当主の器
今まで落ち込むばかりで部屋に興味など持たなかったが、こうして見てみると、広いリビングは和久らしくない都会的で男性的なコーディネートがされていた。
事実、僕が座る黒いソファは座り心地はそれなりだが、和久が愛する孝彦の家具ではないのである。
「家具とか、和君の趣味にしては少し軽薄?」
「ようやく君らしくなってくれて嬉しいよ。ここはモデルハウスとして出されていた部屋だからね、面倒だから家具もそのまま購入したんだよ。孝彦さんに幾つか家具を発注しているからね、それが届くまでは家具は必要でしょう。」
「うん、そうだけど、うん。」
モデルハウス用家具であるからか、改めて見れば無地の毛足の長い絨毯はフランス製だろうし、このソファセットはアメリカのあれ、だ。
僕の頭の中で家具だけの小売価格の合計が浮かび上がった。
「ふふふふふ。」
「どうしたの?クロちゃん?」
「ううん。なんでもな~い。」
必需品として仮に置くだけだからと、それなりの高級品を買ってしまえる彼の財力と、本当に気に入った物を手に入れた時にはその高価なものを簡単に切り捨てられるであろう、その思い切りの良さを考えて、僕は情けない笑い声をあげてしまっただけである。
純粋に凄いなって事では無くて、本当に和久が当主だったらどれだけ武本が大きくなっていただろうかという、情けない自分への呆れ笑いだ。
大事に大事にと、気に入った物全てをため込むだけでは、商売としては駄目なのである。
「ふぅ。」
僕は本当に武本の当主として今一なんだなあ。
だが、いまいちと自分を嘲り反省した事で、再び自分が考え無しに身内を傷つける禄でもない当主だと思い知らされてしまった。
「ごめんなさいね。うちの子のせいで玄人を辛い目に遭わせてしまったようで。」
僕がため息をついたがために、いつもの溌溂さのなくなった由紀子に、また僕への謝罪を口にさせてしまったのである。
由紀子こそ今回の被害者で功労者だ。
急に手伝いが無くなったにもかかわらず、開店したばかりの新店舗で、一人で大奮闘していたのである。
謝るべきは色恋で家業から目を逸らした僕で、彼女が責められる謂れは無い。
「由紀子さんのせいじゃないです。僕が間抜けなだけです。僕が大騒ぎして話を大きくしてしまって、和君にも迷惑を掛け捲って。本当にごめんなさい。」
「いいえ。私の責任よ。店のスタッフは全員私が選んだスタッフだもの。その一人があなたを傷つけたのならば私の責任よ。」
溌溂さどころか由紀子はしなびた青菜の状態だ。
僕はどうしようかと悩んでも言葉が出てこず、そのままアンズを抱きしめる事で逃避を図る事にした。
「さぁ、ごめんなさいは終わりにしてさ、カズのおいしいチャイを飲もうよ。ほら、クロはアンズを片付けて。それでごめんなさいはみーんなお終い。乾杯だよ。マグカップは由紀子さんチョイスの大売れのものだよ。あのマグセットがかなり評判がいいんだよね。」
由紀子は僕の自称姉御の言葉で、ぱあっと顔を明るく輝かせた。
マグカップは店の限定品として、由紀子が五つのブランド工房で作らせたのだ。
それぞれの廃盤になったが今でも人気のある絵柄のマグカップは、元々高級磁器好きの人々の購買意識を惹きつけ、若い子達には高級品の限定品が手頃に買えると大評判だ。
今のスマートフォンの検索の時代では、検索したブランドが歴史がある事や廃盤の絵柄の希少性が一瞬でわかるのだ。
「そうですよね。あの商品に僕は可能性が見えました。さすが由紀子さんだなぁって。」
「あら、実際に売れたのはクリスティーナのタオルハンカチのお陰よ。あんなに可愛い限定品のタオルハンカチがおまけって事で、若い子にはお得感が湧いたのでしょうね。」
「素敵なカップリングでした。まるで和君とクリシュです。」
僕の言葉で和久は顔を赤らめ、モルファンは僕の向かいのソファでふんぞり返って左手の婚約指輪を見せびらかした。
彼女の瞳のような翡翠ではなく、ゴージャスなダイヤだった。




