、三つは売る、だっけ?だから何?って感じよね。」
彼女達の暴露によって伊藤の秘密の勤め先もわかったのだが、伊藤は今後は彼女達に偲ばれるどころか忘れ去られるだけだろうと感じた。
岬への暴露はもっと酷かった。
そこで俺も葉山も静かに寝ていた被害者の墓荒しをしてしまった気がして、気持が落ち込んでいたのである。
「伊藤が勤めていた店が「ふぉんてーぬ」でそこ、岬のソープがこの通りから路地に入った所だったでしょ。深山を保護したのもこの辺りだよね。」
昼間に見る歓楽街は大手ドラッグ店ばかりが立ち並び開店しており、人のまばらな寂れた商店街そのものである。
途中「あおてんもく探偵事務所」という事務所もあり、事務所は留守で話を聞くことは出来なかったが、その事務所の入っている雑居ビルの屋上から周囲を見回して、この場所が管轄違いの相模原東署から遠く離れている気がしていたが、かなり近場であったことに気がついたのである。
主要道路を使用してのルートではぐるりと回るが、道を知っていれば歩けたのではないのかと葉山と思わず言い合ってしまった位の近場だったのだ。
青森の陸の孤島だと言い聞かせられて向かった武本の本拠地が岩手の方に近く、岩手方向から向かった方が辿り着き易かった筈だと語った楊の言葉を思い出した。
「思い込みって怖いよね。」
「山さんったら、急に何を言い出すの。それで、髙さんが被害者はこれだけじゃないって言い張るからね。話を聞いた店以外にも消えた子がいないか確認しようか。」
「それはいいよ。君達は違う事を頼めるかな。」
俺も葉山もひょえっと驚き、俺達を驚かせた声の主に振り返った。
「髙さん、違う事って何でしょう?」
飄々とした風情の髙は肩を竦めた。
彼の隣には加瀬が生真面目な顔をして立っていた。
「中央署のね、北原刑事を洗い直していたの。彼はどうしてあの日にうちの署に来ていたのかなってね。加瀬君を連れて解剖を担当している法医学教室に行ったらね、別人だって。あのかわさん達が見つけた箪笥の方もね、違うだろうって。」
加瀬は玄人の対となる力を持っていた男だ。
俺達が髙の言葉に加瀬を見れば、彼は疲れたようにハハハと乾いた笑い声をあげた。
「がっかりですよ。僕は北原さんを尊敬していたのに。」
「顔は北原だったけどね、中を開いた監察医の話じゃ両方とも五十代の肉体じゃないってね。ねぇ、どうしようかねぇ。」
俺は嫌な予感に目を瞑った。
「どうしたの?山さん。」
「この鬼は俺達に中央署に行って、北原が担当した事件の数年分を証拠から何から確認して来いって命令するつもりだよ。」
葉山は嫌そうにええーと声を出し、ハハハっと髙は軽やかに笑い声をあげた。
「その通り!山口がいると話が早いねぇ。」




