こんなすぐに婚約破棄?
モルファンの指に嵌るそれは、立て爪の指輪では無い。
武本の目によって購入されたルースダイヤを、武本が抱える職人によって最高の輝きを持つようにしてデザインされたものだ。
プラチナの台座は流星の様な形で、大きなダイヤの軌跡のようにして小さなカラーダイヤも配置されている。
グラフィックデザイナーの和久らしいデザインだ。
早速武本のホームページにてその指輪を飾ったモルファンが結婚の挨拶を呟き、その途端に同じものが欲しいとの問い合わせが武本に入っている。
僕は和久の有能さにホレボレしている。
やはり彼こそ祖父似だ。
祖父は祖母との結婚をあれこれ理由をつけて断っていたが、踏ん切りがついた途端に祖母以上に強引で電光石火であったと、乙女のように顔を赤らめた祖母が語った事がある。
「おめでとう、クリスティーナ。加奈ちゃんが大喜びで大騒ぎしているそうよ。ご実家にも早いうちにご挨拶をしなければね。」
由紀子の心からの言葉に、和久もモルファンも肩を竦めた。
加奈子が娘同然と可愛がっている女性と、まだ口説いてもいないのかと嘆いていた愛息子がようやく結婚するのだ。
和久並みにやり手の彼女は、結婚式の日取りも決まる前から親族問わず関係者に結婚式のお知らせを送っている。
文面が「この度今年中には結婚することが決まった」である。
今年があと二ヶ月も無い事を加奈子は気づいているのであろうか。
「母の暴れ方もあるし、クリスマス頃に式をしてそのままクリシュの故郷に行くよ。祖父母には何年も会っていないって言っていたよね。」
そこで喜びの笑顔を和久に向けると思ったが、モルファンはがっくりと頭を下げて、ごめん、と呟いたのである。
「え?ごめんて、え?ごめん?け、結婚が嫌になった?」
和久は一瞬で青い顔になって、いつも以上に弱々しい男に戻ってしまったようで、そんな姿を目にした僕は、数分前まで和久を讃えていた自分を思わず罵ったぐらいである。
おどおどとモルファンを伺う姿は、物凄く卑屈で、僕が自分が嫌になるほど僕そっくりで、僕自身を罵倒されているような気になる程なのだ。
「クリシュ!とりあえずは和君と結婚しておこうよ!」
僕の頭を軽く叩いたのは、先程迄僕に全幅の謝罪を背負っていたはずの由紀子であった。
「痛いです。」
「あなたはどうしてそんなに適当なの。蔵人さんにそこまで似なくてもいいのよ。あの人は面倒になると、本当に人でなしになってね。まぁ、人でなしになれるからこそ、人が良い人達だけの武本を守れたんでしょうけど。人としてどうかなって、私は時々思うわよ。」
僕を嗜める由紀子の顔は真剣で、お陰で僕はどうやら和久よりも当主の器だったらしいと、武本に申し訳なく思う必要が無いと肩の荷が下りた気がした。
嫌になる真実でもあるが。
「それで、クリスティーナ。マリッジブルーに浸るには式までの期間が無いのですからね、それは結婚後にしましょうよ。素晴らしい引出物にしたければ、それなりの時間は必要なのよ。陶器には二人の名前を入れてみる?」
由紀子は蔵人の弟の娘であったなぁと、僕は父の従姉に親近感が湧くばかりだ。
「ちょっと、二人とも黙っていて。ねぇ、いいんだよ。君が嫌だったら。」
人でなし親族を制したのは、人が良い武本の象徴である和君であった。
和久は僕達を黙らせると青白い顔を婚約者に向け、婚約者の心変わりを許す代わりに真実を知りたいと書かれている顔を婚約者に向けた。




