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失敗したような気持ち

「何だって?かわさんのメール?」


 同僚で相棒で友人の葉山が、俺が業務連絡用のスマートフォンを取り出すと、俺が開いた画面を覗き込んだ。


「君も同じものを持っているでしょうに。」


「気になるじゃない?元公安の君と俺への指示には差異があるのかなって。」


「同じでしょうよ。」

「そうかな。」


 葉山は爽やかそうな笑みを少し翳りのあるものにした。

 彼は俺が時々しているような公安の裏家業に自分も加わりたいようだが、俺自身は髙によって葉山を絶対に巻き込むなと厳命されている。

 俺は葉山を見返した。

 東大出の彼は準キャリだと嘯くが、きっと本当の意味での島流しにあった男だろうと俺は考える。

 流された理由が清廉潔白すぎたのであるならば、汚れものの俺達は彼を汚さないように気を付けて行かねばならないのだ。


 そんな綺麗な奴はこの世にあんまりいないからね。


 まあ、外見も良い奴なんだよね。

 葉山は俺よりも少し背が低いが、細くても武道家らしくしゃっきりとした姿勢が良く、粗削りかもしれないが整った顔立ちは爽やかそのものだ。


 俺の最愛の玄人が彼を「竹林に佇む武士」と評するがそれは誰もが頷く評価である。

 しかし、最近の俺からすると、彼は藪で身を潜めて慮外を狙う野武士(のぶせり)だ。


「後ろからならノーマルの俺でも出来る。玄人を抱きたい。」


 俺という玄人の恋人の目の前で、こんなセリフを颯爽と言い放った外道で鬼畜な奴なのである。

 こんな鬼畜を、佐藤はよくもまあ想い続けられると、俺は最近佐藤を賞賛してもいる。


「自称春日の弁護士が東史雄?春日は三月に玄人を誘拐した男で間違いないけど身元不明のまま。俺達には頑張って事件の洗い直しをお願いねって、……酷いね。って、マジ酷いよ!」


 覗き見した画面が自分のものと全く同じで納得したはずなのに、楊が追加で俺にだけに俺にだけ送ってきたメールに気が付き俺からスマートフォンを奪った。

 彼が自分のメールを見ずに俺のメールを覗くのは、業務連絡が違うかどうかではなく、玄人関係だけだった?

 けれども、楊による俺へのメールは、葉山が俺に嫉妬や妬みを持たせるようなものでは無かった。


「ちびは今日から百目鬼と一緒だ。」


「クロは百目鬼さんの所にようやく戻ったんだ。良かったじゃない、山さん。」


「ようやく俺とクロトを祝福してくれる気になった?」


 葉山はハハハと、清々しい笑い声をあげた。


「君が百目鬼さんといちゃついている間は、俺がクロの面倒を見るから心配しないで。」

「君は本当に鬼畜だよ。」


 互いを小突きあいながら、俺達は気分を高揚させていた。

 そうしないとやりきれなかったからだ。

 俺達は被害者の周囲への聞き込みをしていたのだ。


「伊藤真由美に副業があったとはね。」


「岬朋子にも、だよ。どうして中央署の人達は気づかなかったかね。」


 俺達は溜息をついた。

 伊藤も岬も、留置場から解放された深山みやま美由紀みゆき同様に、夜の街を泳いでいた女性達だったのである。


「伊藤がキャバで岬がソープか。遺体に残された精液も彼女達のプライベートによるもので春日のものじゃないって結果出ちゃったからね。二人ともお固くて優良企業勤めなのに、人ってわからないね。」


 葉山がため息混じりに語る。

 俺達は彼女達の友人知人に新たに聞き込みをしたのだが、面倒だからと友人数人を一つのテーブルに集めたのが失敗だったのかもしれない。


 伊藤の時も、岬の時も、友人だという一人が友人の恥部を語ると次から次へと暴露が始まり、俺達はそれを元に調べなおして彼女達の夜の顔を突き止められたのだから刑事としては失敗ではないが、人として失敗した気がするのだ。

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