玄人の行方
翌日、俺は楊の引き連れた鑑識と共にゴミ集積場にいた。
俺が持ち込んだあの部屋の粗大ゴミから、玄人を襲った春日の素性を探ろうとしているのである。
春日の素性がわかれば三年前の老婆の死、また、他にいるかもしれない被害者の事件も解決する事が出来るという事らしい。
俺は鑑識に自分が持ち込んだゴミであるかどうかを確認するためだけに、こんな場所に立ち会っているのだ。
膨大な粗大ゴミ全てを、彼等鑑識だけで一から全て調べ上げるのは無理な話だ。
「中身が入っていない箪笥や棚ばかりだろ。意味があるのか?」
「何もありませんでしたって報告も必要だしさ、髪の毛でも内部から見つかればDNAの比較対象のサンプルにもなるでしょう。このままじゃ被疑者身元不明のままで裁判だよ。春日はホテル前に転がっていた想い人を宿に運んだだけだって言い張ってね。殺人は別の人間の仕業とまで言い張っている。実際、凶器となったあの変なナイフも行方不明でさ。若者達は山口専用宿近辺で凶器の捜索中。」
「髙は?」
「髙はお前の物件の元住人の事件そのものを洗っている。」
楊は固まった肩を解すようにして、まるで疲れた老人のように首を大きく回した。
「それよりもさ、ちびはどうしている?」
「和久に電光石火で奪われた後に、個人病院に隔離入院中だ。」
「何それ。」
「相模原第一病院も信用できないって和久がほざいてね、信頼の置ける個人病院に玄人を任せるんだそうだ。」
「どこ?それ。隔離なんて、もしかしてお前も面会できないの?山口が会えないって落ち込んでいるのは、和久の鉄壁の防御だけだと思っていたよ。」
「ヤツが住んでいるマンション内の診療所だよ。マンション自体が官僚や政治家、そして、財閥関係の奴等の隠れ家的セカンドハウスだろ。」
「あぁ、あそこは病院もレストランもコンビニもある、マンションというよりも城壁で囲まれた町みたいだよね。それも金持ちの大人しか住んでいない、静で洗練された安全な場所って奴。何だ、お前はやっぱりちびの居場所は押さえていたんだね。」
「うるさいな。お前こそ知っているなら知っているだろ。そこにある金持ちの居住者専用の病院だよ。それも金に飽かせた最高設備が整っているというね。」
楊は軽く口笛をひゅうと吹いた。
「武本を馬鹿にしていたけど、底力があるんだねぇ。」
「クロの話だと、和久個人の財力だそうだ。モッカちゃんて知っている?って久々に馬鹿なメールが届いたよ。モッカちゃんって何だよ。」
「ヨーロッパの若者の間、というか、プログレやメタル音楽の信奉者達に人気のアニメキャラクターだよ。三頭身の可愛い女の子なんだけどさ、ロックな彼女は口が悪くて乱暴でね。でも、小さな妹にはいつも優しい女の子って設定なの。まあ、優しさが勘違い、というか、思い込みの突っ走りで、妹がうへぇってなるっていう、大人向きのシニカルな五分アニメで楽しいよ。知らない?俺はびっくりだよ、あれが和君だなんてね。凄いな、カズ。」
俺は楊に舌打ちして見せると、ハハハと楊の気安い笑い声が辺りに響いた。
一昨日の俺は楊の説明を聞くや、すぐさま病院へと取って返した。
そして、山口にあやされていた玄人に、この俺がお前を放り出すはずは無いとまで言って、玄人の誤解を解こうとしたのだ。
誰にも追いすがった事はない、この俺が、である。
しかし玄人は俺の言葉をすぐに理解し、理解するやすぐにでも俺の家に帰りたいと病院で俺に縋りついたのである。
俺は一週間ぶりの馬鹿の可愛らしさに絆され、山口と二人で玄人を赤ん坊のようにあやしていた。
そこに和久の登場である。
誰が奴に連絡しやがったのだ。
俺と山口は、和久からそんな可愛い玄人を完全に奪われたのだ。
奴は、あの数ヶ月前に馬鹿な奴等に騙され暴力を受けた間抜けな御曹司ではなく、やり手社長の顔をしていた。
行動が破壊的だが間抜けで詰めの甘い白波アミーゴズよりも、和久は怒らせると面倒な男であったのだ。
オコジョな武本の癖に!




