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東はかく語りき

 俺達に連続殺人犯だった緑川が家畜でしかなかったと言い切った男は、まるで学校の教師のようにして俺達に語り始めた。


「豚に人間のDNAを入れて移植用の臓器を作る話を聞いたことがあるかな。それと一緒なんだよ。僕が望んでいたのは、僕の遺伝子を持った家畜が牧場で繁殖してくれることだけ。ウォータシップダウンのうさぎたちって物語を知っているかな。荒野を彷徨ううさぎ達が見つけた平和の園は、時々仲間が生贄となる事を享受できれば危険も何もなく穏やかに暮らせるという、つまり、人間の経営する牧場だったという話。僕の孤児院は年齢制限もない。ずっと穏やかに幸せに暮らせる場所だったんだよ。ねぇ、玄人君。君が見つけ出して僕の牧場から盗んだ真君は、世間ずれしていないとてもとても優しいいい子だったでしょう。君がうさぎ達の平穏を壊して、そして、純粋な彼らを殺人鬼に仕立てたんだよ。」


 真は孤児院の仲間達によって、一人勝ちはずるいからと、彼が経営していたホテルの最上階の窓から投げ落とされて殺されたのである。

 その惨い死にざまを思い出し、俺は同じように思い出しているであろう玄人を完全に腕に隠すようにして抱いた。


「お前のせいじゃないよ。ウォーターシップダウンのうさぎはね、逃げるんだよ。危険なオオカミや飢えも待っている自然にこそ自分達の居場所があるはずだと、彼等は牧場を逃げ出して、そして、逃げ出した先で幸福を得るんだよ。安全で、平和でもね、いつ自分があるいは仲間が殺されるかわからない場所になんていられないだろう。」


 しかし、玄人は俺の腕の中から顔をあげると、俺を必死な目で見返したのだ。


「でも、僕がせっかく真君が得た幸福を壊したのです。真君が本物の橋場の峰雄だと親族に知られたら、彼が橋場から追い出されると知っていて、僕は彼を橋場の親族達に放りこんだの。孝継さんが僕よりも真君を可愛がっていたから。僕は、僕は。」


「お前のせいじゃないよ。」


「でも。」


「でも、もない。全部峰雄のせいなんだよ。真も峰雄も橋場の家を追い出されてもね、橋場の愛情深い善之助と孝継に匿われ、大事にされていたじゃないか。それなのに、峰雄は勝手に真を恨んで、実の父親の緑川の駒になった。いつも言っているだろう。人間はいつだって、行動を改めることができると。」


 俺の説得に玄人が微笑む前に、全てを壊す勢いのけたたましい笑い声が辺りに響いた。


「なんだよ。ちびとちびパパの心温まる邂逅を邪魔するんじゃないよ。」


「うん?ははは。そうだね。突き詰められたら困るよね。うさぎなんて間抜けな家畜を誰が纏めて、誰が共食いの味を覚えさせたのか知られたらねぇ。嘘つきな君は。」


 急に東は黙り込むと、眉根を潜めている楊の顔をまじまじと覗き込み、すると再び、今度は狂気とも思える声で笑い出したのである。


「なんだ。君は違ったのか。君はただの家畜の方か。術具か。それなら簡単だ。」


 東は右手を上げると楊に対して手の平を翳し、楊は本能的に何かされるのではと両手を盾のように顔の前にあげて体を捩じって庇った。

 しかし、東のその手は翳した途端に楊に何かを起こすどころか、手そのものが乾燥しながら萎んでいき、染みだらけの老人の手に変化してしまったのである。


「うぎゃああああ。」


 乾燥した手が痛いのか、男は右手を抱え込み、上半身を折り曲げた。


「え、何?何が起きたの?俺に何かするつもりだった?え?俺が何かした?」


 自分に翳した手が変異を遂げたのである。

 楊は脅えた様子で自分を守る両腕から、そろりと顔をあげて東の様子を伺っていた。

 俺はそんな楊から一番現状を理解していそうな、否、この事態を引き起こしたに違いない玄人を見下ろしたのである。


「クロ、お前の仕業か?」


 玄人は激しいくらいに頭を横に振り、表情などは楊以上に脅えている。


「それじゃあ、何が起きているんだ。」


「何も。閉じられたミラーハウスで自分の呪いが自分に返っているだけですよ。さぁ、楊警部はそこの男を縛り付けて下さい。今の姿ならば、僕達が殺人犯の真犯人と追っていた東の姿でしょう。」


 気づけば上体を抱きしめる様にして座り込む弁護士の頭髪は真っ白になって変わり、だが、俺達の目線を受けた東は胸ポケットから何かを取り出して左腕を閃かせようとした。

 ようとして未遂だったのは、楊もそれに呼応するように背広の裾を跳ね上げて、取り出した腰ひもで東を打ち据えたからである。


 カシャンと金属音を立てて、東が握っていたそれが床に落ちた。

 東が握っていて楊に落とされたそれは、床に落ちた衝撃か十字架のように刃が開いた。


「凶器発見。」


 それから楊は数秒前に自分に掛けられたその言葉通りに、手に持つ腰ひもで東を縛りはじめた。

 そこでようやく安全だと俺は確信し、東から視線を引きはがすと聞き覚えのある声の主の方に振り向いたのである。


 そこには当り前だが、相模原署で一番偉い男が立っていた。


 丸顔の信楽焼の狸ような外見をした初老の男。

 本物の不老不死の男で、俺と知り合った時は三厩みんまや隆志たかしだった神崎かんざきしげる警視正である。

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